第5話
敵艦隊がいったん散開したかと思うと、再び一点目指して集結し始めた。
アルトスが、部下の神機を率いて敵艦隊を追撃する。
その様子が、克明に映し出されている2Dモニタを睨み、エルドアルはきつく唇を噛んだ。
もう一度側面に回り込みたいのだが、現在位置からでは、かなり無理な機動をしなければ、敵艦隊をとらえる事ができないのだ。
完全に届かないという事であれば、撤収するしかないが、できない事もないというぎりぎりのラインだ。
エルドアルは一瞬眸を閉じると、長く息を吸い込んだ。
眸を開いた時には、不敵な笑みが浮かんでいる。
ぐっと左手がスロットルを開いた。
シートに押しつけられながら、エルドアルは操縦桿を勘で操作していた。レーダーに映る範囲の空間ならば、その方が正確な機動ができるというのが、エルドアルの自慢だ。
三月兎は、はたから見れば目眩がするほどの高速でエーテルの波を越え、敵艦隊を目指している。
まだその数は多い。
アルトスの大剣が薙ぎ倒していったとしても、彼我の戦力差はそうやすやすと縮まらないだろう。
まだ、支援は必要なはずだ。
神話連盟の神機とは、身長五メートルほどのロボットだ。アルトスのようなカスタム機ではない。それより小型の量産機だった。
真太陽教の軍艦より小さい分、小回りが利き、スピードも速い。しかし、太古の昔からの方程式は、今の世にもあてはまる。小型で高速であるならば、その分防御は薄くなるのだ。
神機は一分隊十機編成で、真太陽教の軍艦一隻に食いつくが、神機が軍艦一隻を鎮める間に、敵は一分隊を蹴散らす。
これに、アルトスの大剣が叩き落とす軍艦を加算しても、やはり神話連盟側が劣勢と言わずばなるまい。
母艦からもだいぶ遠くなった。
セルファの歌も、かなりかすかになってしまった。
大剣が擾乱するエーテルの発する粒子が、次第にアルトスにチャージされつつある。そのゲージを視界の隅に捉えたデルフォーは、吼えた。
「グリズリーバウト!」
アルトスの胸部のパネルがスライドし、粒子砲のグリッドが出現した。みるまにそれが緑とオレンジの光を充たしたと思うと、太い光の柱が真太陽教の艦隊を突き抜けた。
びりびりと、アルトスの機体が細かく震動する。
エーテルを通じて、かすかながら、敵艦の爆沈する音が伝わってくる。
その合間に、神機の編隊は艦隊との相対位置を大きく変えた。
アルトスも、銀河平面に対して艦隊の上方へと遷移する。
大剣を大きくふりかぶったアルトスは、粒子砲が空けた一条の穴と交わる形で、刃風も鋭い一撃を艦隊に振り下ろした。
さらに十数隻が、爆沈した僚艦の後を追う。
しかし、それでもまだ敵艦の方が遙かに多い。
(ちっ。きりがない。しかし退けん!)
アルトスが再び大剣を構えなおしながら、神機を従えて艦隊の後方へ回り込もうとする。
しかし、真太陽教も、やられているばかりではない。
アルトスに向けられたレーザーは、装甲ではじけるばかりだったが、これに当たった神機はひとたまりもなく散った。
その時、デルフォーの目前の2Dモニタの隅に、きらりと光るものが映った。
「来たか!」
ぎりぎりの距離を、三月兎が追いついてきたのだ。
ディエゴ司教は、人工知能の助けを得て、麾下の艦隊を半ば自分の手足のように操る事ができる。
それだけに、憎らしい
「だが、我が方が優勢だ」
しかも、忌々しいうさぎは彼方に置き去りにできたはずだった。
それゆえ、ディエゴ司教は人工知能の淡々とした声がこう告げた時、シートの中で跳び上がりそうになった。
『うさぎ接近中』
「なんだと!」
しかし、敵機の位置確認をしようとする暇もなく、艦隊は羆の攻撃を受け続けていた。
まったく、艦隊同士ならば……せめて、相手が神機と称する人型戦闘機だけならば、やりようがある。
しかし、敵のカスタム機は、いくら各機のデータを蓄積しようとも、動きがつかみづらい上に、一撃の効果が大きすぎた。
これを避けるためには先ほどのように散開するしかないが、それはそれで相手に対処しにくくなってしまう。
アルトス一機でももてあましているというのに。
ディエゴ司教はぎりっと歯がみをした。
その時……!
ヘッドフォンを通してすら、敵のプロパガンダソングが響いてきたではないか。
無線を通じて、神機のパイロットたちが歓声を上げたのがわかる。
エルドアルは、三月兎のコクピットから、歌を送信していた。
それは敵の戦意を喪失させるというよりは、むしろ味方を鼓舞するためのものだった。
神話連盟の国歌ともいえる、勇壮な歌が美しい歌声でエーテルに響き渡っているのだ。
エルドアルの異名はソングバード。
エーテルを媒介とした伝達力は、神話連盟一だ。
デルフォーも、全身に力が漲ってくるのを感じていた。
それに応じて、粒子チャージを示すゲージが、飛躍的な速さでフルの目盛りに近づきつつある。
「グリズリーバウト」
再び、太い光の柱が敵艦隊を貫いた。
その輝線がまだ残像としてエーテルに残っているうちに、アルトスと神機群は位置を替える。
そこへ、三月兎が殴り込んだ。
いや、うさぎだけに、飛び込んだと言った方がいいだろうか。
めまぐるしく敵艦隊内を跳躍する三月兎の周辺には、十二の剣が文字通り、踊っていた。
しかも、その間もエルドアルの歌は続いていた。
そんな事ができるのも、エルドアルが音声入力や、操縦桿などによる物理入力ではなく、エーテル共鳴入力と呼ばれるものを駆使しているからにほかならない。
このシステムを使って、エルドアルは両手の指の素早い動きだけで自機と十二の剣を操ってのける。
それは、剣ひとつが神機一体に相当するが、剣による一撃は、アルトスの大剣の、そのままミニチュア版と言えた。
剣があたれば、ひとたまりもなく真太陽教の軍艦は最低でも中破する。まともに撃たれればそのまま轟沈した。
「包囲せよ」
デルフォーの命令に従って、神機群は真太陽教の艦隊を押し包んだ。
アルトスは艦隊の外側ながら、母艦の最短距離に陣取り、動きを封じる。
その間に、じりじりと粒子のチャージも続けていた。
闘うからには勝たねばならない。
かなうことならば、完勝が良い。
三月兎の支援を得て、まさにデルフォーはその完勝を、その手につかもうとしていた。
星に歌え神獣の戦歌を 朝日奈徹 @tora2m
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