第4話

 エルドアルは操縦席に身を沈めると、両手を自然な状態で膝の上に浮かせた。

「エーテルインターフェイスシステム起動」

 エルドアルの音声命令に応じて、グローブの親指を除く四指それぞれの先端に、爪のようにとりつけられた素子がきらりと光った。

(よし)

 エルドアルが薄い笑みを浮かべる。

 目前のパノラマスクリーンには戦場の様子が映し出されている。赤い点は敵。青い点は味方。この色分けは太古の昔から変わらない。

 指揮官機であるアルトスを示すアイコンとともに、味方の神機が整然と真太陽教の艦隊へ向かって動いていく。会敵までの時間が隅に表示された。

 味方はいかにも少ない。

 だが、戦況はすぐに変わる。

 エルドアルの指がすうっと動くや、それに呼応して、乗機の三月兎マーチラビットはただ一機で敵の側面に飛行していく。

 エーテル波に乗って放送されるセルファの歌が、エルドアルの操縦席にも流れていた。透明な美しい歌声は、少年期でなければ望めないものだ。ソングバードの異名を持つ音楽士、エルドアルといえど、この声ばかりはもつことができない。

(歌ってくれ、セルファ)

 神話連盟の音楽士は、歌で味方を戦意高揚させ、あるいは戦い終えたあとに鎮魂する目的から育成された。

 そして、できることなら真太陽教に、神話連盟の社会がいかに幸せに充ちたものかを教えるために。

 それを、真太陽教はプロパガンダであると糾弾し、拒んでやまない。

 そのことが、不世出の音楽士であるエルドアルには残念だった。

 けれども、これからエルドアルが奏でるのは、愛の歌ではない。戦歌だ。

 三月兎が、敵艦隊の側面を視野におさめた。

(さあ。始めるぞ)

 エルドアルの左の指がぱちんと弾かれた。

 それが、スロットルを押し込むコマンドだ。

 三月兎は一気に加速するや、前後左右に複雑なパターンで跳躍しながら敵艦隊のただなかに突入した。

「ダンシングソード」

 エルドアルの音楽的な声とともに、三月兎の周囲に、「剣」が十二本射出された。実際に柄を握ってふるうわけではないが、これは敵の艦に対して、実際に斬撃をあびせる武器として作用するのだ。

 それらは、エルドアルの両手の指が激しく閃くことによって操られ、三月兎の周囲を乱舞し始めた。

 予測不能なパターンで艦隊のなかを跳躍して移動する三月兎の機体を離れ、十二本の剣はたちまち周囲の敵を切り刻み始める。

 ほどなく、敵艦が一隻、また一隻と、爆沈を開始した。


 ディエゴ司教は満悦していた。

 彼我の勢力差はどうみても二対一で、真太陽教側が優勢だ。いくら相手が異形の機体を繰り出し、怪しげな攻撃をしかけてきたとしても、敗退するとは思えない。

 ヘッドフォンから、旗艦の人工知能が解析結果を伝えてくる。

 敵の指揮官機に真太陽教が与えたコードネームは、ヒグマ。重装甲の巨大ロボットで、そのパワーは既に蓄えられているデータからわかるだけでも、右手に握った大剣の一振りで複数の巡洋艦を撃沈可能だ。

「包囲して討つ」

 ディエゴ司教の唇が、嗜虐的に歪んだ。

 骨張った指先が、シートの腕木をトントンと叩く。

 引き結ばれた薄い唇からマイクに囁かれる指令に従って、真太陽教の艦隊は中空の円錐陣に変形すると、円錐の中に神話連盟のロボット軍を押し包み始めた。

「羆に集中砲撃せよ」

 ディエゴ司教が命じるやいなや、各艦の砲がいっせいに羆をとらえた。

 まばゆいほどの光が羆を押し包む。

 だが、その時いきなり、味方の艦が側面から次々に沈み始めた。

「何事だ!」

 戦況を表示している司令席の2Dモニタが分割され、艦隊側面を中心とするウィンドウが表示された。

 赤い敵機のアイコンは、ひとつしかなかった。

 それが想像もできないほどめまぐるしく転移しながら、我が方の艦を攻撃しているのだ……そう気付くまでにディエゴ司教は時間を要した。

 いや、人工知能がそう知らせるまで、何が起こっているか把握できなかったという方が正しいだろう。

「ただの……一機だと!」

「未確認の敵機の蓄積データはありません」

 そう告げながら、人工知能はもうひとつのウィンドウをモニタ上に開いた。

 そこに映し出された敵の光学画像を見つめたディエゴ司教は一瞬呆然となり、次に思わず頭からヘッドフォンをむしり取ると、膝に叩きつけた。

「ふざけおって!」

 途端に、少年の歌声が頭の中にまで響いてくる。

 しまった。

 敵のプロパガンダソングは続いていたのだ。

 ヘッドフォンがあまりに効果的にそれを防いでいたため、すっかりその事をディエゴ司教は忘れていたのだった。

 慌ててヘッドフォンをつかみ、元通り自分の頭に装着して、やっとプロパガンダソングが遮蔽される。

 ディエゴ司教は歯がみしながら、新たな敵の機体画像を睨み付けた。

 それは、うさぎの形をしている。

 か弱いものの代名詞であるうさぎ。

 食糧としても、実験動物としても重宝なうさぎ。

 事実、この艦の食堂でもうさぎ肉は多くの料理に使われ、信徒の腹を満たしている。

 しかし、それは……。

 ディエゴ司教は目をすがめた。

 人工知能が視覚情報として再生している敵機の動画では、どう見ても凄まじい勢いでうさぎがその長い耳をうちふり、それで駆逐艦や巡洋艦を切り刻んでいるようにしか見えなかったからだ。

 そんな馬鹿な。そんな事があるものか。

 うさぎがっ。

 ディエゴ司教の思考をトレースしていた人工知能が、ヘッドフォンを通じて聞き返した。

「新たな敵機のコードネームを『うさぎ』と設定しますか?」

「それでいい。かまわん」

「うさぎを攻撃対象として設定しますか?」

「いかんっ」

 咄嗟にディエゴ司教は叫んだ。

 あんなに激しく動き回っているのだ。

 各艦がいかにお互いの火器管制情報を共有していたとしても、これでは同士討ちを避けられまい。

「だめだ。全艦、散開せよ!」

 真太陽教の艦隊は円錐陣を崩し、ゆっくりと散開していく。

 しかしそれは、羆の行動を自由にする結果となった。

 羆の太い腕が大剣を振り回す。

 うさぎの耳どころではなかった。

 戦闘データが示していた通り、一撃で数隻の艦が爆沈する。このまま放置していては、せっかくの戦力差がどんどん縮まっていく。

「あのうさぎさえいなければっ」

 ディエゴ司教はぎりぎりと唇を噛む。

 拳もぐっと握りしめられた。

 そうやって、自分に痛みを与える事で、ディエゴ司教は自分自身の戦意を発揚した。

 ひとまず、羆にとって死角と思える方角へいったん撤収するよう下令する。

 艦もディエゴ司教の怒りに共感している、などということがあるだろうか?

 機関が細かに震動しているような気がする。

 ぎりっぎりっと無意識にディエゴ司教は歯ぎしりをしていた。

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