第3話

 神話連盟と一戦あった後には、必ずといっていいほど、祓魔士による風紀粛正の一斉監査が行われる。

 その結果、神話連盟のプロパガンダソングと思われるものが発見されたり、ネット視聴した履歴があっただけでも、厳罰が科されるのだ。

 守門ソルジャーには鬱陶しい慣例であるのだが、いわば定番。それにしても、今回の監査は厳しかった、と守門たちの間では口さがなく囁かれている。

 減俸や営倉となった者はおろか、矯正院送りとなった人数がここ十年で最大だったそうだ、とげっそりした顔を見合わせる。

 ひとたびそうなれば、人並みの身分を回復するには、矯正院から再び教導院へと昇級し、教導院から修道院に昇級する必要があった。想像しただけでげっそりするのも当然だ。上に睨まれれば、一生矯正院か教導院で厳しい生活を強いられるかもしれないのだ。

 それでも、隠れてプロパガンダソングを試聴する者は後を絶たなかった。

 祓魔士が摘発したなかで、最も視聴数が多かったのは、ソングバードという異名をもつエルドアル。そして少年シンガーとしてめきめき視聴数をのばしているセルファの二名だった。

 祓魔庁の長官は報告を受けて舌打ちした。

「両方とも海賊アデルの手の者ではないか」

 法衣の裾を払って、荒々しく立ち上がる。

 このことは一刻も早く、司教会議に報告しなければなるまい。


 きっかけは、微弱な救難信号を神話連合の船が、版図の辺縁近くで受信した事だった。

 それは、怖ろしく老朽した数隻の船で、乗り込んでいたのは全て真太陽教の守門ソルジャーらと判明した。

 老朽船の航続距離を大幅に上回る状態で、真太陽教の版図を脱出してきたと主張する彼らは、まず人道的な観点による救援を、そして次に神話連盟への政治亡命を希望した。

 救難信号を受信した船は、これを拒めなかった。

 それというのも、もし救援を拒否した場合、彼らが数日以内に生命維持環境に支障をきたし、生き延びられない事が明らかだったからだ。

 船長からの連絡を受けて、連盟側はこの星区を巡邏する海鷲艦隊に調査を命じ、これを受けてアデル司令は二名の士官を派遣。

 この士官らは、報告通り彼らには人道的観点からどうしても生命維持のための支援が必要である事をまず確認した。また、亡命を受け入れない場合、彼らが真太陽教側に捕らえられるであろう事、その場合は全員異端審問にかけられるだろうという事も。

 アデルは少し忌々しそうな溜息をついて、傍らのデルフォーを顧みた。

 双子の弟であり、副司令

でもあるデルフォーも、唇を引き結んでいる。

「受け入れるしかあるまい、アデル」

 アデルが素っ気なく頷く。

「だが、スパイが混じっているだろう事も、ほぼ確実だ」

「警告文を添えて当局に引き渡せばいい。亡命者をどう扱うかは政府の問題で、俺たちじゃあない」

「それはそうなのだがな」

 結局、アデルは彼らを保護し、神話連盟側の当局者に引き渡す役割を引き受けざるを得なかった。

 しかし、それが政治問題となるであろうこと、それだけでなく、真太陽教との戦端が開かれる原因ともなりそうだとアデルは懸念していた。

 そして、海鷲艦隊のドック入りを急ぎ、補給を急がせる事としたのだ。

 アデルの懸念はすぐに現実のものとなった。

 真太陽教の祓魔庁から、この「異端者」らを即刻引き渡すよう、高圧的な申し入れが神話連盟側に入った。連盟はこれを拒絶。その数日後に、神話連盟は、辺縁星区に迫る真太陽教の大艦隊を確認した。


「やはり来たか」

 アデルは状況をリアルタイムで映し出している立体映像を睨み付けた。

 彼我の勢力差は、およそ二対一。つまり、海鷲艦隊の倍近い数が押し寄せてきているのだ。

 アデルの手勢は、稼働率が八十パーセント強。万全とは言いがたい。

「私が出ましょう」

 エルドアルが静かに言った。

「大軍を攪乱するのであれば、私の機体が一番向いているはず」

「だめだ」

 アデルが慌てたようにエルドアルを遮った。

「おまえには歌ってもらわねば」

「セルファも伸びてきています」

 エルドアルが言う。

 デルフォーが難しい顔をした。

「俺かアレイサンが、正面から引きつけておく。その隙に、エルドアルの三月兎マーチラビットを出し、側面から攪乱する手はどうだ?」

「相手との勢力差を考えれば、デルフォー大佐にお願いした方が良さそうですね。アルトスも、三月兎も、大群相手の奥の手がありますから」

「仕方がないな」

 アデルは折れた。

「では、それを軸に詳細な作戦を詰めよう」

 しかし、真太陽教側も、無策ではなかった。


 戦況を表示する立体映像を見ながら、ディエゴ司教は不敵な笑みを浮かべた。

「今度こそ、あの海賊め、終わりだな。奴を感化院に抛り込む時が楽しみだ」

 そして、奴の目の前でソングバードの首を捻ってやるのだ、と内心で続ける。

 まったく、いい時に異端者どもが亡命してくれた。

 神話連盟側が彼らをやすやすと引き渡すはずもなく、こうして予定通り戦端を開けるのだ。

 手元には、新たに開発されたヘッドフォンが置かれている。

 これさえあれば、連中のプロパガンダソングから身を守り、かつ有線ネットワークで命令の伝達は可能だった。

 ディエゴ司教は、ヘッドフォン装着の命令を発すると、自分もそれで耳を覆った。

 有線ネットワークを通しての最初の命令は、砲撃準備だった。


「敵艦隊の全艦、パワーチャージの兆候が見られます」

 手元のモニタ下部に、警告文が表示された。

「全艦隊、エーテル攪乱」

 海鷲艦隊が、いっせいにあたりのエーテルの波動を攪乱し始めた。これによって、相手の射線をそらし、一種の障壁バリアとするのだ。

 一瞬、戦況を表示する立体映像野中で、味方艦の映像がぶれた。

 すぐに補正が行われ、映像は安定するが、敵にはそのぶれた状態しか見えないだろう。

 放送用のスタジオには、開始キューが送られる。

 この放送は、敵にエーテル波送信で届けられるだけでなく、味方にもそのまま放送される事になっていた。

 すぐさま、セルファの高く透明な歌声が流れ出して、アデルは頬を緩めた。

 まだ子供だが、セルファは優れた音楽士の才能が豊かだった。今回亡命してきた真太陽教の脱走兵の中にも、セルファの動画を記録媒体に所持している者がかなりいた事は、もちろんアデルの耳にも入っている。

 これと同時に、母艦から、アルトスに率いられた神機、すなわち量産機の戦隊が発進していく。

 エルドアルがアデルの頬に軽くキスした。

「私も、そろそろ出撃します。許可して下さい、アデル」

 アデルはやにわに、エルドアルを抱き寄せると、唇に深いキスを与えた。エルドアルの目元が薄くピンクに染まる。

「出撃を許す。だが、無理はするな。決して無理をしてはならんぞ」

 エルドアルが少し体を引き離すと、きりっと敬礼した。

 とん、と床を蹴り、機体のあるベイへと向かう。

「エルドアル、三月兎、出る」

 整備班を率いる軍曹がきびきびと敬礼した。

「お気を付けて、中佐」

「ありがとう、軍曹」

 エルドアルのしなやかな体が、するりと操縦席におさまるや、兎の形を模した専用機は整備ポッドから解放され、発射口にリフトで運ばれる。

 エルドアルの耳に、管制官の声が入る。

「三月兎、出撃承認。進路オールクリア。ご武運を!」


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