第2話

 深宇宙のエーテルを波立てながら、一隻の船が航行している。

  指揮を執るのはヒメネス司祭。真太陽教でも中堅どころの将校だが、出世コースに乗っているとは言いがたい。

 なぜならこれは戦闘艦ではなく、囚人を護送する囚人船であったからだ。

 向かう先は第二十七天国矯正院。

 とあるガス巨星の軌道を巡るこの施設で、囚人達は一から教えを叩き込まれる事となる。

 ヒメネス司祭は暗い笑みを浮かべた。

 囚人たちの何人が心を入れ替え、教導院に進む事ができるか。ゼロではないが、狭き門だ。

「屑どもが」

 小さくヒメネス司祭は吐き捨てた。

 その時、エーテルを直接震動させてビートの利いた明るい歌が流れ込んできた。エーテル流のなかに直接立体像が結ばれる。ふわっとした衣裳をまとい、足を露出させた美少年が、可愛く踊りながら歌っているのだ。

 ヒメネス司祭は顔色をかえ、耳栓を探してポケットをさぐった。

「プロパガンダソングだ! 耳をふさげ、聞いてはならん!」

 その間も、歌い踊っている少年は愛らしくにこっと笑うと、ウィンクまで送ってきた。

「セルファだ」

 艦橋の守門ソルジャーが、誰かそう呟いた。

 いったい誰だ。

 ヒメネス司祭はぎろりと艦橋を睨み回した。

 まったく! 風紀を引き閉めねば、神話連盟のプロパガンダであるというのに、動画を違法サイトからダウンロードするような輩は跡を絶たないのだ。

 プロパガンダソングを圧するように、警報が耳栓を通してもがんがんと艦内に響き渡った。

 愛くるしい少年の立体像と重なるように、囚人船の前方に異形の巨影が立ちはだかった。

 獰猛な熊にまたがった古代の騎士だ。

 ヒメネス司祭の前のモニタに、特定された敵の情報が表示される。

 機体名アルトス、母艦は海鷲。パイロット名、デルフォー・アルム大佐。

 プロパガンダシンガー、セルファ・デリアム准尉。母艦は海鷲。

「海鷲……あの海賊どもが!」

 ヒメネス司祭の怒号もむなしく、巨大なロボットは迫ってくる。

「転針、転針ー! 早く転舵せんかあっ」

「転針中、ハードスターボードっ」

 悲鳴に近いような舵手の声が響く。事実囚人船はなんとか左舷方向に舵を切ろうと試みていた。

 ぎぃぃ、と船材が軋むような音が響き、船首がじりじりと動いていく。

 しかし、船よりはるかに素早く、アルトスは右に走ると、船が転舵する方向に先回りした。

 巨大な手が囚人船の船首をつかむ。

 ヒメネス司祭は両手で艦長席の腕木をぐっと掴んだ。

「全速後進ー! 機関! 全速後進だっ」

 囚人船の機関が煙を噴くほどフル回転した。

 しかし追いつかない。

 船首をアルトスにがっちりとつかまれた囚人船は前進も後進も、もちろん転舵もままならない状態となった。

 がつん、と右舷側から衝撃がはしる。

 目前のモニタに赤い警報ランプがともり、船体にダメージがあった事が示された。

 右舷側に敵の突入口が開かれている!

「迎撃せよ、右舷から移乗されるぞ。白兵戦用意ー!」

 しかしその命令も後手に回った。

 船に乗り込んでいる守門たちが手斧や小剣を手にして駆けつけるより早く、突入口には敵のチューブが接続され、そこからわらわらと神話連盟の兵士が溢れてきた。


 アルトスはびくともしなかった。

 パイロットのデルフォーと同じくらい逞しく太い腕は船首をつかんで微動だにしない。

 今は敵船の右舷側に開いた突入口から移乗した兵士たちが船内を制圧しているだろう。

 司令席でアデルは薄く笑った。

『ご苦労だった。デルフォー。もう少しそのままつかまえていてくれ』

『お安いご用だ』

 打てば響くように、双子の弟から声が返ってくる。

 その時、スタジオから衣裳のままのセルファがふわりと漂い出てきた。

「アデル! ぼくもっと歌う?」

 これはアデルの子だ。まだ子供だが、音楽士として海鷲に乗り組んでいる。

「よくやった、セルファ。今日は良く歌えていたぞ」

「ぼくはいつだって良く歌えるもん」

 セルファが下唇を突き出す。

「そうだな。すまない」

 アデルは微笑しながら愛弟を引き寄せた。

 青真珠の髪がふわふわと浮き上がる。

 それが絡まるのもかまわず、セルファは大好きな父に抱きついた。

『司令! 敵船艦橋を制圧。ならびに監房区画も完全確保しました!』

 アレイサンの声が飛び込んできた。

『よくやった。拿捕し、そのまま我が方の宙域へ曳航するよう手配してくれ』

 アデルの命令を受けて、アルトスが囚人船に曳航用のケーブルを打ち込む。

「これで、先日捕虜にされた将兵は取り返せたはずだ」

 アデルが膝の上にセルファを抱き上げながら言った。

「あの船の乗組員はどうするのー?」

 セルファがアデルを見あげながら言う。

「今度は逆に、彼らが捕虜になるわけだが、セルファ、考えてみろ。太陽教にいるのと神話連盟にいるのと、人はどちらが幸せだと思う?」

「神話連盟!」

「その通りだ」

 息子の額に軽く接吻し、アデルは微笑した。

 そうは言うが、太陽教の教えのもとで育った者たちにとって本当に幸せな運命なのかはわからない。そして知った事ではない。

 戦況を視覚情報として投影する作戦級プロジェクタのフィールド内では、アルトスが牽引ケーブルを肩に、拿捕した囚人船を牽いてくるのが映っている。

 セルファは自分の持ち歌の一節を口ずさんだ。

 アデルはその頭を優しく撫でた。

「おまえの隠れファンが、あの船にも乗っているかもな」

「だったらいいなー」

 セルファがにこにこする。

 先般、捕虜となった神話連盟将兵を救出する、この作戦が、ずっと大きな戦いのきっかけになろうとは、アデルも、部下たちも知る由はなかった。

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