不幸復活作戦会議

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不幸復活作戦会議





「なあ、この『幸せ』ってなんだ??」


 大学の奥深く、誰も立ち寄らないような建物の、今時滅多に見ない紙媒体の文献に、その言葉は存在した。ホノガミの問いに、セセラギは首を捻る。


「何でしょうね。『あはれ』とか『ヤベェ』とかみたいなものじゃないですか。物事を形容する言葉でしょう、きっと。」


「そうか??この記述を見ると、どうやらこれは、心身を以て感じることができるものらしい。セセラギは、感じたことがあるか??」


「さあ……。ないでしょうねぇ。」


「スサノウは??」


「ねぇよ。つーか、それ、どうやって感じるの??物体じゃねぇんだろう??」


「だよなぁ……。」







 のちに「不幸復活戦線」と呼ばれる組織の誕生のきっかけは、そんな些細な疑問だった。




 多くの視点が見直され、新しい世界の幕開けとなった20世紀。

 その世界から生じた様々な問題を発見することとなった21世紀。

 発生した諸問題の解決に、人類が粉骨砕身した22世紀。

 それらの時代を経て迎えた23世紀。人類は、先人たちが憧れた、「問題が存在しない世界」をほとんど達成しつつあった。大きな変革によって巻き起こった反発も、この頃には落ち着き、23世紀終盤には大きく変わったその世界を当たり前のものと受け入ていた。

 「不幸」が存在しない世界。それが、先人たちの夢であり、目標であった。しかし、それを与えられた23世紀末の人々の多くは、その理想郷に感謝するわけでもなく、機械的に淡々と生きている。それは理想郷の維持にとって重要なことであった。感謝する、ということは、その対象が何か特別なものであることを意味する。理想郷は、特別なものでなく、当然のものとして認識されなければならなかった。

 そのようなことなど、23世紀末の人々は気にする必要はない。そうなるように、22世紀中盤の各国上層部が尽力したからだ。だが、その尽力は、かつて世界が数多くの国によって構成されていたことや、権力などによる上下関係が存在した時代があったことと同じくらい、知っている人は少ない。国という概念、上層部という存在は既にない。あるのは、不幸除去研究所と、その他には、人を一定に育てる施設くらいである。



 また、世界が変わることに並行して、そこに生きる人々も変わっていった。人々の動向、思考、出生から死亡に至るまで、人を構成するあらゆる要素が機械化していった。先人たちは、「不幸」を無くすためには人間も変えなければならない、と考え、人間が持つ素質の中で「不幸」を呼び起こす可能性があるものを全て除いていった。

 そして、除かれた後の彼らは、何が除かれたのか、やはり気にする必要はない。










「これから不幸復活作戦会議を始める。」



 ホノガミは、紙媒体で囲まれた、薄暗い施設の中央で、セセラギ、スサノウ、サクヤ、ニニギノの顔を見ながら宣言した。五人は、同じ成長促進施設に振り分けられた、同年代の若者であった。まだ彼らの世代は友愛を理解できるため、彼らは互いを、他者よりも仲の良い存在だと認識している。彼らの一回り下の年代からは、徐々に友愛の感情は薄れている。それが不幸に繋がる、と不幸除去研究所から決定を下されたからだ。

 ニニギノは、ホノガミの宣言に、不思議そうな顔をした。スサノウに促され、ニニギノは慌てて電子腕時計のスクリーンを空間に浮かべた。辞書機能を呼び出す。対面に座るスサノウは、左右反転して透けて見えるスクリーンの文字を読む。「懐疑」。



「字が違ぇ。」


「え??」


「セセラギ、教えてやれよ。」



 セセラギは施設で見つけた筆記具で、近くにあった紙の切れ端に「会議」と書いてニニギノに寄越した。ニニギノはそれを見ながら改めて検索をかける。

 会議という名の話し合い、あるいはその寄り合いは、人々に多大なる不幸を与えるため、不幸除去研究所に早々に除去された。そのため、ニニギノのような、普通に過ごしている人間には無縁の言葉だ。

 五人の中で、ニニギノは一番、世界に順応している人間であった。つまり、世界の大多数の人々、のなかの一人である。

 ホノガミもセセラギもスサノウも、ついこの間まで、そこに含まれていた。この世界の人々が気にしたこともないような、小さな疑問を抱くまでは。





「ニニギノは今回からの参加だね。正直、驚いたよ。ニニギノは変革とかとは無縁の人間だと思っていたからね。」


「僕が誘いました。僕やホノガミやスサノウは、どこかひねくれたところがある。その点、ニニギノは素直です。一般的な意見を聞けるかと。」


「ある意味、サクヤとは正反対だよなぁ。」



 セセラギやスサノウの言葉を聞いて、サクヤはニッコリと笑う。サクヤは以前から、世界に懐疑的だった。昔のホノガミも含め、周囲の人々は、そのサクヤの思考が不思議であった。何をそんなに警戒しているのか。人々は理解が出来なかった。

 サクヤは、不幸除去研究所に侵入したり、自分の意見を発言をしたり、情報や知識を収集したりと、他者と比較すると奇行が目立った。そのため、不幸除去研究所から度々警告を受けていた。そのうち、自分自身が研究所によって除去されるだろう。そう言ってサクヤが寂しそうに笑ったのは、ついこの前のことだ。

 そんなサクヤが遠く感じたホノガミは、セセラギとスサノウを誘って、大学の敷地の中にある、崩壊しかけた建物に忍び込んだ。かつては図書館と呼ばれたそこは、電子媒体が発達した現在では誰も利用しないが、電子媒体のような規制は掛かっていないため、多くの知識が得られた。必要以上に知識を得ることは不幸だと研究所から忠告されていたため、本来は立ち入り禁止だ。けれど、サクヤが感じている違和感を知らなければ、サクヤを理解できそうになかった。そのために、周囲の目を盗んで、何度もそこに通った。



 そしてその場所で、「幸せ」という言葉を知ることになる。





「でも、キミたちの考えは、ちょっと違うな。我々は、一応、『幸せ』というものに出会っている。ただ、それに鈍感になっているだけだ。」


「そうなのか??」


「ああ。例えば、私だ。私は、ホノガミのように、自分を気にかけてくれる人がいる。これが『幸せ』だ。」


「……はあ。」


「じゃあ、セセラギを例にしよう。セセラギは、私ほどではないが、研究所の目を盗んで、こっそり知識を収集している。ただし、自由に調べることは出来ない。自由に調べられない点は『不幸』だ。けれど、それでもある程度の知識を集めることができる。これは『幸せ』だ。」


「うーん……。つまり、『不幸』の反対ってことか??」


「そうとも言うし、違うとも言える。」




 図書館で、例の言葉を見掛けた直後、サクヤにその疑問をぶつけた際の、サクヤとのやり取りをホノガミは思い出す。

 その言葉を聞いて、ホノガミ、セセラギ、スサノウは、各々の「幸せ」について考えた。

 どういう時に「幸せ」を感じるだろう。どういうことに「幸せ」を感じたいだろう。

 集めた考えを図書館に持ち寄り、何度も話し合った。




 そして、今日もまた、会議が始まる。




「そもそも、『幸せ』や『不幸せ』は、何かとの比較や、何かからの変化などから生じることが多いんだ。それに、何に対して感じるかも、人によって異なる。」


「……なるほど。」


「いや、お前絶対わかってねーだろ。」



 サクヤの言葉に対して曖昧な返事をするニニギノに、スサノウは鋭い指摘をした。ニニギノはギクリとする。先程から飛び交う言葉を逐一辞書でひいているが、そのほとんどが理解できていなかった。「変革」「一般的」「正反対」など、何となく知っている言葉ではあるものの、詳しくは分からない。そんなニニギノに気付いたセセラギは、ニニギノが首を傾げる言葉を丁寧に解説した。

 ホノガミは、サクヤに説明の続きを求める。サクヤは「例えば」と口にする。




「セセラギは、周囲には上手に隠していることだが、我々は、セセラギが博識であることを知っている。」


「そうだな。持っている知識は皆同じでなければいけないから、セセラギは主張しないが、確かにそうだ。与えられる知識以外にも、自分で密かに吸収している。」


「では、ホノガミ。何故、皆、同じ知識量じゃなきゃいけないのだろうか。何故、皆、全く同じ知識しか与えられないのだろうか。」


「……ん??」


「質問を変えようかな。セセラギは博識だ。多くのことを知っている。そのことについて、ホノガミはどう思う??」


「いや……普通に、スゲェな、って。」


「そうか。だが、その感想は、除去対象だ。」


「え、何で??」



 ホノガミだけでなく、ニニギノも、例にされたセセラギも、不思議そうな顔をする。だが、スサノウは「あー……。」と、納得したような声を発した。



「セセラギはスゲェなー、私が知らねぇこと何でも知ってるなー……ってことは、あれだ。私よりセセラギはスゲェ。逆に言えばセセラギより私はバカ。イコール、不幸。」


「そんなことないですよ!!」


「いや、私だって別にそう思ってるわけじゃねーよ。でも、そう思いかねない。だから除去対象なんじゃねぇの。」


「スサノウ、正解だ。」




 サクヤがスサノウに拍手を贈る。




「そう、人と人との差は、不幸を生む。優れた者がいれば、劣る者がいる。劣ることは、不幸だ。だから、与えられる知識は平等で、他の人より秀でた人材が出ないように調整されているのさ。」




 ホノガミは、サクヤの話を聞きながら、サクヤが作ってくれた紙媒体の資料を見る。サクヤ名義の電子媒体だと研究所から監視されている恐れがあるため、サクヤは慣れない手書きで頑張ったらしい。資料にはサクヤが集めた除去済みの不幸や、除去対象などが載っていた。その資料の除去済みの不幸、「学力競争」の欄を見る。

 ホノガミ自身が紙媒体の文書で調べたが、以前は、今とは全く異なる人間の成長促進施設が存在したらしい。現在は、誕生から生後五年まで過ごす幼学、生後六年から生後十年まで過ごす小学、生後十一年から生後十五年まで過ごす中学、生後十六年から生後二十年を過ごす大学、そしてそれ以降、死没までを過ごす社会、という五つの成長促進施設が存在する。成長促進施設はランダムに決められ、幼学に入れられた同じメンバーで社会まで過ごす。しかし、22世紀の前半までは、ホノガミにはよくわからない構造で、人々の成長は促進されていた。高校、という施設も存在し、しかも必ずしも行く必要がない施設もあったという。さらには、どの施設も選択の自由があり、加えて、施設によっては一定の学力が無ければ入れなかったそうだ。

 また、社会、という言葉はどうやら別の概念を指していたらしい。




「昔の大学にしろ、社会にしろ、やることはその施設ごとに違ったそうだ。今の社会は、どこの社会でも、やることは同じ。研究所から与えられる理想郷の維持事業だけだろ??でも、昔は違ったんだって。」



 サクヤはホノガミが見てる文章に気付き、補足した。スサノウが挙手する。



「サクヤー、私、わかったー。」


「はい、スサノウ。どうぞ。」


「何で私の社会はやることが多いの、イコール不幸。何で私の社会はこんなに暇なの、イコール不幸。えーっと、何で私の大学は、こんなに難しいことばかりするの、イコール不幸。何で私はあの大学に入れないの、イコール不幸、的な??みたいな??」


「また正解だ。」



 サクヤが頷く。スサノウが「いえーい。」と緩い声を出した。サクヤが説明を続ける。




「そう、つまり、そういう不幸を招かないように、社会や大学、他の中身を、全て平等にした。平等にしてしまえば、差は生まれない。つまり、不幸が生じないのさ。」


「なるほど。そして、入る時の競争を除去したのは、入れなかった人が不幸になるからか。」


「そう。ホノガミ、正解。」


「でも、何で幼学に入った時点で、僕らは小学以降まで、入る施設が確定しているのでしょうか。どこに入っても同じなら、別に選んでもいいでしょう??与えられる知識は同じだし、内装も外装も構造も一緒じゃないですか。」


「では、セセラギの疑問について考えてみよう。何でだと思う??」



 サクヤは楽しそうに笑う。ここ最近、サクヤはとても楽しそうだ。今までずっと、自分だけが気にしていたことに、他の人が興味を持ったからかもしれない。

 スサノウは両手を頭の後ろで組んで、思案し始めた。ホノガミも資料を見ながら考える。ニニギノは飛び交う言葉を理解するのにいっぱいいっぱいだ。セセラギに助けを求めた後、ようやく話を咀嚼し始めた。

 サクヤは四人の顔を眺める。



「うーん、いいね。私の言う言葉に皆が耳を傾けてくれる。皆が考えてくれる。今までこんなことはなかった。私は今、『幸せ』だよ。伝わるかな。」


「わからん。」


「スサノウ……。」



 恐らくサクヤは今、すごく良いことを言ったに違いない。その言葉をスサノウがあまりにもアッサリ返すものだから、ホノガミは呆れた。サクヤも苦笑している。スサノウはそういうところがある。昔から、変わらない。

 と、そこで。「あ……。」ホノガミは気付いた。




「幼学から社会まで確定している……ってことは、施設を移る時に、そのメンバーは変わらないってことだよな。俺たちにとっては普通だけれど、誕生から死没まで、同じメンバーで過ごすって、昔は有り得たの??」


「有り得ないね。」


「じゃあ……移る時に、メンバーが変わる、ってことは……。」


「あ!!そうなると、もう会えなくなる奴がいるのか!!」


「おい!!スサノウ!!俺の答え横取りするなよ!!」



 ホノガミが思わず立ち上がる。スサノウはヘラヘラと笑ってみせた。「なるほど。」と、セセラギは頷く。



「同じメンバーのまま、同じ施設に移動すれば、友愛を感じる相手と離れる不幸に見舞われない、というわけですね。」


「うー、俺が答えたかった……。」


「でも、三人の答えは正解だ。ちなみに、友愛を感じる相手と離れる不幸を、かつては『別れ』と呼んでいた。」


「別れ……なるほど、覚えましょう。」


「そう。そして、その対義語は、『出会い』だ。」


「出会い……。」



 サクヤの言葉を聞いて、ホノガミは辞書をひく。そして気がついた。



「別れが無ければ出会いもない。別れという不幸がなければ、出会いという幸せも感じられないのか。」


「それもまた正解だ。新しい人々との遭遇は、幸せだ。ただし、今まで友愛を感じた相手との別れという不幸が有り得る。それに、その新しい遭遇が、自分にとって良いと感じるものではなかったら、それもまた不幸になり得る。」


「あと、別れが幸せ、という場合も有り得ますね。友愛を感じていない相手と共に過ごし続けるのは、不幸でしょうから。」


「その通りだ、セセラギ。」



 サクヤは資料を捲ると、余白に文字を綴る。



「つまり、出会い、および別れは、幸せにも不幸せにもなり得るんだ。けれど、不幸せなる可能性が存在するから、出会いと別れは、共に除去対象になった。例えば……。」



 サクヤが円形の机の真ん中に、自分の資料を置く。四人はそれを覗き込む。サクヤは文字を指さした。



「入学、卒業、入社、退社。これはもちろん除去。引っ越し、移転、単身赴任。これも除去。入試、合格不合格。これも、結果によっては出会いも別れも生むし、そもそもそれに挑むまでの緊張感が不幸、だから除去。それに、先輩後輩関係は、早めの別れを訪れさせるし、この権力関係が不幸だから除去。」


「ねえ、セセラギ。先輩後輩って何??」


「違う年代の人々ですよ。例えば、ニニギノより上の年代は先輩。下の年代は後輩。」


「そう。そして上の年代は、必ず自分達より先に、施設の移動が行われる。これは別れだ。そして、もの凄く上の年代と関わると、死別、という可能性がある。」


「生後七十年の人々と関わるの??そんな時代あったの??」


「それにな、ニニギノ。昔は、人間の死没って、全員が生後七十年ってわけじゃなかったらしいぜ。人によってバラバラだったんだってよ。」


「うそ!?何それ怖い!!」


「そう、人の死没の年代を一律にした理由のひとつに、別れを防ぐという理由がある。人の死没は大き過ぎる不幸だから、今日は一回、置いておこう。」


「そのうち死没も除去されたりしてな。」



 スサノウの冗談混じりの言葉に、サクヤは「鋭いね。」と一言添えたが、それ以上追求はしなかった。ニニギノは人の死没年代が一律でなかった時代を想像したようだが、あまり上手くイメージ出来なかったようで、頭を抱えている。正直、かつての死没観については、ホノガミもあまりわかっていない。




「まあ、何にせよ、出会いと別れにまつわるものは、除去されたんだ。そこに含まれる幸せの可能性ごとね。」


「はあ、研究所も酷いことするよなぁ。俺、出会いだけは残して欲しかったかも。」


「無茶を言ってはいけないですよ、ホノガミ。新しい出会いがあるということは、どこかの施設から人が移ってくるというわけでしょう??そうなると、その人は一度、前の施設で別れを経験しなければならないじゃないですか。」


「あー、確かに。」


「他にも昔は、成長促進施設以外でも、人と関わる機会があったんだ。例えば、我々の年代で言えば、バイト、サークル、部活、ボランティア……。」


「ちょ、ちょ、ちょっと待って!!ボク、話についていけてない!!」


「安心しろよニニギノ。そこら辺の単語については、私も全くわかってねぇ。」


「スサノウにもニニギノにも、後で僕が教えてあげますよ。わかっている範囲内であれば。で、それも除去されたわけですね??」


「その通り。そして、それが、今では当たり前になっている。では、それらが除かれたことによって、感じられなくなった幸せは、何だろう??」


「……ん??」



 サクヤの言葉に、ホノガミは首を傾げる。サクヤの様子を見ると、どうやら、出会いの幸せ、別れの幸せ、を言っているわけではなさそうだ。

 感じられなくなった幸せ。感じることが出来なくなった幸せ。

 自分が、かつての時代に生きてたとしたら、どうだっただろう。ホノガミは、円形の机を囲んで座る、他の四人を見る。物心ついた頃には、この四人と共に過ごしてきた。四人に対して、ホノガミは確かに友愛を感じている。しかし、昔のように、過ごす施設が確定していなかったとしたら。自分はこの四人に出会えただろうか。仮に出会えたとして、友愛を感じることが出来ただろうか。

 そういえば、サクヤが確か、自分を気にかけてくれるホノガミという存在がいることに幸せを感じると言っていた気がする。あれは……。



「そうか……。わかった、気がする。」


「えー、私、わかんねぇんだけど。」


「うーん、俺も自信はないんだけど……。何と言うか、スサノウがいて、サクヤがいて、セセラギがいて、ニニギノがいる、幸せ??」


「あ??」


「えーっと、俺にとっては、それは当たり前のことなんだけど……でも、昔は、その状態がずっと続くわけじゃなかったんだろ??その分、なんか、その状況を大事に出来る、と言うか、えー、うーん……。」


「良くできました。」




 サクヤがニッコリと笑う。スサノウはホノガミの説明を聞いて「あー……うー……。」と唸っていたが、何となく納得は出来たらしい。「うん。」と小さく頷いた。

 いつも、そこに、当たり前にいる。それが、いなくなってしまう可能性。今の世界では有り得ないことだから、想像するのが難しい。けれど。



「……いつか、いなくなってしまうかもしれない。そう考えただけで、今、一緒にいるこの瞬間が、大切だと、感じますね。この瞬間があって、よかったと思います。少し、大袈裟かもしれませんが。」


「いや、決して大袈裟じゃないさ。その表現が的確だ。そして、その感覚が……『幸せ』というものだ。感じることが出来るかい??」



 ホノガミは小さく頷く。まだハッキリとはわからないが、以前よりは理解出来た、ような気がする。少なくとも、ホノガミのような人がいることが幸せ、と言っていた、あの時のサクヤの気持ちには近付けたはずだ。

 そして、何故、別れが除去されたのかも理解した。この不幸は大きすぎる。想像しただけで、心が痛くなる。ニニギノの場を和ますような笑顔や、いつも驚かされるセセラギの論理展開。何故か元気にさせられるスサノウの暴言や、サクヤの謎だらけの世界観。それらが、いつか無くなる。仮に、の話であるにも関わらずこんなに苦しいのだから、別れが存在していた頃の人々は、どんなに苦しかっただろう。

 しかし、もし、いつものように単調に過ごしていたら。もし、こんな話し合いもせず、別れなんて想定せず、周囲に決まった人々がいることを当たり前として過ごしていたら。自分は、その人々の大切さに、気が付けるだろうか。



「俺……この『幸せ』に気付けて、よかったと思う。それに……みんな、この『幸せ』に、気付くべきだと思う。」


「私も同感だ。それに、この『幸せ』は、正直、別れという『不幸』を想定しなきゃ感じられねぇから、別れという『不幸』も必要なんじゃねぇかな。」


「この『幸せ』を感じるのに、別れという『不幸』が必ずしも要るとは限りませんが、気付かせる上で重要な役割を果たすのは間違いないでしょうね。」


「えーっと、えーっと……そうなると、確か、別れと、出会いは、セットみたいなものだったよね……??じゃあ、出会いという『不幸』も必要ってことかな……??」


「おっ、スゲェじゃん、ニニギノ!!多分その通りだぜ!!」



 「おお!!」と驚きながら、スサノウはニニギノに拍手を贈る。自信が無さそうに発言していたニニギノは、その言葉を聞いて少し照れたような様子をみせた。

 ホノガミは、ゆっくりと立ち上がる。



「じゃあ……出会いと別れ、という『不幸』は、『幸せ』を感じるために取り戻すべき『不幸』……ってことでいいかな??」


「異議なし。」






 突如、サクヤの電子腕時計が警報音を発した。聞き慣れない音に、ニニギノが驚く。



「なに!?何の音!?」


「そろそろ会議はお開き、って音ですよ。」


「研究員がうろつきだすお時間ってことだ。早くズラからねぇと、ちょっとまずいことになる。」


「今日はあまり話が纏まらなかったな。今度から、テーマを先に決めて話し合うか。知識の話とか、成長促進施設の話とかも、もっとしなくちゃな。あと、死没についても。」


「今日はニニギノも初参加だし、内容も身近で、ちょうど良かったんじゃないかな。何にせよ、私は楽しいよ。皆とこうして話し合えて。」



 資料を纏めながら、サクヤは嬉しそうに笑う。



「きっと、我々が、引き返せる最後の世代だ。けれど、それに気付く人は、ほとんどいない。でも、私には、こんなにも同志が出来た。私は今、『幸せ』だよ。」




 円形の机を囲んで、五人は立ち上がる。

 ホノガミはセセラギ、スサノウ、サクヤ、ニニギノの顔を見ながら宣言した。





「これで不幸復活作戦会議を終える。」

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