帰還、再び

■帰還、再び



「コスモドロード、こちらR4帰還準備に入る」

「ダー(了解)、R4」

司令室の指示を受け取り僕は、帰還手順に従い制御ロケットを点火し宇宙船を大気の中へと沈み込ませた。

僕、トマス・クリャビヤは初飛行から今回が四回目の打ち上げになる。

一度帰還してから僕は誰よりも真面目に宇宙へと取り組んだ。

航法を熱心に学び、ロケットの構造、操縦方法を一から覚えなおした。前のように手順書に従って操作するだけでなく、もっと効率的に、色々と手を抜けるくらいまで僕は星を渡る道具を使いこなせるようになった。

お陰でヤシン委員長の信頼を勝ち取り、何かと僕に出番が回ってくるようになった。

「さすがに困難を乗り越えると人は強くなる」

そんな事をヤシン委員長は言っていた、困難な原因を作り続けている人間に言われるとどうしようもない。

僕が熱心に星の世界に取り組んでいるのはもちろん下の世界のせいだ。

「見えるかな?」

小さな窓も僕の要望を取り入れてだいぶ大きくなった。

地球を観測しやすくという理由で大きくさせたが、もちろんそんなものは方便に過ぎない。

地球の影に入った部分、地上では夜が訪れている場所で灯りが灯っている。帰還軌道なのでかなり地球に近づいている、僕の祖国を収めた大陸が真っ暗に染まり、星のような儚い光が点灯する。

黒い大地に一筋の点が規則正しく並んでいた。

火道だ。

内陸部のほとんど明かりがない地域に薄っすらと、確実に浮かんでいる。街の光に比べれば直ぐに消えてしまいそうな光だが、僕には見えた。

目の錯覚じゃない、そこに確かな道が見えた。

見下ろせば安心出来る。

あの光の何処かにフィアが居る。

それだけの事実に僕は心を奪われる。

満点の星の海に漂っても、足元の小さな光が僕には大事になっていた。

やがて景色はオレンジ色の光に包まれた、僕は地球へと帰還する、慣れたからだろうか昔ほど地球に帰るのが怖くない。

それどころか早く帰りたがっている自分が居ることに僕は薄々気が付いてはいたが、何時ものように嘘をつくことに決めた。



大草原、この場所を現地語でクルドゥーと言う。

詳しい意味は失われてしまったが、「道」と言う意味を含んでいる。

昔からこの草原はさまざまな民族が通り過ぎる道だった、都市を築く為の川と森が近くにまったく無いのが原因だ。

何時しかこの場所を根城にする遊牧民が生まれた、「クルド」と呼ばれた彼らは国を持たず、文化を持たず、馬も使役せずにただ歩き暮らしていた。

彼らにまったく文化的な伝承がされなかったわけではない、彼らの有力な家々が協力し、クルドゥーの地下に蓄えられた天然ガスを巧みに使い、世界でも例を見ない特殊な道を作った。

現地語で「カルマ・ドゥー」と名づけられた道は「火道」と呼ばれ、現代も絶え間ない炎を草原に照らし続けている。

一説には高空に存在する神への崇拝の為の篝火だと言われているが、「クルド」達には固有の宗教が無いので、その可能性は否定されている。

そんな大草原に一つの文明の塊が落とされた。

「偉大な祖国」と呼ばれる国家が作り上げた人類最新のテクノロジーの結晶、宇宙機と呼ばれる機械。

地球周回軌道から、パイロットの意思によりこの地に降り立った。

朝靄の中、二台の車が宇宙機に近づいて来る。

トラックから数人の人間が降りて、手早く慣れた手つきで準備に取り掛かる。

先頭を走っていたジープからは一人の女性が降りてきた。手には大きな荷物を持っている。

「待たせたな」

モストボイ少佐が手渡した荷物の中には衣服と一通りの食料、サバイバル道具が入っていた。

「いや、前よりずっと早い」

「そりゃあ今度は正確な地図があったからな」

軽くお互い抱擁すると、モストボイ大尉の部下が宇宙機の収容に入った。

「ずいぶんと火をおこすのが上手になったじゃないか?」

「大尉に紹介してもらった軍事キャンプで教えてもらったサバイバル技術が役に立ったよ」

「まあ優秀な生徒だったと聞いているさ」

トマスは苦笑して、荷物から服を取り出して着替え始めた。

「彼らは大丈夫?」

「心配ない、全部私の戦場での部下だった奴等だ」

「報酬は?」

「年金の水増しと、この美味い空気だ」

「年金は何処から出てるの?」

「この宇宙機の事故でいよいよヤシン委員長が失脚する、それにより新しい委員長が就任した暁には今まで冷や飯食っていた奴等が沢山のものを得る。それに預かろうというわけさ」

トマスは朝のニュースラジオを聴くような感じで軽く受け流した。

「委員長には悪いことをしたな」

「確信犯がよく言う、最初に計画を発案したのはお前だろう?」

「僕にはこれしか方法が思いつかなかった、誰も死なないで納得する方法はこれしかね」

「死人が出るかもしれないと考えなかったのか?」

「だから貴方に助けを求めた」

すっかり現地人の格好になったトマスはモストボイ大尉へ手を差し出す。

「貴方は人の死を簡単に扱わない人だと信じたから」

「昔戦場で殺しすぎただけさ」

簡単にモストボイ大尉と握手をして、トマスは荷物を持った。モストボイ大尉はタバコに火を付けて煙を吸い込む。

「美味い空気が台無しだ」

「私には煙がちょうどいい」

部下がやってきて宇宙服を回収する、宇宙機は簡単な重機を使い瞬く間に宇宙機は帆を掛けたトラックに載せられた。

トマスは名残惜しそうにその光景を見た。

「本当に良いのか?」

「ああ、後悔は何も無いよ」

「「偉大な祖国」を捨ててまで、こんな何もない草原を歩きたいのか?」

「歩くことも宇宙に行くこともあまり変わらないような気がするんだ最近」

青年と言ってもいい年の筈なのに、トマスはどこか初々しい少年の様な目をしていた。最初に会ったときよりもずっと若々しく、生きる力に満ちていた。

その源は多分、あの最初にあった時に横に居た少女なのだろう。

「あの現地人に会いに行くのか?」

「別にそういうわけじゃないよ。ただ歩いていれば絶対会う、それだけは間違えないさ」

あの日から何年もたっていて生きているのかも分からないのに、たいした自信だとモストボイは想った。

「大尉、収容完了です」

「分かった、それじゃお別れだ宇宙飛行士」

モストボイ大尉がタバコを左腕に持ち代えて、 右手をホルスターに掛けて銃を取り出した。

腕を軽く曲げてトマスに向かって引き金を引く。

二発の銃声が草原の風に流された。押し倒された様にトマスは空を見上げる。

「撤収」

すばやく銃を収めると、モストボイ大尉は部下に声を掛けてエンジンを掛けさした。

「大尉、これで良かったんですか?」

運転席に座る男が声を掛ける。昔、トマスの横に立って連行した人間だ。

「あいつは口もしゃべれるし、記憶も残せるからな」

笑みも無く、モストボイ大尉は紫煙を口から吐き出す。

「国家はあまりにも多くを個人に求める」

「誰の言葉です?」

「忘れた」

モストボイ大尉が軽く腕を振ると、車は何事も無かった様に走り出した。

この数日後「偉大な祖国」唯一の新聞はヤシン宇宙委員長の退任を発表した、後任人事は未定。ロケット打ち上げの報道については一切無かった。こうして嘘つきの国に新たな嘘がまた生まれた。

真実を知る唯一の女性はその新聞を読みながらこう言った。

「満足か?  宇宙飛行士」





■トマス・クリャビヤ



そういえばあの時もこんな風に空を見ていた。

青い空が有って、その後にフィアの顔が有った。

今こうやって久しぶりに草原の感触を背中に感じる、宇宙服とは違い現地の人が着る粗末な服は風を良く通す。

僕には音は何も聞こえなくなった。

「行くか」

起き上がって僕はモストボイ大尉がキルトに開けた風穴を見る。

綺麗に二つ穴が開いている。

撃った銃弾は僕の腕と胴体の間を通っていった。

最初で最後の二人で打ち合わせをした通りの小芝居だった。

モストボイ大尉とずっと行動している人間だったらこんな芝居は簡単にばれたのかも知れない、いやたぶんばれているのだろう。

それでも何処に潜んでいるか分からない秘密警察の事を考えると用心に越したことは無い。

それに宇宙飛行士トマス・クリャビヤは死んだという儀礼的なものとして、大尉はこの「芝居」をしてくれたのかも知れない。

じゃあ宇宙飛行士トマス・クリャビヤは死んだとして、今こうやって草原に立っている僕は誰なのだろうか?

分からない。

だから僕は歩くのかもしれないこの道を、恐れは何も無かった。

これは贖罪でもなんでもない。


往く、往く、往く。


僕は目指すべき光に向かって前に進む、あの時見つけた光を僕は目指す。

こうして僕は初めて満たされた。

もう一人でも怖くない。

なぜならば僕の視線の先には大事な人が居るのだから。



■フィア


私は名をフィアと言う。

この名は死んだおじいちゃんから貰った。

私に名を付けたあとおじいちゃんは死んだ。

そして、歩ける頃にはパパもママも死んだ。

ピナルという羊を残してくれたので、私は死なずに済んだ。

ピナルのお陰で私は大きくなり一人で生きていける様になった。

そんな私の前にあの人は現れた。突然空から落ちてきて、あっという間に私からピナルを、全てを奪った。

なぜだか分からないが、私はあの人の横に居て居心地が良かった。

彼は星の世界から来た。私が何時も見上げていたあの空からだ。

火道を歩いていると、どうしてもふと夜空を見上げ立ち止まってしまう。

あんなに沢山の光があったら何処に行ったら良いのかと迷うだろうにと、私は何度も星空に疑問を感じていた。

そんな場所から降りてきた彼は頼りなく、弱々しいと思った。

しかし彼は直ぐに空を見上げた。

あの沢山の星達に怯えもせずに、あの広い空へと挑む気持ちを忘れていなかった。

私は地面に吸い込む水のように彼に吸い込まれてしまった。

だから彼が元の場所に帰るとき、初めて何かが欠けるような気持ちを知った。

それは初めての気持ちなので言葉に出来なかった。

私は声が出なかった。

それがきっかけで彼は嘘を付き、私は生き長らえてしまった。

そう、私はあの時死ぬつもりだった。

あんなに寂しい気持ちになるのなら、あの場所で死ぬべきだった。

けどそんな気持ちも、言葉もあの人は私の中に封じてしまった。

口を封じられた私はあの日から声を失ってしまった。

唇に手を当てて、あの日の夜を思い出す、彼が星の世界に帰った日を。

それから気が付くと私は空を彼のように見上げていた。



そこでよく彼を見つける。



ものすごい速さで空を横切るといっていた彼は、あの流星の様に私の頭上に居るのだろう。

そう思うと一人になったあの日の寂しさも癒される。

だから空を見上げて彼を見つけると、私は心の中で声を上げる。


「スピカ」


私達火道を歩く民の言葉で見つけたという意味。

一番最初に見つけた星の事でもある。

最初に見つけた大事な星、見失ってはいけない大事な星。

それは遠くにあっても近くに、近くにあっても遠く届かない。

しかし、距離は関係ないのだ。

大事なのは見えるかどうかなのだから。




END

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火道を渡りて宙を視る さわだ @sawada

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