星の話
■星の話
「トマス、星の話をして」
数日して僕らは歩くことに決めた。あのまま小屋付きの灯台に僕の傷が治るまで住んでいてもいいとフィアは言ったが、僕は無理して歩くことにした。
フィアが言う「生きる」ことを実行してみたかった。
宇宙服のズボンをはいたまま、上着の部分を腰に巻き、日が出て再び乾き始めた草原を往く。
「僕の乗ったロケットは40メートルほどあって、ああ、あの火道の灯台よりももっと大きいんだ」
「高いところへ行くから?」
間違っては無いが、認識は違うだろう。細かいことを気にしていたら話が進まないので、僕は色々なものを適当に辻褄をあわせて話を続ける。
「世界に居る人間全てを起こすような音と供に僕は空へ上がっていく、大きな火の玉になって」
僕の打ち上げを自分では見ることが出来ない。暗いカプセルの中に閉じ込められていたからだ。だから僕は他の人間の打ち上げの様子を思い出しながら語った。
「十五分位で塔は役目を終えて、僕は星になる。この地球を約二時間で一周してしまう速さで僕は移動してね」
「そんなに早く移動したら風とか大変」
「そう、星の世界には風が無いからそんな速さが出せる」
大気の無い宇宙空間では抵抗が無いのでいくらでも速度は出せるということ、科学をまったく知らないフィアが瞬く間に理解したことに僕は驚いた。
やはり彼女は頭がいい。
「移動している最中に火道の明かりは見えた?」
「分からなかったよ・・・・・・」
僕にはいまどこの上空を飛んでいるのかも良く分からなかった、必死に計器を読み上げて言われるままに機械を操作した、といってもほとんどやることは無かった。
「今度は分かる?」
「そうだね、形は覚えたから大丈夫だと想う」
大気圏の外から火道の明かりは見えるだろうか? たぶん見えない。
「星空から見たここはどう見えるの?」
「昼はたぶん一面の緑、夜の景色は星の世界と変わらないと想うよ。あたり一面真っ暗で、そこに星座のように火道の道が見えるのかな」
「星座?」
「星と星を結んで描く絵だよ」
「「空絵」私たちはそう呼ぶ」
現地語の発音は良く聞き取れなかった、「空絵」という言葉はなるほどと思った。
「どんな絵?」
「羊と馬」
「それだけ?」
「他にも有るの?」
僕も星座に詳しいわけでないので話はそこで終わった。もう少し僕に知識があれば、彼女にもっと星の世界のことを教えられたのにと後悔した。嫌味な優越感というよりは、この賢いフィアにたくさんの事を教えれば、きっと僕より優秀な成績を収めることが出来ると想った。
いや、僕より立派な宇宙飛行士になれると思った。歩いている時のフィアは僕が今まで見てきたどの人よりも迷いが無く、強い人に見えた。
怪我をして遅れる僕を彼女は時々肩を貸し、何時もの様に文句も言わずに僕を助けてくれる。フィアの話では西に向かえば時々キャラバン隊が火道の近くを通るとの事だった。そうすれば「定住者」たちと連絡が取れるとの事だった。
街に行けば何とかなる。
僕も漠然とそんなことを考えていた。
「宇宙飛行士です」と言えば馬鹿にされるかもしれないが、少なくともこれほど凝った宇宙服を作ってだまそうとする人間は居ないだろうと説明できる気では居た。
何にしても、これ以上フィアの負担になるのだけは嫌だった。
彼女は僕を星の世界へ、元の場所へと返そうとあらゆることをしてくれる。
大事な羊を、食料を僕に分け与えてくれる。
僕も頭が良くないかもしれないが、自ら進んで馬鹿になろうと努力してきたわけではない。後になって考えれば女の子の前でカッコつけたかっただけかもしれないけど、とにかくこうやってフィアに肩を借りるのはどうしようもなく嫌だった。
「キャラバン隊が出てくるまであとどれくらい歩けばいいの?」
「少し」
「あと何回朝食を食べる?」
「五回ぐらい」
五日間歩きっぱなしをあと少しと言い切る精神力は何処から来るのか僕には不思議だった。
けどその理由も一緒に火道を歩いていると徐々に分かってきた。
火道の灯台は大体四、五時間毎に立てられていた。一つ通り過ぎると、次の灯台が薄く見えてくるような絶妙の距離。
昼はぼんやりとしか見えないが、夜は次の目標として明確に見える。場所によっては更に先の灯台も見え道のように連なる。
往く、往く、往く。
僕たちは火道の明かりに導かれるように歩いた。
昼も夜も体力が持つ限りは二人で縦に並んで、横に並んでくっ付いたり離れたりを繰り返しながらこの草原を進んだ。
「今日はここまでしましょう」
夜、小屋の付いていない灯台の足元で僕たちは休んだ。灯台の火が強く燃えていて明かりには困らない、フィアが何時もの慣れた手つきで足元に火を起こす。
僕は灯台に寄りかかる、石造りの灯台は二人で囲める位の細い円柱で、綺麗に石が積み上げられているのは小屋の有った灯台と変わらないが、何か小屋が無い灯台のほうがモニュメントの様で僕は好きだった。
見上げると炎が吹き上がっている、途切れることなくこの草原を照らしている。
「また星を見ているの?」
準備を終えたフィアが馬乳酒を淹れてくれた。焚き火越しにカップを受け取る。
「いや、灯台の火をね」
灯台の火が揺れる、少し風が凪いだ。夜は何時も静かだったがこの時だけは少し強い風が吹く。
「風が走ってる」
「寒い?」
僕の言葉に直ぐにフィアは荷物から新しいキルトを出した、寝袋代わりに使っている大きなモノだ。
何時もは風も無く、火の近くで寝れば問題ないが、少し風が強いかもしれない。
風の方向が東から西へと流れていたので、僕は焚き火の位置をずらして、灯台を風除けにしようと提案した。
フィアは直ぐに理解して、火を新しい場所へ起こす準備をする。
一瞬焚き火が弱くなって足元が暗くなる。灯台の火だけがこの世界を貫く。
僕はどうしてもこの火道の明かりに目を奪われる。
どうしてだろう?
「トマス?」
準備を終えたフィアが僕を誘う。
再び焚き火が足元を照らす。
「フィアちょっとだけお願いがある、火を消してみていい?」
「火を?」
「少しでいいんだ、星を見たいんだ」
フィアは嫌な顔一つもせずに直ぐに火を消した、薪が燃える音も止んで静かな夜。
「狼が出るから少しだけ、風が匂いを運ぶから危ない」
「ごめん」
声だけが聞こえる。
火道の灯だけが薄く世界に色を付けていた。
「「宇宙」と言う場所もこんな感じ?」
「そうだったかも」
何か宇宙に行ったのが遠い昔の出来事のような気がした、僕はここで昔からフィアと一緒に世界を歩いて居るつもりになっていた。
灯台を背に腰を下ろすと、フィアが大きなキルトを掛けてくれた。そして僕の脇へ腰を下ろして肩を寄せた。
「寒いから、よくピナルとこうやって夜を過ごした」
「僕は羊毛に包まれてないから暖かくないだろう?」
少し慌てていたので僕は軽口を叩いた、そして直ぐに黙らされた。
「けど変わりに手がある」
フィアの小さな細い手が僕の大きな手を握る。手を触れると細かい傷が分かった。食事を作り、キルトを織る手は傷が耐えない。機械のボタンを押すだけの僕の手とは対照的だ。
二人で遠くの灯台の火を見る、あれは僕らが歩いてきた道だ。道の光と星の明かりが混ざり合う、星の賑やかさに比べて火道の明かりの寂しさはどこか宇宙に居たときの自分を思い出した。
一人だけで居る時間、誰とも遠い所、誰も居ない宇宙で一人だけで居るのは何か素晴らしいと感じた。
楽しいとか辛いとは違う、気楽さからだろうか、親も「偉大な祖国」も関係ない、自分だけの場所が有るという自由に浸れたからだろうか?
今、僕の横にはフィアが居る。
手を握ってお互い隣りに居ることを感じている。
「トマス、火道の世界はどう?」
「良い所だね」
「何時狼に襲われるか分からないのに?」
「宇宙も何時死ぬか分からない所だったけど、この場所の方が色々と感じられる。草の匂いとか冷たい風とかが何か眠かった僕の頭を揺さぶる。ここは生きていることを凄く感じられる」
「トマス、私はこの世界しか知らない」
「僕が教えてあげるよ、街の世界も、星の世界も」
「私はずっと歩いていたい」
「歩きながらで良いと思う。フィアみたいに強い人間は何だって出来るさ」
「トマスも強い」
そういうとフィアはキルトに顔を埋めた。
「フィア?」
僕が彼女の頭にかぶったキルトをどけるとそこには初めて見るフィアの顔。
「こうやって貴方は何時も星を見てる、最初から最後まで」
「どうしたの?」
「分からない、分からない」
首を振る彼女は、今にも消えそうな炎だった。弱く揺らめいて、手を添えようとすると手元で消えてしまうようなか細さ。
「トマス、私は強くない、時々どうしてもこうやって涙を流す。ピナルに抱きついて過ごす夜が有る、私は弱いから歩いている。歩くのをやめたら私はただ泣くだけの為に立っている」
声は感情的になっていない、ただ目から涙だけは堪え切れずに頬を伝っていた。フィアは表情の下にはこんなにも脆いものが在った。彼女はその弱さを知っていてあえて表に出していなかったんだろう。
夜闇の下だったら涙は誰に見られることも無いから人は夜に泣く。今は火道の明かりが彼女の頬を薄く照らしていた。僕は隠さなければいけないと思って握って いた手を離し、腕を伸ばす。火道の灯りからも、星の光からも、フィアの脆く綺麗な部分を僕は自分のものにするために隠した。
「ピナルの代わりにはならないけど」
フィアの赤毛の髪は想ったより柔らかかった、小さな肩幅も、全てが儚く脆く感じる。
「誰も誰かの代わりになんてならない」
こういうときでもフィアは正解を口にする。僕はやっぱり強いと思った。
僕の国には今は神様が居ない、「偉大な祖国」は指導者の指示の下、論理的に合理的に国を運営して人々を幸せにするからだ。
けど人々は神に祈っている。どうか幸せにしてくださいと。
僕は祈る意味が分からなかったけど、フィアの涙を見たときに祈る理由がやっと分かった。
どうしようも無いものがこの世には在る。
「トマス大丈夫?」
フィアが顔を上げる、もう目には涙は溜まってない。
「何が?」
「胸から凄い音が聞こえる・・・・・・」
「ああ緊張して」
僕の張り裂けそうな心臓の音にフィアは気が付いた。
変なのと不思議そうな顔をして、フィアは火をおこす準備をしようとキルトの包みから出た。
「寒いよ」
僕がキルトを渡すと彼女は大丈夫だからと、僕らはキルトを譲り合った。
「大丈夫だからトマスが被っていて」
「僕が火を起こすから、君はまだ・・・・・・」
渡しあう僕らの手はまたお互いの指を絡め取っていた。
「トマス」
「フィア」
「また音が聞こえる・・・・・・」
もう僕の高鳴りは収まっていた、じゃあ何の音だろう。フィアの目が草原の暗闇を見ていた。
そこには徐々に大きくなりつつある光があった、人工的な白い光。
近づいてきて僕にはそれがエンジンの音だと直ぐに分かった。
フィアが強く手を握る、僕も強く握り返した。
終わりがやって来た。
■道の上
「同士宙飛行士、宇無事で何より。私は派遣政治将校のサーシャ・モストボイ大尉だ」
軽くカーキのジャケットを羽織った黒い髪の女性がまず手を差し出した。
僕は自分でも驚くくらい自然にフィアの手を離して敬礼した後、差し出された手を握った。
「それにしても、ご無事で何よりだ」
品定めをするように視線を動かしながら、モストボイ大尉は僕を眺めた後直ぐに車を指差した。
「それでは直ぐに本国に戻ろうか?」
当然のように僕は戸惑った。
「早く」
二名の部下が後ろで銃を持ったまま待機する。
「同士大尉、ちょっと時間を頂きたいのですが?」
首を傾げる大尉に僕は話を続ける。
「フィア・・・・・・彼女に助けてもらった礼をしたいので」
「その必要は無いだろう」
冷たい声が響く。大尉が右手を上げると後ろの男達がライフルを構えた。
銃口はフィアに向けられていた。
「大尉!?」
僕は直ぐに間に入ってフィアを背中に隠す。
「どけ、宇宙飛行士。明確な国家反逆罪だ」
「なんで?」
「理由を聞くのか? 君が?」
大尉は腕を伸ばして僕の胸を突く。
「君の失敗は国家にとっては許容が出来ないものなのだ。その証拠をつぶすために我々はこんな辺境の地まで足を運んでいる。宇宙機・・・・・・君達の言う 「宇宙船」は誰にも会わないで回収できた。後は君だけだったんだが現地人にわが国の失敗を知られてしまっては今までの苦労が水の泡になる」
「宇宙船なんて何度も失敗しているじゃないか・・・・・・」
「わが国では打ち上げられた宇宙船は一度だけ、人類初の宇宙飛行士「セルゲイ・ラーニン」だけさ」
「レブロフは? ナザレンコは?」
「彼らの石碑はまとめて「コスモドロード」にあるだろう? あれは石碑に刻むことを拒まれた者の為の墓石だぞ」
「コスモドロード」 には「星の碑」と言うものが有る。三日月のようなカーブの先にロケットのモチーフが付いている。そこには誰かが何時も献花を欠かさなかった。巨大なロケッ トの打ち上げはそれだけ事故の可能性が高い、これまで「偉大な祖国」の宇宙開発は沢山の犠牲を生み出して来た。
犠牲者は主にはその死や事故は伏せられた。誰も事故の責任を取りたくなかったからだ。死んだ理由を追求されたくなかったら、死すらもなかったことにしてしまえば良い。誰が考えたのか「偉大な祖国」では当たり前の光景になってしまった。
「その現地人の墓は作ってやる暇は無い」
「殺させない」
「手間を掛けさせるな」
凄い力でシャツの襟を掴む。
「お前がこんな所に落ちさえしなければその女は死ななくて済んだ」
「違う、僕が宇宙飛行士にならなければ彼女とは知り合えなかった、分かり合えなかった」
「ずいぶん肩入れしているな」
「僕はこの子に命を助けてもらった。僕が助かって彼女が命を落とす理由なんか何処にもない」
モストボイ大尉は手を離すとそのまま僕の頬を痛打する。
「時間が無いと言っているだろう!!」
腰に挿した銃を取り出して、僕の眉間に押し付ける。
「死ぬか?」
「死なない」
この時僕は自分が自分で無い気がした。僕の死よりもフィアの死のほうが体全体で拒んでいた。
「僕が死んだら、フィアも殺すんだろう? 無駄死にはしない」
「宇宙飛行士、ずいぶんと吼えるじゃないか?」
モストボイ大尉は嬉しそうに笑った。
「ただの宇宙委員会が作り上げた人形たちだと聞いていたのに、ずいぶんと活き活きとしているな」
「この草原が僕を生かしてくれた」
「だからといって、私を納得させる理由はないぞ?」
灯台の明かりが薄く僕らを照らす。後ろの男達は彫像のように銃を構えたまま立ち尽くす。モストボイ大尉は嬉しそうに僕に銃を突きつける。
ついさっきまで僕とフィアだけだった世界に乱入した侵入者、それは僕を宇宙に飛ばした国からの使者。本当の僕が住んでいる世界「偉大な祖国」からの使いだった。僕はフィアの想っているような星の世界の住人ではない。
そのとき、後ろからフィアがシャツを引っ張った。
彼女は黙ったまま、僕を退けてモストボイ大尉の前へと立った。
「名は?」
大尉の呼びかけにフィアは沈黙で答えた。
ただ大尉の前に立っていた、守る、祈る、そういう姿勢は何も見せない。火道の灯台のようにただ立っていた。
「名は?」
初めてモストボイ大尉は苛立って、銃口をフィアの額に押し付ける。
それでもフィアは怯えもせずに、大尉の目を覗き込む。
「口が利けないのか?」
額に押し付けた銃口をそのまま下ろし、フィアの口の前へ。二人の意思と意思が沈黙でぶつかり合う。
フィアの口が動いた。声は出ていない、小さく口を息を吸い込むのではなく、ささやくように口を数回動かす。
「どうした?」
「分かっただろう?」
僕が間に入る。
「彼女は口が利けないんだ」
そこからは自分でも驚くくらいに嘘が流れ出た。
「彼女は口が利けない。僕の名前も知っていてもそれを他人に伝える方法は無いんだ。彼ら草原の民は記録を残す事はしなかっただろう。だからこの火道の作り 方も、誰が作ったかも記録が無い。彼らに僕らがこの地に居たということを記録する方法は無いんだ。だから彼女の死を持って僕の墜落を黙らす必要も無い。そ れどころか彼女を殺してしまったら、彼女の死と言う事実が誰かがここで少女を殺したという記憶が残ってしまう。
彼女は僕が星の世界から落ちてきた神様だと勘違いしていたみたいだ、だから大事な羊も処分して僕に栄養をくれた。だからこうやってここまで歩いてこれた。生き帰ることが出来る同士大尉」
一気に話しながら僕はフィアに自分の掛けていたキルトを彼女に掛ける。大事なものを隠すように、肩に巻いた。
「だから殺す必要はまったく無い、まったく無いですよね大尉」
「貴様が言っていることが事実ならばな」
「事実です大尉」
「証拠は?」
「僕は「偉大な祖国」の宇宙飛行士だという事実では不足ですか? 」
「いや十分だよ、宇宙飛行士。下ろせ」
モストボイ大尉の命令を聞くと、直ぐに後ろの二人の兵隊は銃を降ろして僕を取り囲んだ。
「急ごう、時間が無い」
銃をホルスターに仕舞い込んで、大尉は直ぐに背を向けた。
僕は兵隊に脇を固められて一歩を踏み出す。
当然フィアは声をかけらなれない。芝居の意味を分からない彼女じゃない。
終わりは突然で涙もない。
だから僕は踵を返して、キルトを退けて彼女の顔を目に焼き付けた。暗闇の中でその知性的な目は輝いて見えた。
それを頼りに僕は大体の当てずっぽうで唇を重ねた。
「宙を見て」
直ぐにキルトで再び彼女を包んだ、幾重にも大事に、誰にも奪われないように。
両脇の兵隊の表情は見えなかった。
見たくも無かったが、たぶん待っていたモストボイ大尉の様に余計な事をという分かりきった表情だったんだろう。
僕はそれから振り返らずに車に乗った。
「私が運転する」
「大尉?」
「寝ていろ、疲れたろ?」
銃を構えた部下を後部座席に座らせて、運転席にモストボイ大尉が座り、僕は助手席に通された。
二人の兵隊が後部座席に座るかどうかのタイミングで直ぐに車は発進した。
こうして僕とフィアは奇跡のようなタイミングで出会い、突然分かれた。 車は今まで彼女と歩んだ道を反対に進んだ。
あっという間に進む、僕らの歩いた距離を機械はあっという間に置き去りにする。
再度ミラーには僕がたどり着いた最後の灯台が写る。その下にフィアが居る、まだ立っているのだろうか?
「最後に何をしたんだ」
運転席のモストボイ大尉が声を掛けてきた。
「口封じです」
「ハハ、気に入ったよ宇宙飛行士、名前は?」
「トマス・クリャビヤ」
「そうか、それが我が「偉大な祖国」の二番目の宇宙飛行士の名なのだな」
こうして僕は草原から帰国し、「偉大な祖国」の二番目の宇宙飛行士になった。
公式発表の事実からの変更点は二点、本当は僕の前に二人宇宙飛行士が居たが、彼らの打ち上げは失敗だったので歴史から消された。僕は凍土の針葉樹林から奇跡の生還を果たした事になった。僕の国は草原も無いし、火道も無いからだ。
宇宙委員会の今回の打ち上げは完全に成功に終わったと発表した。
唯一のミスは打ち上げ成功の発表を一週間も遅れてしまった事だと。
遅れた理由は誰も聞かなかった、打ち上げに成功したという事実だけが必要とされたからだ。
嘘だらけの国に帰ってきて、僕はあの火道の事を思い出す。
火道では嘘は付けなかった。嘘をついた瞬間に生きる力を失ってしまうからだ。
だから一つだけ心残りがある、嘘を付かないで生きて来たフィアに初めて嘘をつかせてしまった。
やっぱり僕は星の世界の住人じゃなく、嘘つきの国の人間だと思い出した。
火道の世界の綺麗さが僕を誘うが、それでもフィアに再び会うために僕は宇宙飛行士でなければ行けない。
このホラ吹きの集まりのコスモドロードで、火道の灯りのように輝く彼女の瞳を思い出しながら、あの日からは初めて僕は、自分の理由で再び宇宙を目指した。
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