星の世界から

■星の世界から



朝起きると外はまだ雨が降っていた。

雨と言うよりも霧雨の様になっていて、周りの山達もその中に隠れている。

部屋にはフィアの姿が見えなかったが、暖炉にはもう火が掛けられていた。

程なくフィアが外から戻ってきた、濡れた街灯を壁に干し、また手早くストーブの上に置いたポッドを取り出した。

また緑のお茶が出てくるのかと思ったら、今度は茶色いお茶が出てきた。

「コレは?」

「緑じゃなければ良いのでしょ?」

口を付けると甘くほんの少しアルコールの味がした。

「酒?」

「馬乳酒」

なんだかフィアに気を使わせるのは悪かった。

「フィア君は何時も何をしているの?」

「火道を歩いている」

彼女は余計なことを言わない、聞かれたことをテストの回答欄みたいに答える。

「火道を歩いてどうするの?」

「生きている」

こうやって彼女との会話は止まる。何か住んでいる世界が違う、彼女は無駄な所が無い。

僕の住んでいた世界は誰にも名前の前後に国が与えた役割があった。

僕の父は学校の先生で、母も学校の先生だった。どちらも僕の事を大事に育ててくれた。だから中学校で初めて成績で表彰されたときは誇らしげに僕を二人で抱 いてくれた。今思えばそれは別れを惜しんでだったのかもしれない、優秀な人間はその能力を国家へ「偉大な祖国」へと奉仕しなければいけないと僕は教えられ たし、先生である両親もそう教えていた。

だから僕が両親の元を離れて「コスモドロード」に行くときは誰も寂しい顔をしなかった、あのテストの時のように誇らしく、喜んでいてくれた。

そういえば僕の事故はどのような扱いになっているのだろうか?

そのとき僕はまるでロケットの打ち上げが失敗したときのことを何にも考えないで此処まで来た事に気がついた。

僕が聞かなかったから教えてくれなかったのだろうか? それとも本当に失敗したときのことを誰も考えていなかったのだろうか?

直ぐにでも「コスモドロード」へ、ヤシン委員長へと連絡を取らなければ行けないのに、僕の体は怪我のせいだけでなく動かなかった。

「貴方は死んでいるみたいね」

フィアはそう言って僕の目の前に食事を差し出した。焼きたてのパンみたいなモノと、何か肉と野菜が入ったスープ。

「食べて良いの?」

「駄目なモノは出さない」

僕が受け取ると直ぐに彼女は違う仕事をし始めた。

テキパキと僕がベットで寝ている間、止まっているフィアを見たことが無かった。そんな姿を見てると、宇宙船の中でじっとしているだけだった僕はフィアから見れば死んでいるのと同じようなものかもしれない。

「食べないの?」

「いや、君だけ働かせて僕が食べるのは・・・・・・」

「貴方は働けないでしょ」

そうだけど、フィアが一生懸命働いているのを見ながら食べるのは気後れする。

「一緒に食べよう」

「なぜ?」

「一緒だったら食べられるから」

僕の意を汲んでくれたのか、会話がめんどくさかったからか分からないがフィアは素直に自分の分を持って僕の横に座って早速食事を始めた。

「食べないの?」

「ああ、いただきます」

彼女も僕も神に祈りを捧げてから食事を取るということはしなかった。

僕らは暖かいパンとスープを一緒に口にする。僕は一口でこの味が好きになった、そう言えば地球に降りてから何も口にして無かった事を思い出した。僕はあっという間に出されたモノを食べ尽くしてしまう。

「まだ食べる?」

横で呆気にとられた顔をしたフィアが席を立とうとする。

「いや、いいよ、ごちそうさま」

「まだ有る」

流石に遠慮すると、彼女は自分の分を差し出した。

「貴方は体を治さなければ、人より沢山食べる」

フィアは僕に押しつけるようにご飯を進めた。

「なんで君は僕にそこまで良くしてくれるの?」

「良くする?」

「怪我した僕に此処まで看病してくれて、その家族は心配してないの?」

「私には家族は居ない、それに倒れていた人間を助けるのは当たり前」

フィアは何時も正解を口にする、この時も僕はそれ以上聞けなかった。

「星の世界に生きていたって、この「火道」に落ちてきたら此処の掟に従わなければ動けなくなってしまう。動けないのは良くない、絶対に良くない」

フィアはそう言うと扉を開けて外に出て行ってしまった。

僕は渡されたパンとスープを全部飲んで、動かない足を引き摺りながら外へ出た。

どうやら骨は付いているらしい、動く度に激痛は走るがやはり一晩ぐっすり寝て、食べ物を食べると違う。何とか壁を這って外へ出た。

「フィア・・・・・・」

フィアは子供のように扉の横でうずくまっていた。

「駄目、寝てなきゃ」

良いよと僕は立ち上がろうとした彼女を止めて、僕は横に座り込んだ。

「フィア、ありがとう助けてくれて」

今度は素直に礼が言えた。

「あのまま、宇宙船の横にいたら僕は寒さで動けなくなってた。ありがとう」

自分でも驚く位に素直に感謝の言葉が言えた。

「火道では倒れていた人間を助けるのは当たり前だから」

「当たり前の事を出来る人の方が偉いよ、僕は何も出来ない」

「星の世界に行ったことがあっても?」

「行っただけで、何もしてない」

雨空の下、僕は宇宙のことを思い出す。何もない世界、大きな地球があってこの一点で自分は暮らしてきたのかと思うと不思議だった。

目の中に全部今までの自分が入っているような気がした。ああ、こんなモンだったんだと。自分の眼にはいるくらいのモノでしかないのかと思った。

「僕が星の世界に行った話信じるの?」

素朴な疑問を彼女にぶつけてみた。

「僕が嘘を付いていると思わないの?」

「思わない。だって嘘を付いてこれる場所じゃない此処は。歩いてしか、火道伝いにしかこれない場所。あとは空から落ちてくるしか方法はない。まさか星の世界から落ちてくるとは思わなかったけど」

「此処は遠い所なんだ」

「何処から?」

僕の国では国境を越える場所は何処も遠い場所だ。よほどのコネか軍隊でも入らなければ外国、外の世界には行けない。

「星の世界からかな?」

「何時も手を伸ばしても、どんな事をしても星の世界は届かない。ねえ、星の世界ってどんな所?」

フィアからの質問は久しぶりだったので、僕は彼女と同じように正しい答えを探した。

「何もない所、静かで暗くて・・・・・・」

「夜と変わらないのね」

「けど隣には何時も地球があるんだ」

「地球?」

「この星の事だよ」

地面を叩いて僕が説明しても、彼女には感覚として分からないようだった。

「地球ってどんな所?」

「青い、青が視野一杯に広がるんだ・・・・・・」

「空と何が違うの?」

「違いはないよ、ただ君が見た空全部を僕は見たんだ」

空を全部とは変な言い方だなと思った、しかし彼女が見てきた空を僕はこの目に全て抑えたことになる。地球の外側を回って来た僕は、全ての空をこの目に見た。

「何で降りてきたの?」

「えっ?」

「そんなに一人になれて、静かで、全てを見渡せる場所からなんで火道の世界に降りてきたの?」

僕は星の世界に行った、色んな人間の思惑に乗って。

だからその先に僕が選べる選択肢は無かった。

「私も、そんな遠くに行ってもやっぱりこの場所に戻ってくる」

「なんで?」

「此処と比べて良かったら星の世界で生きる。良くなかったら戻ってくる」

比べるときに絶対的な基準がある事が彼女の強さの源だと言うことに僕は気がついた。この白く靄の掛かった草原が彼女の生きる場所全てなんだと。だから彼女は迷いのない眼をしている。

僕はどうしても彼女の横にいると自信のない自分が恥ずかしくなって、彼女の顔をまともに見れない。だから僕は彼女と同じ景色を見ることにした。

こうして僕らは少しの間、一緒に薄暗い雲に覆われた空を見上げた。何も見えない世界で、僕は何故か凄く安心しきっていた。

隣に座るフィアも同じ気持ちなんだろうか?


■リアリスト


夜に僕はもう一度外に出てみた。彼女がどこから持ってきたのか解らないが、杖を持って来たくれたので楽に外に出られた。

白い息が出る。昼とはうって変わって冷気が体を包む。

雨はやんでいて空には零れ落ちてきそうな位に星が散りばめられていた。

標高が高いのか、星のパノラマは僕が住んでいる「コスモドロード」よりも素晴らしく、ここの方が星の世界に近い気がした。

「寒いよ」

「よく燃えている」

声を掛けて来たフィアに火道の灯台を指差す。興味のなさそうに僕に厚手のキルトを手渡す。肩にかけると寒さも和らいだ。

「凄いね、ずっと燃えている」

ガスが吹き出る音と共に大きな火の柱が出来ている。夜空に大きく、周りの星を飲み込むような大きな光。遠くに似たような地上の光点が見える。

ひとつだけでなくその奥にも有った。昼は気が付かなかったが、夜「火道」という意味を知った。

「この火は作られてから一度も消えたことがない」

「どれくらい昔からあるの?」

「御爺ちゃんが子供の頃にも有った」

石造りの建築物は百年以上の年季を感じさせる、歴史に無学なので僕には古い時代の話はわからない。彼女も詳しい話は知らないみたいだった。

この世界には少なくても当たり前のようにこの塔が火を灯し続けている。

「こんな立派な塔を作るのは大変だったんだろうね」

「もう無くなった国、東王が西へ向かう人々の為にこの塔を作っていった。こうやって夜に星を作ることによって、私たちは自分たちの意思が有れば東から西へ、西から東へと移ろうことが出来る。人や動物が動くことによって世界が動いていく」

「世界が動く?」

「人は止まってしまうと土に返る、私のお爺ちゃんも、パパ、ママもそうだった、みんな土に返った。動いてないと世界は終わってしまう、町の人間のように終 わったまま土に変えるのも悪くは無い生き方だと想うの、けど私は火道を歩いていたい。最後まで歩いてこの地で眠っているパパやママ、おじいちゃんと同じよ うにこの場所で」

フィアは僕のほうを向く、表情は寒さで固まっているのか何も浮かんでいない。

ただ、僕は昨日初めて会ったこの女の子が表情の下に揺るがない信念を持っていることを知っている。たぶん、感情よりもしっかりとした生き方を知っているのだろう。

「だから貴方も早く動けるようにならなければ」

「僕は別に・・・・・・」

「貴方は星の世界の人間なのでしょ?」

大事なものを包むように彼女は僕の肩に掛かったキルトを整えると、何か請う様に頭を下げた。

「早く帰って自分の進んでいた道に戻らなければ、この火道から抜けられなくなる」

「君はこの火道から抜け出したいの?」

彼女は首を振る。

「ここに一人で?」

「私にはここで歩むことしか出来ない、パパやママがそうだったように、お爺ちゃんも、その前の人たちのようにこの火道を渡って暮らしていく」

僕は歴史に度々登場する巡礼者たちのことを思い出す。けど、どの例よりもフィアは当てはまらない気がした。

生活を委ねるのを人の形をした神様でもなく、ただ火が灯す道なき道に順ずる姿が純粋すぎる気がする。

「寂しくないの?」

「どうして?」

「こんな暗闇に一人だ」

「一人じゃない、明かりがあるし星も付いて来る、寂しくなんてない」

彼女が見つめる先は火道の光、そして空を覆う眩い星の数々。

「それに貴方が教えてくれた」

「僕が?」

「この星にも人の世界がある、私が気が付くと追いかけていた星にトマスが居た、私は一人じゃなかった。パパとママが土に帰ってからピナルと二人だけだった」

「ピナル?」

「羊」

あの従順に従っていた彼女の羊、フィアのパートナーを僕は探したがその姿は無かった。

「昨日、ピナルを土に返したときは本当に辛かった」

「まさか、今日の肉はあの羊?」

彼女の大事なパートナーを僕は食べてしまった。

「なんでそんな事を?」

「仕方が無い、貴方を早く星の世界に帰らすにはあの子の肉と羊毛が必要だったから・・・・・・」

「なぜ君はそこまで僕にしてくれる?」

大事な羊を殺してまで僕を助ける理由が僕には分からなかった。

「トマスは早く帰らなければ行けない星の世界に」

「そんな・・・・・・僕はただ気が付いたら宇宙に居ただけで君の大事なパートナーを失うほどの価値なんて無い」

「一日でも早く動かなければ、こんなにも広い星の世界を歩くのに、とまっている時間なんて人間にはたくさん残されてない。ほとんど見られないうちに土に返ってしまう。だから貴方はどんな手を使っても帰らなきゃ」

フィアはまるで駄々を捏ねる子供を諭すように僕に元の場所へ帰れと言った。やめて欲しかった。僕は宇宙に行っても何も変わらなかった。

ただ回りに流されているだけで、それだけで宇宙まで行った。普通の人がどんなに大変だとか遠いところへだと言っても僕にはあの世界は何の価値も無かった

「なんで僕は星の世界に帰らなければいけないの?」

気が付いたらまた僕は涙を流していた。

本当に無理を言っている子供とおんなじだった。そう想うと余計に涙は止まらない。情けなさは僕を子供にする。

「昨日初めて貴方の目を覗き込んだとき直ぐに分かったの、貴方の目は空のように空っぽだって」

フィアの指が僕の涙を拭った。

「何も入っていない目でただ空を見上げていた、何処も見ていない目ではこの火道の世界では生きていけない。ここは火道に灯る明かり以外を見ていたら生きていけない世界、貴方みたいな空から来た人には辛い土地。だから貴方は早く帰らなければいけない、星の世界へ」

「僕はこの火道では生きていけない?」

「私はもうピナルも失ってしまった、だから自分の足しかない、貴方を連れて行く事は出来ない」

「僕には君の大事な羊を失わせるほどの価値が有った?」

「ピナルも貴方も大事、けど私はやっぱりもう一人になるのは嫌だった。ピナルは後二つか三つ冬を越せば土に返ってしまうけど、貴方はまだ星の世界を歩くことが出来るのでしょ? 私が空を見上げれば貴方が居る、もう一人じゃなくなる」

フィアは神様でもなんでもなかった。僕よりリアリストで、優しくて、遠いところを真っ直ぐ見ていた。たった数日で僕は彼女の歩んだ道に惹かれていた。


■職務


意外と早く宇宙船が見つかったのは空軍の協力のおかげだった。強行偵察機のお陰でやっと位置がつかめた。ただ敵に気が付かれた可能性もある、早く片付けねばならない。

モストボイ大尉が現地人の協力により国境を越えてから数日が経ち、燃料を満載したトラックで大草原を動き回ること数日で不時着した宇宙船を発見した。

「大尉ありました!」

部下の声に天幕を張ったトラックの荷台から顔を出し双眼鏡を覗くと確かに黒く焼け焦げているが、独特な球体形状は「偉大な祖国」で作られた宇宙船だった。

「回収する」

大尉の命令で部下はライフルを構えながら宇宙船に近づく。敵が航空の物体を正確に把握できるレーダーを持っていて、先回りして待ち伏せしている可能性は無いだろうが確証は無い、警戒しながらカプセルに近づく。

「パイロットは死んだんでしょうか?」

「行けば分かるさ」

程なく宇宙船の横へトラックを横付ける、訓練された動きで十人ほどの人間がすぐに宇宙船を取り巻いた。

「大尉、カラです」

天井に口の開いた宇宙船を覗き込んだ私服の兵隊が報告すると、モストボイは軽く手を上げて収容を急がせた。

その後周囲を捜索してもパイロットの姿は確認できなかった。

「何処に消えたんでしょう?」

「足跡も無いか?」

生い茂る草を黒いブーツで踏みつけながら、白いシャツのポケットからタバコを取り出し自分で火を付ける。

「拉致された可能性は?」

「宇宙機を放って置いてか?」

部下の質問にモストボイ大尉は自問自答する。

早い段階で動けたわれわれより早くこの草原にたどり着いて宇宙飛行士の身柄を拘束して退去する?

考えを巡らせて一通り見渡す。

何も無い大草原、人が居た痕跡など何も無い。有るのはこの遥か高空から落とされた鉄球が一つと、何度も故障を繰り返したトラックとジープが一台ずつ。

後は軍服から白いシャツとカーキのパンツに履き替えた自分と部下数十名、なんとも滑稽だった。

「収容急げるか?」

「古代ローマの奴隷みたいに働けば」

部下がローマの狂帝ネロを見るように、モストボイに架しづく。

「同士、国境を越えても「偉大な祖国」の人民は平等だ」

「平等だったら誰が指示を出すんですか?」

軍隊出身者らしい答えが返ってきてモストボイは満足した。

「まああれだ同士。命令は誰が出しても命令だ、我々はその職務を全うせねばならない」

「まだ何か?」

「もう一つこの地に国家の落し物が有るそれを探そう」

察しのいい部下は直ぐに気が付いて、ジープを大尉に回す手配を取った。

「さて、何処に行ったのやら・・・・・・」

あまり当てにならない現地の古い地図を見る、街も村も載っていない地図で小さな点が連続して現れている。

まるで誘っているようだとモストボイ大尉は火道の道のりを指でなぞると、嬉しそうに鼻を鳴らしてジープへと乗り込んだ。




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