落とし物を拾って

■落とし物を拾って


僕は揺れていた。

あの宇宙船が落ちて行ったときの揺れとは違う、何処か懐かしくて暖かい。

ゆっくりと力強い。


「ピナル」


鈴の音が聞こえた。

目を開けると羊が併走していた。

背にはなにやら荷物が乗っかっている。


気がついて頭を上げると、僕は少女の背に乗っかっていた。

「君は? ここは?」

「しゃべらない方が良い」

綺麗な声、流暢な僕の国の言葉だ。

「危ないから喋らないで」

何がと聞こうとしたら舌を噛んだ。足下には草と時々大きな石が転がっていた。

女の子はそれらを巧みに避けて歩く。顔が見えないが、狭い肩幅で僕よりも年下のようだった。

それなのに宇宙服を着たままの僕を軽々と持ち上げて、足取りはゆっくりだが不安なく歩いている。

信じられないくらいこの子の足並みは力強かった。

「「カルマ・ドー」へ行く」

その言葉だけ現地語のようだった。

「カマル?」

「カルマ・ドー」

僕は再び下を噛みそうだったので、情けないが女の子におぶさったまま動けなかった。「コスモ・ドロード」では僕より年下は居なかった、 人民は全て平等と行っても力が弱く、経験不足の僕は常に保護の対象だった。

それが幾ら宇宙に行って疲れ切っているとはいえ、自分と同じ年か、年下の女の子におぶさるハメになるとは思わなかった。

情けないと思う心よりも何故か僕は安心しきっていた。それが後で情けなさに拍車を掛けるのだが、彼女に運んでもらっているときはそんな事を考える余裕がなかった。

「日、暮れる」

薄目を開けると確かに太陽が地平に沈み込もうとしていた。

その光景は今まで見たことのない景色で、 まるで太陽が燃え落ちてしまったようだった。僕が「コスモドロード」に赴任するまで住んでいた街では太陽は中々落ちなかった。

日の入りがあると言うことはきっと南側に落ちたのか、そう言えば測位観測しなければ。

「動かない」

そう言って少女はもう一度僕を持ち直した。

あそこまでと彼女が指した方には小さな明かりが見えた。沈み込む夕日よりもか細いが、確実に何かが光っていた。

「火?」

何か塔のようなモノが立っていた。

煙突のように高いが、その先端にユラユラと火が灯っていた。

「あれが「カルマ・ドー」、あなた達の言葉で言うと「火道」」

「「火道」?」

ドサッと僕は降ろされてしまって強く腰を打った。

逆光になったので女の子の表情は見えなかったが、僕は体の小ささに改めて驚いた。僕より一回り小さいだろうか、黒い縁取りをしたくすんだ赤いキルトのマントに民族帽を被っている、マントと同じ縁取りのスカートの下に黒いズボンと丈夫そうな革靴を履いていた。

近づいて腰を下ろすと赤みがかった髪の毛が光って見えた。

顔立ちは、今まであまり見たことがない。微妙なカーブと円らで吸い込まれそうな黒い瞳。僕の国にはあまりいない顔だった。

「どうやって此処まで来たの?」

無防備に彼女は顔を近づけてきた。

「「火道」も知らないで、どうやってこの地に?」

「どうやってって・・・・・・空から」

宇宙に行って落ちてきたと言って通じるような気がしなかった。

「空? あの鉄のかたまりで空を飛んでいたのか?」

「そうだ」

「空を飛ぶ鉄は翼が付いていると聞いた?」

「翼は捨ててきた」

「何処に?」

静かな子だと思ったが、どうやら好奇心は人並みに合ったようだ。矢継ぎ早に飛ぶ質問に少し僕は苛ついてぶっきらぼうに答えた。

「宇宙に登る時に置いて行った」

「宇宙?」

不思議そうな顔をして膝に手をついた。そのうずくまった小さな姿に本当に僕をおぶって運んだのだろうかと思った。

「空の上の場所だよ」

「空に上がある?」

「空っていうのは空気が有って、宇宙は空気がない場所のことさ」

流暢に僕の国の言葉を喋るが、知識の認識はかなりかけ離れていた。

この子に大気圏と成層圏の違いを話しても通じそうにないとは思ったが、 僕は学校の先生のように自信たっぷりに説明した。

「空気がない場所って言うのは意味が分からない」

つまらなそうに彼女は僕の顔を覗き込んだ。

「星達の世界だよ」

一番近い月までだってまだ全然遠いのだが嘘は言っていないと思った。すると女の子は直ぐに表情を変えて、僕の顔に手を充てた。

「あの星達の世界へ行ったの?」

「うん」

素直に返事をすると、一切の疑いのない眼差しで僕の顔をさすった。思ったより細い指、何か傷のようなモノがたくさんあった。

「あんな遠くからここに?」

指を上に立てて、初めて見せる驚きの表情。

段々と薄い闇が落ちてきていた、星が一つ、二つと現れ始めていた。

僕が飛んでいた場所はあの星々とはずいぶんと距離があるが、彼女より近くに行ったことは確かだ。

「だから足を怪我しているの?」

彼女が僕の折れた足を見る、よく見るとすでに止血のための布が巻かれたていた。気がつかないうちに僕は手当をしてもらっていた。

「足は使わないよ」

「じゃあどうやってあの星まで行くの?」

不思議そうに僕の顔を彼女は覗き込む。僕もたぶん同じように不思議そうな顔をしたのだろう。星へ歩いていく方法なんて、普通の知識があれば考えない。

答えられないでいると、彼女は空を一瞥してから僕に背を向けた。

僕は一瞬の躊躇の後に彼女の肩を借りた。

「背中を使った方が良い」

「良いよ、左足はまだ動く」

僕は彼女に肩を借りた、やはり頭一つ分くらい背の高さが違うのでバランスは悪かった。けど、これ以上自分よりも小さな女の子におぶさるのははずかしかった。久しぶりの恥ずかしいという感覚、激痛を感じながら僕は片足を引きずり、女の子の肩を借りて草原を歩いた。

明らかにさっき女の子に運んでもらった方が早かったのだが、文句も言わずに彼女は小さな肩を貸してくれた。

目的地はあの小さな灯が灯る塔、よく見ると他にも街灯のような明かりが見えた。一つか二つ、地平線に消え入りそうな遠くにそんな火がある。僕は周りが薄暗くなってきたのでそれがあることがやっと分かったが、隣の子はすでに知っているようだった。

そのときやっと「火道」の意味が分かった。

この大草原に点在する炎。

それを繋いだ道のことを言っているのだろう。

彼女は僕のことなど気にせずに、真っ直ぐと一番近い火へと歩いていった。迷いの全くない横顔は僕より幼いはずなのに、どこかあの「コスモドロード」の大人達を思い出させた。

あの星だけを見ていた大人達。どこも同じかと大草原の真ん中ですこし僕は安心した。

安心したら足から力が抜けた。僕はまただらしなく女の子に寄りかかってしまった。

彼女は何も文句を言わず、火道へと歩んで行く。



■名前



再び気がつくと僕は硬いベットの上に居た。

石造りの建物、壁は微妙なカーブを描いていて天井は低かった。

いつの間にか気圧服は脱がされて、壁に打ちかけられていた。

よく考えればさっさと脱いで身軽になって歩けば良かった。

冷静に考えると自分のしたことの矛盾に気がついた。

何で僕は宇宙服を脱がなかったのか、何で僕は宇宙船を離れたのだろう?

前者よりも後者に僕は自分で納得が行かなかった。

打ち上げ前の予定では宇宙船の着陸後、数時間内に回収チームが来てくれるはずだった。それまでは交信チャンネルからの指示を聞いてその通り動けば良かった。

ところが交信チャンネルは全て途絶、さらに回収チームも来なかったと言うことは、ここは「偉大な祖国」の土地ではないのだろう。僕は見知らぬ土地で一人取り残されてしまった。

そのとき僕は初めて気がついた、「失敗した」時どういう行動を取ればよいのかという訓練は殆ど受けていない。

ぼくの宇宙船は故障するはずがないと言う前提で作られたモノだと言うことを。そんなもの有るわけがないと僕は知らない国に来て初めて気がついた。

涙が出るような屈辱や、憤りは感じない。

事実を突きつけられると僕は動けなくなってしまった。無力感に打ちのめされたと書けばまだ格好いいのだろうけど、生憎無力感を感じられるほど実力を感じた事は無かった。

それは余りにもすんなりと、競争もなく宇宙飛行士になれたからだろうか? 僕には星の世界に行く根拠があまりない事に気がついた。

ヤシン委員長は時々熱っぽく宇宙の魅力について語る、その時の彼はとても強力な権力を持った人間とは思えないくらい、屈託無く、僕より子どもっぽく親から与えられた玩具を誇らしげに自慢するように宇宙について語る。

あの情熱の欠片でもあれば僕も何か宇宙に対して感情を感じる事ができるのにと、人を実験動物のように機械に放り込んでまでも実現したいと思う夢を僕は持っていなかった。

ベットの横には窓があった。

外はすっかり火が落ちて、窓の中は暗闇に染まっていたが、遠くに一点明かりが見えた。遠くにある別の塔の炎だろうか、随分と小さくて頼りない明かり。

外の景色を見ていた僕に、無言で湯気が立ち上がるカップが差し出された。

何時の間にか湯を沸かし、ストーブを焚いた女の子が準備をしてくれた。しかし、僕はお椀を持って飲むのを躊躇した。

「これは?」

「茶」

「これが?」

緑色の液体を見て驚く僕を女の子は不思議そうに見る。

「緑の「茶」なんて見たこと無い」

「何時もどんなお茶を飲んでいるの?」

「「茶」は赤い色だろう?」

「そういえばそういう色の「茶」も見たこと有る」

そう言って彼女は僕のカップを持つと一口飲む。再び僕の手元に戻す。大丈夫だとでも言いたいのだろうか?

僕も毒が入っているのではないかと心配になっていた訳ではない、助けて貰っておいて出されたモノに手を付けないのは失礼だと思ったので意を決して緑の「茶」を飲み込む。

意外と甘く飲みやすくて拍子抜けした僕の顔を見ると、彼女はたいした感想も無くそのまま機織りの準備を始めた。

「あの・・・・・・」

声を掛けると彼女はストーブに掛けてあるポッドの所へ。

「嫌、茶はもう良いよ」

じゃあ何の様だという顔をしたので、僕は初めて礼を言った。

「ありがとう、助けてくれて」

彼女はまた興味の無さそうな顔をした。まるで人形のように表情を変えない、綺麗な顔立ちがそういう印象に追い打ちを掛けるのだろうか?

「当たりまえ」

そう言って彼女はベット脇の窓を指した。

「あのまま放っておいたらあなたは寒さで死んでしまうから」

気がつくと雨が落ちていた。大粒ではないが、窓に小さな水滴が張り付いていた。

昼とは違って夜はストーブを焚かなければいけないほどの冷え込みが襲う。確かに宇宙船の横でノンビリとしていたら僕は寒さで動けなくなっていたかもしれない。

「怪我で動けない上に火も起こせないようだとオオカミに食われる」

「オオカミが居るの?」

「ここに来るとき、あなたの血の臭いで何匹かがずっと私たちの後を付いて来てたわ」

僕は全然気がつかなかった。

「あなた・・・・・・本当に星の世界の人間なのね」

そう言いながら彼女は何か調理の準備を始めていた、何時も彼女は喋りながら何か準備していた。

「この「火道」の世界は絶えず動いていないと死んでしまうわ」

働きながら語りかける彼女には説得力が有った。

「何で助けてくれたの?」

「助けなければあなたは死んでしまう」

同じ事を言わせるなと、彼女は暖炉に掛けた鍋のスープを掻き回せる。味を見た後久しぶりに僕の顔を見た。

「生きるつもりがないの?」

僕の分からないという顔を、彼女はまた無表情で眺めると興味が無さそうにまた家事に戻った。

生きるつもりが無かったら僕は此処まで歩いてこない。

いや、半分以上は彼女が引っ張ってくれたから彼女のおかげだ。

けど僕にはやはり感動がわき上がってこなかった、何処かなんで助けたのという疑問が湧き上がる。

彼女の質問にそうだと答えたら僕はこの暖かい部屋を追い出されてしまったのだろうか?

不思議な女の子だと思ったらふと最初に解決しなければいけない問題が有ることに気がついた。

「僕はトマス・クリャビヤ 、君の名前は?」

「フィア」

簡素な答えが帰ってきて、疑問は一瞬で氷解した。フィア、僕の命を救ってくれた恩人の名前。

一つ疑問が解けて、機織りの音を子守歌にして僕は安心してまた眠ってしまった。


■追跡


国境沿いの小さな基地の格納庫でモストボイ大尉は数名の部下と地図を広げていた。

「宇宙機の位置は確認できたのか?」

彼ら軍の関係者達は「宇宙船」の事を「宇宙機」と呼ぶ。あの宇宙委員会が作り出した、一人しか乗せられない機械を「宇宙船」と呼ぶのは可笑しすぎたからだ。

「まだ空軍による強行偵察もできません」

領空侵犯を起こしての空軍による落下空域の偵察はまだ行われていない。

「動きが遅い」

「どうやら空軍にしてみれば宇宙機は人気がないようで」

他人の失敗に自分たちの部下を危険に晒されたくないのか、それともこのまま問題が世界中に知れ渡れば宇宙軍の失点に繋がるのをほくそ笑んでいるのか?

両方だなと思いながら手が自然と胸ポケットの煙草に伸びる。赤い唇に細巻きが加えられると直ぐ横に居る将校から火が出てくる。煙を吸い込んで辺りを見渡すと部下が忙しそうにトラックに乗り込む準備をしていた。

「国境越えの準備は?」

「このポイントで迎えと合流します」

部下の一人が地図を指差す。

「迎え? ムルガ人か?」

静かに部下が頷く。現地の少数民族ムルガ人は迫害を受け、一部は山岳ゲリラに成り下がっていた。

「使えるのか?」

「奴らが泣いて喜ぶモノを置いていきます」

ゲリラ用の武器を供与すれば協力してくれる、そんな所かとモストボイ大尉は納得した。我が国で他者に与えられるのは武器くらいだ、資源は自国で使い切ってしまう、その資源で作った製品は国際競争力を持たない。持つのは長年の戦争で鍛えられた武器だけという現実。

「とりあえず現地で迷うことはなさそうだな」

他国での行動に少し不安があったモストボイ大尉は一つ問題が減った事を喜んだ。

「まあこの辺には「火道」も有りますからね」

「火道?」

国境警備詳しい古参の兵が顔を出した。

「この「古原」と呼ばれる大草原に点在する、陸灯台の事です。昔此処を交易路にしていたムルガ人の祖先達が作った灯台郡です。お互いが目に見える距離で設置してあって、それに沿って動けばこの大草原を突っ切ることが出来る」

「今も動いているのか?」

「こいつは地面から湧き出るガスを上手く使って一年中灯ってます、ムルガ人の誇りでも有るらしい」

「そりゃ凄い、俺が生まれた街はしょっちゅう停電するのにな」

別の部下がおどけてみせるとテーブルの周りに失笑が漏れた。モストボイは笑いもせずに地図を見続ける。

「本当に今も動いているのか?」

「はい、その火を消さないのがムルガ人の誇りでもあるので。むかし、我が軍が国境を越えたときも度々灯台を確認しています」

「よく破壊されなかったな」

「他に何もないんでねこの草原は。今はムルガ人でも少数の人間だけがこの塔を使って遊牧しているらしいです」

モストボイ大尉は宇宙局から貰った地図を広げた。火道が連なる草原がちょうど赤く塗りつぶされた落下地点と重なっていた。

「火道というのは灯台だけなのか?」

「いや、いくつかの灯台には宿泊用の小屋が付いているらしいです。なんでもこの草原は雨期はずっと雨が降り注ぐのでね、つまり・・・・・・」

「雨が降っている間は移動が出来ない」

「流石、察しが良い」

「雨の中行軍させられれば誰でも気がつく」

モストボイ大尉が女性なのに強面の男共から信頼を得ているのは戦歴のお陰だった、雨の中の山林どころか銃弾の降り注ぐ場所で生きてきた。

「濡れれば荷物は重くなるし、寒さは体力を奪う」

「だから避難用の小屋があります」

「そうすると助かっているのかもしれない」

「誰がです?」

「宇宙飛行士さ」

何名かの部下が顔を合わせた。

「だってろくにサバイバルの訓練していない、頭を占領されたガキなんでしょ?」

小声で話しかける部下を一瞬睨み付ける。訓練を受けていなければこの場所は周囲100キロの中に人の生活圏は何一つない場所だった。

ましてや今は雨期も近く夜は寒く確実に体力を奪う。

「外に放り出されれば変わるかもしれないだろう?」

変わらなければ死んでしまう、ただそれだけだとモストボイ大尉は地図を仕舞い込んだ。

「大尉はパイロットに生きていて欲しいのですか?」

部下の一人が顔を近づけて質問する。モストボイはその部下の口にまだ残っている煙草を挿した。昔だったらフィルターじゃなくて火が付いている方を口にねじ込む所だったが、ここは中央から離れた辺境の地なので少しは気を許しても良いだろうと思った。

無闇に本音を晒すな。モストボイ大尉がそれを学んだのは戦場ではなく、自分の祖国での体験からだった。



つづく

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