(ii-7)総合的完成度
“完成度”。
たぶん、この一連の「面白さの基準にしているもの」という連続記事の中で、最も「定義に困る」要素である。だから訊かないで欲しい。
しかし、項目を立ててしまったからには、解説しておかねばならない。ちっ、しくじった。やめときゃよかった。
自分の中で“完成度”とは、単純に言えば「これまで並べてきた各要素の評価を総合したもの」だろうか。
うーん。ここでもまだ「総合した」などと曖昧な表現になっている。
だが、そう言わざるを得ない実感もあるのだ。単純に「合計」とか「平均」とか言えないものが、小説――というよりも、創作作品の中には。
何故ならば、「各項目が全部60点の小説の総合完成度」が、75点と感じることもあるからだ。単純な計算では言いようがない「面白さ」というものが存在するのだ。
不思議なことに。
相乗効果、というものなのかもしれない。
文体は児童文学のようで単純、表現力の幅もない作品ながら、読み通してみれば「面白いな」と満足出来るような作品に出会ったことがある。文体だけ見れば低評価せざるを得ないのだが、作品の面白み、テーマ、その表現の仕方――すなわち、「作者のやりたかったこと」――と、その幼稚とも見える文体が実にマッチしている。普通の文芸作品としての文体でこれを書いていたら、逆に面白さが殺されていただろうな、とすら感じたものだった。
あるいは衒学的な作品における、くどくどと長ったらしく「インテリゲンチャ」を気取った長セリフ。それだけで見ると「うざい」とすら思えるそれが、作品全体の中では、「空気感」としか呼べない美しいものを生み出す触媒として機能している――ということもある。
あんまりにも尖り過ぎて若干引いてしまうようなキャラ立ての主人公が、めまぐるしく上下動するストーリーラインに乗ると、この人間以外、主人公の位置には立てなかったのだなと納得することもあった。
――と、並べたのは極端な例だが、そうではなくても、「個々はそうでもないが、読み終えてみれば面白かったな」という作品にはよく出会う。各評価項目でバランス良く一定の評価が出来る作品が、点数以上に「面白い」と思える。そんな感じである。
その理由はなにか。
隙の少なさ、穴のなさ――要するに「読んで感じるストレスのなさ」であるのかもしれない。
読み終えるまでに、読者として感じるストレスのなさ。
それが読書体験を後押しし、実際の作品の実力以上に「面白い」と「楽しい」を与えてくれる要素になるのだろう。
説明が足りないと感じて、見落としがなかったか前に戻ってみようとしたり、
このキャラの外見ってどんなのだったっけ、と振り返ってみたり、
この人の名前なんて読むんだろうと悶々としたり、
文意が読み取れなくて同じところを何度も読み返したり、
そうやって「問題に対処」してしまうと、読者の「読書体験」はそこで切れる。幸せな作品世界の幻想は消滅し、疑問が解消されたらまだいいが、されなければその問題を「ストレス」として抱えたまま作品世界にもう一度入り直さなくてはならない。
その時の幸せさは、一度現実に立ち返ってしまう前より、おそらくは下がっている。
本稿『(ii-3)破綻のない世界観』の末尾で、「夢の国に連れて行く義務がある」と書いた。
「完成度」とは、そういうもののことなのかもしれない。「夢の国を、目覚めさせることなく描ききった」と。
――ところでだが。
「結局、一点突破で自分が好きなことばかり書いてたって面白いって言われるんだな!」
とか誤解しないで欲しい。話はそう簡単ではないのだ。
ストレス、という観点からすれば、少なくとも「突出した以外の点」について、一定の水準以上の能力・結果は求められるのだからして。ただ書きゃいいってもんでもない。「平均30点だが一項目だけ70点」はさすがに総合しても35点としか感じないだろう。少なくとも穴は埋める必要がある。
本当にこの辺りの評価は難しいものがある。もちろん、書く方だって難しいのだが。
そんな難しい評価、本当に出来るの? とか疑問に思われそうだが、「読んできた人には出来る」としか言いようがない。たぶん、この評価に必要なのは、技術ではなくて経験なのだと思う。何百どころではなく、何千冊。
そして、自分の書いたものがそういった「完成度」を得ることが出来ているか、書き手として知るには――
やっぱり、読むしかないんだよねぇ。
それも一定以上の「面白さ」があるものを。なるべくなら、読む自分以外の評価の目を受けて、それでもなお「よし」と言われたものを。
何故なら自分の目は、自分の好みに甘いからだ。そして、まだその域に達していない――と自覚している段階で、自分の目利きの力や審美眼は、信用してはならないからだ。
古今の名作・傑作と呼ばれるような作品は、そういう「多数の目」を経てなお生き残ったものばかりだ。だから人に勧められるし、一定は読んでおくべきなのだ。
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