(ii-4)動きのあるストーリー
ストーリーには動きが欲しい。山場があって、谷があって、そういう険しいコースを奮戦して走りきる主人公たちの姿が見たいと思う。何故かって、その方が面白いからだ。
もちろん、いわゆるところの「日常系」というような、「なぁーんにも起きないことこそ面白み」という作劇もあるにはあるだろうが、ここではそういう「特殊なジャンル」のことはさておく。
ストーリーの「面白さ」が何かということを一言で表すなら、読者目線での“この先どうなるんだ?”に尽きる。
大きな障害を目の前にした主人公が、それをどうやって乗り越えるのか?
敗北して打ちひしがれた主人公、そこからどうやって盛り返すのか?
敵に立ち向かおうとする主人公をヒロインが止める、それをどう説得する?
こういう「?」ハテナマークこそが、ストーリーの面白さを決めるのだ。
どうせエンタメ、どうせフィクション。主人公が最後に勝利を手にすることはセオリーだが、そこに至るまでの道のりが「ここからどうやって勝利まで進むんだ?」というハテナがある方がいい。
面白さというのは、まずそういうことである。
では、「動きのあるストーリー」とは? それが何故、作品に「面白さ」をもたらすのか?
「ストーリーの動き」とは、ストーリーの山の高さ、谷の深さ、そういうものであると思ってもいい。山の数、谷の数でもある。登場人物たちはどこかへ行こうとしている。その道のりにある、越えられないかもしれない障害。困難。そういったものを、登場人物たちが「乗り越えようとしていく」ことで、動きが生まれる。
それは、「目的の達成のために起こすアクション」であると言い換えることが出来る。
登場人物たちは、何らかの目的をもって物語世界の中にいるだろう。正体不明の少女を悪の手先から守り抜く。誰かを不幸にした犯人を探り当てる。大事な人を殺した仇をこの手で討ち取る。それらの目的を達成するためにこそ、障害や困難は、彼ら自身によって乗り越えられねばならない。
その道を先へ進まねばならないから、障害は障害になり得る。
先に進むために、障害をまず乗り越えねばならない。
分かるだろうか。
大きな目的のために進む主人公。しかし障害が道を塞いでいる。主人公は、まず障害を乗り越えることを目標にせねばならない。
大目標の前に、より小さな目標を置くのだ。
小さな目標を達成した、小さめのカタルシス。
それを重ねる。
達成感を得て、事態が落ち着いて先に進み、また問題を解決し達成感を得る。
この上下動。事態が、というよりも、これは読者の心の上下動なのだ。
これがストーリーに「動き」をもたらすのである。
ストーリーの欠点を指摘する頻出語の一つに、『ストーリーが平板』というものがある。
そう感じてしまう作品は、多く、前述したような「上下動」が少ない。あったとしても簡単で、さしたる苦労を登場人物に課さない場合が多い。その場合、数の問題ではなく「上下の高さ」の問題で、結局ストーリーには動きが生まれない。
主人公に「目標」がない時、ストーリーは「動かない」のだ。
そして「目標」とは、状況ばかりが生み出すものでもない。困難が、難関が目の前に立ちふさがっていたとしても、主人公がその突破を明確に意図せず、ただ周りに流されてそうせざるを得なくなっているだけであれば、それは目標ではあっても、結果として得られる「上下動」は小さくなってしまう。
「目標」とは、人が意思で定めるものだ。
周囲や、作者の都合が定めるものではない。
効果的な「上下動」を得るためには、作中人物である主人公が、生きた人間の意思として、その「目標」を選択しなければならないのだ。
そうした「主人公の意思で選ばれた目標」を達成する場面でこそ、心は躍る。
なので、そう描けている作品、描こうとしている作品は、高く評価するようにしているのである。←最後の最後で、「読んで高評価する要素の説明コラム」だったことを思い出した。
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