(ii-2)作者の意欲的試み

「作者の意欲的試み」というのも見慣れない耳慣れない言葉だと思う。

 これは、小説の中での「作者としてのチャレンジ」の有無や、その出来不出来を指していると思ってもらっていい。作品そのものの出来不出来とは、ちょっと違った「技術論」としての評価基準だ。

 あんまり細かなチャレンジだと一読では伝わらないかもしれない。が、これについてしっかり考えて作った作品では、それがチャレンジであることは読み取れるようになっているものだ。




 例えばここカクヨムでも、2作ほどその例として挙げられる作品に出会った。くどくどと説明するより、実例を挙げた方が分かりやすい事柄なので、ここでそれらの作品について触れさせていただく。




 例にするとある作品は、主要登場人物が非常に多かった。合計すれば20人近く。しかもその半数は歴史的人物であり、彼らの霊体のようなものが現在の人物に憑依している、という設定だった。(かみ砕いてます)

 そこまで人物が多いと、読んでいる方は混乱して「えーと、これは誰だっけ」とか、「誰に誰が憑依してるんだっけ」となるのだが、この作品ではそれはなかった。見事に、現在の人物と、憑依した霊体を区別し、かつ、誰に誰が憑依しているのかがすぐ分かるように工夫されていた。

 その工夫とは、「現在の人物は、憑依している霊体の名前をもじったニックネームで呼ばれる」ことだった。

 ここで終わっていたら、混乱を避けるための一工夫でしかなかったが、この作者はさらにそれを一歩進めた。

 作品の中で、現在の人物たちの実名が一切登場しないのである。

 これは重要なチャレンジだと言えるだろう。一工夫をした上で、さらにそれを突き詰めたのだ。

 この作品においては、チャレンジの結果、本当に人物相関の混乱がなかった。実名が出ていれば、結局「ニックネームと実名を結びつける」という作業が読者に生じ、霊体の名前をさらに紐付け直すという、結局混乱を呼びそうな事態にもなっていただろうが、作者はチャレンジしたことでこの可能性を見事に廃した。

 これは価値のあるチャレンジだったと思う。

( 言霊の俳諧師/沢田和早 https://kakuyomu.jp/works/4852201425154983808



 もう一つの作品は、定番とも言える「異世界転生・召喚もの」だった。

 しかし普通によくあるそれらの作品群とは様子が違う。

 なぜなら、異世界に転生した「勇者たち」が、二組いたからだ。

 しかもその二組は、互いに敵対する立場となっている。特に一組は、今のところ完全に悪役として描かれている。(未完結なので断言は難しいが)

 異世界転生したキャラが、定番の立場から離れて「悪役になる」ことは一つのアイデアだが、それを異世界の住民の立場からとかではなく、もう一組の転生者も登場させたことはチャレンジだったと言えるだろう。ただ「悪役」にするだけなら、もう一組の転生者を描く必要はなく、蹂躙される側の立場から書けばいい。

 そこをあえて、もう一組の転生者を描くことで、「異世界転生」の物語が膨らみ得る幅を二倍にして見せた。これは筆者にとって大きなチャレンジだっただろう。

( 作為幻想の勇者と異界終焉の剣/折口詠人 https://kakuyomu.jp/works/4852201425154930833


 ――と、こんな具合に、しっかりしたチャレンジはちゃんと読み取れる。

 一つ例になるので、本項に合わせて自分でも短編を新たに――といってもストックしてある20年近く前のもの――を公開した。『昇る日』と題したのがそれなのだが、この作品にも全編に渡って一つの「チャレンジ」が施されている。それが何なのかは明かさないので、興味のある方は短編の方もご覧頂いて、どんな「チャレンジ」なのか見破ってみていただきたい、などと企画モノめいたことをしてみる。




 最後に自作まで例にしてしまったのは面はゆかったが、とまれこのように、小説の中には作者が意図して入れた技巧的な「チャレンジ」が含まれることがある。

 もちろん、それが効果を発揮しているかどうかという問題はあるが、誰かの作品を「下読みのように読む」に当たっては、こうした意欲的な行為はなるべく汲み取って、評価していきたいと考えるのである。

「その心意気やよし」という程度の話かもしれないが、少なくとも、小説に対して自覚的にそのような技巧を凝らすということは、作品を面白くしようとする意気込みに溢れている作者なのだと信じるからだ。





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