(五)一人称は書きやすいけど罠だよ。

 一人称の作品多いよね。

 楽だからだろうか。一人称は「話者が知らないことは書かなくていい」から、『神の視点』とも言われる三人称よりも、書かねばならない範囲が狭くて済む。だから書くのは楽だ。それは間違いない。



 だがそれは罠だ。



 \ジャーン! ジャーン!/  「げぇ! 一人称!」



 というくらい罠だ。



 なので、楽でいいやという理由で、あるいは特に理由もなく、一人称を選択しがちな筆者は、ちょっと気を付けた方がいい。


 確かに一人称は、上述したような楽さがある。だが小説の人称は、楽さで選んではいけないのだ。「その方が物語をより面白く語ることが出来る」からこそ、人称は選ばれねばならない。そのことを忘れさせるのが一人称の罠だ。


「話者が知らないことは書かなくていい」ことは、作者にはメリットかもしれないが、それは小説にとってのメリットに直結しないのである。人称がストーリー、作品にもたらすメリット、デメリットをしっかり見極めて、作品の面白さを引き出す人称を選択するといい。




 試みに、一人称が小説そのものにもたらすメリットを考えてみよう。「話者が知らないことは書かなくていい」という要件は、違う方向から見ると「話者一人の状況や心情に集中して描写できる」とも言える。これは、物語の進行を一点に集中させ、分散させない作用をもたらす。そのことで、「散漫になりづらくする」というメリットがあると言える。

(ただしこの点は、一人称を一人からの視点に限ることが必要だ。一人称単元のこと)


 また心情を深く掘り下げられるという点は、心理描写に重きを置く作品では有効に働くだろう。三人称だとこれが地の文の「説明」になってしまいがちで、一人称の内面「描写」(自問自答とか)を巧く用いた方が読者の印象に残りやすい。


 さらに別の角度から見れば、「話者が知らないことは、(語られないので)読者も知り得ない」とも言える。ホラー、サスペンスやミステリ小説のように、「知り得ない恐怖や、謎」が読者を惹き付ける求心力となるジャンルでは、この点は大きなメリットになり得るだろう。




 メリットはそんなところで止めておいて、次はデメリットを考えよう。

「話者が知らないことは書かなくていい」とは、「話者が知らないことは、語りようがなく、読者に伝えることも出来ない」と言える。この場合、世界観や背景の隠れた事情、といった部分について話者が無知だと、読者にそれらの基礎情報を与えることが困難になってしまう。「説明役」の人物を配置してその口から説明させるなどの対処で乗り越えることが出来るが、セリフによる「説明」はかなり気を付けて書かないと、どうしてもわざとらしくなってしまうものだ。物語のタイプによっては、それがどうにも不格好になってしまうことがある。


 また、話者の視点でしか場面を書けないと、『一方その頃、ライバルたちは……』という、物語の別の切り口を持ってくることが不可能になってしまう。こういう場面切り替えは物語の幅を広げるので、効果的に使っていきたいところなのだが。

 一人称を多元にする、あるいはその時だけ三人称へ切り替えることでそういう「別場面」も描くことは出来るものの、「その場面を見せたいためだけ」に視点を切り替えるのは、先の例と同様、小説として非常に不格好だ。書き方によほど気を付けて、そうした不格好さを注意深く消していかねばならない。




 と、こういったメリット・デメリットがあるのだということを頭の片隅くらいには置いておきたい。その上で、自分がこれから描く物語は、一人称が正しいのか? ということを自問した時、あなたはどう自答するだろうか。自分の物語の面白さはどこにあるかを考え、その魅力を一人称が十分引き出してくれるのかどうか、今一度考えてみてはどうだろう。


 一人称は罠を張る。安易な選択は物語の面白さを、可能性を縛りつけてしまうことがあるのだ。それと同時に、罠は安易な選択に頼るあなたの上達をも縛る。こうしたことも考えて、作品に向き合うことを推奨したいのである。



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