プログラマーの述懐

私は当時、オンラインゲームの会社でプログラマーとして働いていた。

月額課金制のオンラインゲームを成立させるためには、プレイヤーの数が非常に重要である。

「アイ・アム・レジェンドごっこ」がしたいのなら話は別だが、一人ぼっちで広大なポリゴンの世界と対峙するのはあまり気分のいいものではないからだ。


その会社で私は、NHP (non human player)の開発に携わっていた。略称で呼ぶと幾分誤魔化されている間があるが、言ってしまえばサクラである。人間のプレイヤーがさみしい思いをしないように、機械語によって偽造されたプレイヤーを放牧するのだ。


ここで問題となるのは、私の会社で作っていた「どうぶつ広場のルンルン王国」は非常にプレイヤー間のコミュニケーションが重視されるゲームだったことである。

どうぶつ広場には猫やうさぎ、リスやパンダといったかわいい動物達がおり、それらは何れも凶暴であり人類の数百倍の体格をしている。

どうぶつ広場に存在する人類の唯一の生息環境は広場の隅にぽつんとたたずむルンルン王国であり、どうぶつたちに破壊されない分厚いバリケードで覆われている。プレイヤーはルンルン王国の民となって互いに協力し合い、農業や工業に精を出して月に一回の「どうぶつ狩り」の日に備えるのだ。

「どうぶつ広場」はそのコンセプトと自由度の高さから大人気となり、発売当初は全世界で数千万人のプレイヤーを獲得するに至った。


しかし、「どうぶつ広場」の最大の失敗は広場にいるどうぶつを実在のものに限定してしまったことである。発達した人類によっていつか最強のどうぶつも狩られるため、常に運営側は新たなどうぶつを追加しなくてはならない。

ウマ、トラ、ゴリラと徐々に最強生物は更新されていき、とうとう運営側は現生最大の陸生哺乳類であるゾウを登場させてしまった。


必然としてゾウの登場以降のアップデートは「大きめのゾウ」「やや大きいゾウ」「それなりに大きいゾウ」「かなり大きいゾウ」という味気ない物となり、その時点でプレイヤー数は発売当初の数千分の一にまで減少した。


NHP計画によるプレイヤー数の水増しは会社にとっての緊急の課題であり我々のチームに課された使命だった。人間に混じって商売をし、世間話をし、時にはティーンエイジャーのプレイヤーと他愛のない恋愛ごっこをすることができる程度の能力が必要だった。


我々はプログラムにそれまでに記録していた膨大な数の人間のプレイヤーのプレイデータや会話ログを学習させ、二進数で表される人格の作成に取り掛かった。プログラムの作成に留意した点の一つとして目標の設定がある。


例えば囲碁のソフトであれば行動の目標は勝利であり、勝利とはつまり「対局終了後に1目でも多くの地を有していること」であり、「一目でも多くの地を取ること」ではない。多くのプレイヤーに快適にゲームをプレイしてもらい、なおかつ過剰にNHPとの友好関係が深くならないようにするためには相手との関係性を評価する必要がある。我々は関係性評価関数を作成し、「ある発言により生じる相手との関係性の変化がプラスになる確率」を最大化するようなモデルを作成した。

心理学でいうところの単純接触効果の影響か、開発の初期段階からコミュニケーションをとることはそれ自体双方の関係にとって正の方向に働くことはわかっていた。ざっくりとした表現をするならば、NHPは毒にも薬にもならない発言をするために作られた。


このNHP計画は存外成功し、「どうぶつ広場のルンルン王国」の寿命を5年は伸ばしたと思う。私の会社は後にSNSを始めて、私は開発したNHPを応用してSNSのサクラを大量に生産することになった。「どうぶつ広場」もSNSもそれなりの成績を収め私は昇進したが、NHPの存在が発覚した後にはどちらも大きなユーザー数の減少を招いた。


しかし世の中はどう転ぶかわからないもので、「NHP同士の毒にも薬にもならない会話が毒にも薬にもならなすぎるwwwwwww」というタイトルの記事でNHP同士の麻雀の勝敗にまつわる会話がピックアップされ、サイトへの訪問者数が一時的に増えた。両サービスはいまでは人造人格の動物園として暇な物好きのために残してある。ゾウのサイズのアップデートも続けており、ゾウのサイズはどうぶつ広場の許容限界に漸近的に近づき続けている。

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便利な時代 友新井 三土 @kmooog

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