満月

猿川西瓜

満月

 満月のおかげで、千代子と一緒にベランダに出てもいいことになった。

「今日は満月だよ。あれ、まんげつね」

 俺は会社帰りのスーツのまま、三歳になる姪の千代子を抱えて、月を指さした。

「しろ!しろ!」と千代子は言った。

 父親譲りの天然パーマで、愛嬌があり、人を笑わせることが好きな子だ。

「そう。白いな。でも月は黄色だよ。あと、月、ね。おつきさん。あれは、お月さん。言ってみて」

「はい!」

「はいじゃなくて」

「うん」

「お月さんって言ってみて」

「おつきさんねー」

 千代子は息を大きく吸い込んで、吐いた。


 リビングで母と一緒に晩酌しているのは、千代子を産んでからガンが発覚した姉だ。

 喉をやられてしまって、咳と痛々しい嗄れた声が聞こえる。

 俺の父は早々に寝てしまった。千代子の父は夜中まで働いている。


 みんな生きている。


「月にはね……う」と言いかけて、やめた。うさぎがいるとか、そういうことを教える前に、千代子が月に何を言うか、知りたかった。

 千代子は「泣いてる」と言った。

 少し前、千代子とこんな問答をしたのを思い出した。

 千代子はこども、俺の母であるバーバは? おとな。

 じゃあ俺の父であるジージは? たけっさん(名前がたけしだから)。

 パパはパパ。

 ママは? ビョーキ。


「泣いてる」と、千代子は月に言う。月の方ではなく、ベランダから見えるいろんなマンションの窓の明かりを見ながら。

 俺は髪がくるんくるんしている千代子の頭をなでた。

「泣いてないやろ」

「しろ!」

「いや、黄色やねん。黄金色かな……さあ、ママのところに戻ろう」

 リビングのママは別に泣いてはいなかった。

 千代子がどうして泣いてると言ったのかは、月だけが知っている気がした。

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満月 猿川西瓜 @cube3d

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