第92話 自由研究『コーラの炭酸で空を飛ぶ』

 真っ黒に日焼けした地元の小学生たちが、魔王城・地球支部を訪ねてきた。


「暮田さん、暮田さん。おれたち夏休みの宿題が終わらなかったから手伝ってくれよ」


 小学生たちは、なにひとつ宿題を終わらせていなかった。なにひとつだ。漢字ドリルに算数の問題集に自由研究。すべて白紙だった。


 我輩は漢字ドリルをぱらぱらめくりながら言った。


「我輩がいっても説得力が足りないが、せめて漢字ドリルはやっておかないと、帳尻合わせるのも大変だぞ。算数は答えを丸写しすればどうにでもなるが」

「そんなこといってもさー、めんどくさいんだもん」


 気持ちはわかる。我輩も事務仕事がめんどくさくて、頻繁にサボるから。だが我輩は大人だから彼らにめんどくさいならサボればい良いなんて指導してはいけないのだ。でも彼らが我輩を頼ってきたのは、我輩なら説教くさいことをいわずになにかうまい方法を教えてくれると思ったからだろう。


 子供の信頼を裏切るのも、大人がやってはいけないことだ。うまい方法を教えてやろう。


「まず算数は答えの丸写し。漢字ドリルは学校が始まってから休み時間でやればよい。自由研究は今からクリアすればいいのだ」

「おお! さすがサボりのプロだぜ! 頼りになる!」


 そんなことで尊敬されても素直に喜べないなぁ……。我輩は咳払いして大人の威厳を保ちつつ、小学生たちに聞いた。


「それで自由研究のテーマは決めてあるのか?」

「コーラってさ、振ってから蓋をあけると吹き出るだろ。あれで空を飛べないかなぁって」

「おや。ロマンがあるな」

「だろ! 毎日ガンプラ作ってる暮田さんならおれたち子供の心がわかると思ったぜ!」


 どういう意味かなキッズの諸君。たしかに毎日ガンプラは作っているが。もう一度咳払いで大人の威厳を強調してから、コーラの実験について語っていく。


「コーラについて一つ問題がある。コーラのような飲食物を無駄にすると社会的に怒られるのだ」

「えー、マジかよー。せっかく名案だと思ったのに」

「名案なのは間違いない。そこでコーラっぽい水を自ら合成して、それを噴射させれば良い。要は飲食物として作っていない自前の化合物で飛ぶ分には問題ないのだ」

「すっげー! 屁理屈までプロなのか暮田さん!」


 彼らが我輩をダメな大人の代表みたいに感じているのは理解した。いまさら取り繕っても無意味かもしれない。でもいいのだ。それも我輩が暮田伝衛門である証だから。


 さっそく我輩は小学生たちと一緒に地元の川で水を採取した。


「暮田さん。早く炭酸いれようぜ!」


 小学生たちはバケツにたっぷりの水を宝物みたいに掲げた。


「待て待て。炭酸で空を飛ぶということは、身体に水がかかるかもしれない。川の水は細菌や寄生虫の宝庫だからな。たとえ飲まないとしても、誤って飲んでしまうかもしれないし、傷口に感染するかもしれない」

「なんだよコワイこというなよ」

「ろ過と煮沸消毒をやっておけば大丈夫だ」

「よくわかんないけど、それをやっておけば大丈夫なのか」

「うむ。せっかくだから、ろ過と煮沸消毒のところも実験の経過として残しておくといいぞ」


 小学生たちは自由帳に川の水を採取するところから、煮沸消毒まで書きこんだ。なかなか熱心なやつらだ。ちゃんと方向性を与えてやれば真面目に宿題をやるんだから、夏休みの宿題が淡白すぎるのがサボりの原因なんだろう。なんにせよ、もうすぐ自由研究も終盤だ。


 小学生たちが綺麗になった水を指差した。


「暮田さん。炭酸はどうやって入れるんだい?」

「せっかくだから、空っぽのペットボトルを集めて、そこに封入していくか」


 都内にある無数のコンビニから空のペットボトルを譲ってもらうと、そこに消毒済みの水を注いでから、地道に炭酸を封入していく。もちろんコーラに似せるために黒で着色した。あとは紐で引っ張れば蓋が開くように細工した。


 これと同じ作業をひたすら繰り返していけば、300個の炭酸ペットボトルが完成した。


「それで、誰が飛ぶのだ?」


 我輩は小学生たちを見渡した。なぜかみんな我輩をじーっと見た。


「暮田さんに決まってるじゃん」

「やっぱりそうなるのか……」


 まぁたしかに、もし炭酸で空を飛んでしまえば、着地で怪我をするものな。その点、我輩なら成層圏から自由落下したところで死なないので問題ない。そしてなによりも面白そうだ。


 我輩は嬉々として全身のあらゆる場所に炭酸入りペットボトルを巻きつけた。まるでフルアーマーZZガンダムみたいだ。


「いいか子供たちよ。我輩の勇姿を見届けるのだ!」


 我輩はラテン系のノリでダンスをして全身のペットボトルの炭酸を活性化させる――そして小学生たちは紐を引っ張った!


 蓋が外れて中身が――ぶしゃああああああああああああああああああああああああ!!!!


 凄まじい勢いで炭酸が噴出――本当に我輩は空を飛んだ!?


 え、嘘だろ? 飛ぶはずないだろう。もし浮遊しても数センチぐらいで、こんな何百メートルも上昇していくはずがない!


 様子がおかしい! どんどん速度が加速していく!


 こんなことするやつ一人しかいなかった。


「おばば! お前またなにかやったのか!」


 紫色のローブを着た老婆――魔女のおばばが、魔法の箒で飛んでいた。


「ひょえひょえひょえ! おばばはねぇ、こういう実験が大好きなのさ。一本あたりの炭酸の威力を一億倍まで高めておいたよ!」


 魔女のおばばは、子供みたいに大笑いしていた。


「こらおばば! 一億倍という数字が子供っぽいぞ!」

「子供といえば一億みたいな桁がデカイ数字に喜ぶのでなぁ。今日は奮発したぞえ」

「ところで、我輩はどこまで飛んでいくのだ!?」

「もちろん宇宙へ」


 こうして我輩は大気圏の外まで飛び出して、衛星軌道上を漂うことになったとさ。まったく非科学的だな、魔法の力は。


 ――後日、小学生たちの自由研究だが『炭酸水で宇宙まで飛び出した』は結果を盛りすぎだろうと担任の先生が修正を命じた。だが小学生たちは『この目でみたんだ!』と反論して、来年の夏休みもペットボトルで空を飛ぶことに挑戦すると約束した――今度は我輩の手を借りないで自分たちだけでやるという。


 ちょっと寂しい気もしたが、成長途中の若者が自立したと考えれば喜ばしいことなんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る