第91話 激辛料理で残暑を吹き飛ばせ!

 テレビ局のプロデューサーが魔王城・地球支部へやってきた。典型的な中年太りした男性で、ちょっと前髪が寂しくなっている。以前から交流のある地球人だ。


「暮田さん。新しい企画があるんだけど一緒に作ろう」


 出来立てホヤホヤの企画書を受け取った。『魔界の激辛料理で残暑を乗りきろう!』と書いてある。中々面白そうな企画だ。辛い料理を食べて身体を活性化させることで厳しい残暑と対決するわけだ。


「というか、ついにプロデューサーまで魔界を認識したのか」

「そりゃ地球支部なんて作ればね。ところで魔界の唐辛子ってどうなのさ」

「辛いなんてものではないぞ。ドラゴンだって絶叫するレベルだ」

「ドラゴンが! それは興味深い。さっそく魔界の唐辛子をゲットしようじゃないか」


 我輩とプロデューサーは、すぐさま魔界へ移動した。


 魔界の唐辛子もいくつか種類があるのだが、一番辛いやつは難攻不落の山岳地帯に生えている。我輩の翼で魔界の空を飛んで目的地を目指した。


「暮田さん。なんで山に唐辛子が生えるんだい?」


 プロデューサーが禿げ上がった前髪をソフトタッチしながら我輩に聞いた。


「どんな植物も種が地面に落ちることで生えるだろう? ドラゴンは唐辛子が好物だから、フンや食べこぼしから種が拡散しやすいのだ。彼らは高度の高い土地で暮らすから、山や谷に唐辛子が増えていく」

「なるほど。植物と動物が共存しているわけだね」


 山岳地帯に到着した。雲海が足元にあるような高所だ。まるでお花畑みたいに唐辛子の植生地が広がっていた。赤を通り越して黒い唐辛子である。それらが足の踏み場もないほどに並んでいた。


 本日はドラゴンが数体群がって唐辛子をバクバク食べていた。よっぽど辛いらしく、とあるドラゴンは「辛い!」と叫びながら炎のブレスを吐いた。よしよし、今年の唐辛子も抜群の辛さだな。番組の趣旨にぴったりだ。


 プロデューサーがハンカチで汗を拭いた。


「真夏の砂漠より暑いね暮田さん。山の上って寒くなるもんじゃないのかい?」

「あいつらは辛いものを食べると炎のブレスを連発する。だから気温が上昇する。おかげで唐辛子も味が引き締まってさらに辛くなる。激辛好きには最高の循環だろう」


 炎のブレスについて語っていたら、ドラゴンたちが我輩に興味を抱いた。


「二等書記官さんも、唐辛子を食べにきたのかい?」

「いや、これから激辛料理を作ろうと思ってな」

「ヒューマンの料理を作るんだろう? おれたちにも食わせてくれ」

「いいだろう。そこで待っていろ」


 我輩は魔方陣で調理道具を召喚すると、その場で調理を開始した。番組の予行演習も兼ねて地球の食べ物がいいだろう。麻婆豆腐である。


 熱々の出来立てをドラゴンたちに試食してもらった。


「辛い! うまい! 最高!」


 いつもの三割り増しで炎のブレスを連発した。ドラゴンがこれだけ元気になるなら、残暑を吹き飛ばす激辛番組も成功するだろう。


 我輩とプロデューサーはさっそく魔界の唐辛子を地球へ持ち帰ると、数々の激辛料理を作っていく。そこで気づけばよかった。調理スタッフたちが咳きこむ様子が尋常じゃないことに。


 だが我輩とプロデューサーは番組が成功するイメージを膨らませていたので、すっかり目が曇っていた。


 やがて番組がスタートした。生放送なので失敗は許されない。出演者であるお笑い芸人が、激辛料理を口に運んで、笑えるリアクションを取ろうとした。


 だがスプーンが口内に入った瞬間――火を噴いた。比喩じゃなくて本当に噴いた。しかも火がセットに引火した。あっという間に一大事となって生放送には炎上するスタジオの風景が映っている。


「…………あれ?」


 我輩とプロデューサーは目を丸くした。なんだか様子がおかしいぞ。ためしにお笑い芸人が食べた激辛カレーをプロデューサーも食べた。しゅごおおおおおっと火を噴いた!


「…………あれあれ?」


 我輩は首をかしげた。こんな効果知らなかったぞ。だって我輩が食べたって火を噴かないから。


 すると珍しく母上が魔方陣で出現した。いつものようにエプロンをつけたままである。


「ドラゴンの唐辛子をヒューマンが食べると、体内に蓄積した微弱な魔力と反応して火を噴いちゃうのよ。グレーターデーモンは魔力のコントロールができるから火を噴かないだけで」

「さすが母上食べ物に関してはプロ! ……でももっと早くいってほしかったなぁ」


 炎上するスタジオで、プロデューサーが我輩の肩を揺さぶった。


「そんな暢気なこといってる場合じゃないよ! 火事だよ、火事!」

「うむ、鎮火しよう」


 我輩は水の魔法でスタジオの火を消した。一件落着かと思われた。だが番組関係者と出身者が我輩とプロデューサーの近くにわらわらと集まった。いくら火事が鎮火しても被害が出てきた。髪の毛はアフロになっていたし、セットが燃えて次の番組が困っていたし、私物が燃えてしまった人もいた。


「二人で責任とってもらおうか……!」


 みんなの顔はとっても怖かった。


 ――なお我輩とプロデューサーの罰だが、他の局まで含めてすべての番組で激辛料理を作るとき、唐辛子をすりつぶす作業を延々とやることになった。まったく、これだけの量を調理加工したら、悪魔の目にも染みてしまうな……。

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