第89話 夏休みはバイクで旅行だな

 元勇者で高校生の園市が魔王城・地球支部へ遊びにきた。ただ遊んでいるのではなく夏休みの宿題である絵日記をつけていた。あの奇天烈な学校は高校生になっても絵日記の宿題を出すようだ。創造性を高めるのが目的らしい。らしいといえばらしいか。


 ちらっと園市の絵日記をのぞいてみた。


『8/13(日)。今日は暮田さんの職場で遊んだ。暮田さんは今日もガンプラを作っていた。どうやら全然仕事をしていないようだ』


 我輩は冷たいお茶を噴き出した。


「おい待て園市! これでは我輩が怠けているみたいではないか!」

「いや、だったらなんで書類仕事しないでガンプラ作ってるんすか?」


 我輩は今日もせっせとガンプラを作っていた。ザクだ。いわゆるシャア専用ザクで、型式番号はMS06S。うん、ガンプラサイコー!


「実は地球支部は仕事の件数が少ないのだ。ただ一件あたりの重要度が高いから油断はできない。といっても平時は暇だがね」


 我輩は組みあがったばかりのシャアザクを園市へ見せつけた。どうだかっこいいだろう?


 だが園市はやんわりとガンプラを遠ざけた。


「なるほど、暮田さんに適任の仕事ってわけっすね。ちゃんと本気を出せば成果を出せる悪魔っすから」

「うむ。これぐらい肩の力を抜いていられる職業でないと、サボり魔になってしまうからな」

「サボり魔の自覚あったんすね…………」


 うぐ、あの園市が呆れているではないか。我輩、ちょっとショック。


 その呆れた園市だが、宿題の絵日記を我輩の事務机に置いた。


「暇なら絵日記の手伝いしてくださいよ。見てのとおり、夏休み入ってから絵日記つけたの今日が最初で、それ以前の書いてないんすよ。すっかり絵日記の存在を忘れてて慌てて始めたばっかりっす」

「記憶をたぐり寄せればいいではないか」

「毎日遊んでたので細かい内容を覚えてないっす」

「そうだお前は頭の悪いキャラだったなぁ……でもほら適当に書けばいいのではないか。我輩も業務日報毎日適当に書いてるし」

「ちょっと暮田さん。俺が宿題を適当にやっても誰も不幸にならないっすけど、仕事の日報適当にやったら誰かが不幸になるんじゃないんすか?」

「たぶん兄上が苦労するが、兄上なら大丈夫。だって凄い悪魔だからな」


 いったそばから魔方陣から兄上が出現した。ドンっと業務日報を我輩の机に叩きつけた。


「我が弟よ。なんで虚偽まみれの日報を書いた? これは行政文章だから公文書偽造になるんだぞ」


 兄上はとても怖い顔であった。比喩じゃなくて本当に怖い。そんなに怒らなくてもいいのに。


「違うのだ。あまりに仕事がないから書くことがなかったのだ。許してくれ」

「いいや見抜いているぞ。虚偽を連ねた理由は、こいつらを作っていたことを隠すためだ!」


 兄上が魔法で事務所の四方の壁を透過した。


 そこには1000体ものガンプラがショウケースに飾ってあった!


 我輩は証拠を突きつけられたミステリーの犯人役みたいに腰を抜かした。


「な、なんで気づいたのだ……? 巧妙に隠しておいたのに……!」

「お前のやることなど全部お見通しだ!」


 なんと兄上は魔法ですべてのガンプラを魔界へ転送してしまった!


「あああああああああああああああ! 我輩の血と魂の結晶がぁあああああああ!」


 我輩はムンクの叫びみたいに干からびた。


「なにが血と魂の結晶だ! 仕事中に1000体もガンプラを作るなんてバカじゃないのか! 花江陽子さんの雑用をやっていたときよりサボり癖が悪化しているではないか!」

「違うのだ。真面目にやるつもりはあるのだ。だが気づいたらこの手がガンプラに触れてしまうのであって……」


 我輩は目をそらした。だが兄上は我輩の顔を掴んで強引に目を合わせてきた。


「真面目に仕事をするまでガンプラは全部没収だ。これから作るやつも含めてな」

「そんな無慈悲なことをしないでも! せめてザクは、ザクは残してくれ!」

「どれも一緒だろうが」

「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」

「細かな違いなどどうでもいい! まずは日報の書き直しからだ!」


 怒った兄上は魔界へ帰ってしまった。我輩はがらんどうになった壁裏ショウケースを見つめて呆然となった。


 1000体ものガンプラたちが一瞬で人質に取られてしまった。なんて残酷な兄上だろうか。


 園市が我輩の背中を優しくさすった。


「ま、まぁ、たまにはこういうこともあるっすよ」

「そうかもしれないな……うん、兄上だものな、相手は……」

「俺の絵日記と一緒に、日報も書き直しましょう。すべてはガンプラを取り戻すためっすよ」

「うむ……そうするか」


 我輩と園市はパトロール用に購入してあった中型バイクに二人乗りすると、絵日記と日報のために夏休みの旅へ出た。といっても二泊三日ぐらいだな。そこで得た経験を水増しして、さも過去に体験したもののように書いていく。


 読者は各自の脳内で夏休みっぽい曲を流すといいぞ。某陽水の少年なんちゃらとか、とか、とか。


『8/1。地球支部の日報。平和そのもの。魚がおいしかった!』


『8/1(火)。宿題の絵日記スタート。暮田さんのバイクで千葉県の南側である館山へやってきた。某ヴィジュアル系バンドの故郷である。夕暮れになったら時報の変わりに大ヒットバラード曲が流れてびっくりした。暮田さんが宿の予約を忘れたので野宿になった。夕飯は暮田さんが尻尾で釣った海魚だ。とってもおいしかった。やっぱりひとりで食べるより暮田さんと食べたほうがおいしい』



『8/5。魔界出身の連中は庭園でも静かだ、うんうん偉いぞ。あと納豆がうまかった!』


『8/5(土)今度は茨城県は水戸市へやってきた。納豆が名産品だ。納豆はあんまり得意じゃない。ぜんぶ暮田さんに食べてもらった。偕楽園という日本三名園に選ばれた庭園も観光した。でも俺みたいな若造だと良さが全然わからなかった。暮田さんは楽しかったらしい。大人の感性はよくわからない』



『8/10。やっぱりアイドルのライブは最高だ』


『8/10(木)この日は埼玉県のさいたま市へやってきた。さいたまスーパーアリーナをこの目で見ておきたかったからだ。せっかくだから当日券を買ってその日にやっていたアイドルグループのライブを鑑賞した。当日券が出回るだけあってお客さんは少なめだが濃厚なライブだった。きっとマニアックな内容だから素人ウケしなかったんだろう。俺は特殊な学校に通うだけあってああいうマニアの感性が理解できた。やっぱり地球の暮らしは楽しい』



 二泊三日の旅が終わった。我輩の日報は埋まったし、園市の日記も綺麗に埋まった。エクセレントっっっっ!


 さっそく我輩は魔方陣で魔界へ戻ると登城。兄上の待つ執務室へ入り、修正した日報を提出した。


 兄上が眉間に皺を寄せた。


「…………お前の日報は小学生の絵日記みたいだな」

「なにをいっている。絵日記は園市だ。我輩は日報だぞ」

「…………園市くんの書いたやつを遠見の魔法で観察したが、あっちのほうが業務日報っぽいな」

「だがパトロールもちゃんとやったぞ。偕楽園では魔界出身の樹木型モンスターに挨拶したし」

「日報を読んだだけだとそれがわからないだろうが……」

「ははははは。やる気がないと文章も乱れるということだ。でも今度は嘘を書いてないんだから、ガンプラを返してくれ」

「それはちょっと……」


 珍しく兄上が言葉尻を濁した。それにさきほどからなんだか様子がおかしい。なにか隠し事があるらしい。もしやと思って魔法で執務室の壁を透過したら、なんと作りかけのガンプラが出てきたではないか!


 我輩はニヤニヤしながら兄上のわき腹を尻尾で突いた。


「なぁんだ兄上。仕事をサボってガンプラを作っていたのか。我輩の作ったやつを参考にして」

「う、うるさい!」

「まったく我輩に説教ばかりしておいて自分には甘いわけか。兄上も変わったな」


 こういうときだけ魔王殿も嬉々として執務室へ入ってきた。当然兄上をイジるためだ。


「なぁんだ一等書記官。仕事をサボったのか。そうかそうか。これでオレを一方的に説教できなくなるよなぁ?」


 我輩と魔王殿で兄上をイジっていたら、突然兄上がプッツンと切れた。


「もういい! だったらこんな仕事辞めて人間界でプロモデラーになってやる!」


 兄上は執務室を飛び出していった。


 ――しばらく経って、地球のテレビ番組でプロモデラー特集が放映された。そこで兄上が登場して『やはりモビルスーツの基本はザクですね。旧ザクが好きです。丸みがいいんですよ』などと語っていた。すっかりプロモデラーの風格が出ていた。


 だがもちろん兄上を失った魔王城は事務仕事が大爆発していて、責任を取って我輩が代理を務めていた。


「死ぬ! こんな量の事務仕事をやったら死ぬ! 兄上早く戻ってきてえええええええええ!」


 ちなみに我輩と一緒に兄上をイジった魔王殿は逃げたとさ。

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