第88話 魔王城・地球支部のお仕事
今日はお仕事の話をしよう。我輩は魔王城の地球支部の局長をやることになった。業務内容だが、魔界から地球へ出張している人たちのトラブル解決をひとりで請け負うことだ。
地球支部の外見だが普通の平屋だった。鉄筋コンクリート製で冷暖房完備。内装も普通で司法書士などの自営業者が好むようなイメージである。
そんな建物にて、我輩はひとりで仕事をしていた。局長なんて肩書きを持ちながら部下も同僚もいない。どうやら兄上は我輩がサボることを前提に仕事量を調節しているらしく、単独で業務を遂行させるつもりらしい。
だがそんな配慮は無意味だ。
なぜなら忙しい日と暇な日の落差が激しくて、暇な日のほうが多いからだ。陽子さんの雑務をこなしていたときのほうが忙しかったぐらいである。
だから今日も我輩は事務所でガンプラを作っていた。
「よう二等書記官、真面目に仕事してるか?」
魔王殿が人型モードで事務所に来訪した。いつものように布で顔を隠していて、きりっと引き締まった体型でノシノシ歩いている。
「忙しいときと暇なときの落差が激しいですね」
我輩はヤスリでガンプラのパーツを削っていた。ちなみにバーザムである。Zガンダムに出演したモビルスーツで、ずっとプラモ化されていなかった。それが最近になってプラモ化されたから、ガンプラ好きがこぞって組み立てていた。我輩もそのうちのひとりだった。
「トラブルなんてのは重なるもんだ。季節に即したものなんて特に」
魔王殿は来客用のソファーに腰掛けると、勝手に冷蔵庫をあけて紅茶を飲んだ。
「そういう魔王殿は、この時間だと事務仕事があるはずですが」
「飽きた」
「そうですか」
「なんかトラブルが起きればいいのに。そっちのほうが面白そうだ」
「やめてくださいよ。せっかくのガンプラタイムが――」
まるで申し合わせたようにトラブルの一報が魔法通信で入った。我輩はニッパーを放り出すと、大きなため息をついた。やれやれ今日は仕事日和らしい。
トラブルが発生したのはオーストラリアだった。南半球の7月は冬だ。本来なら雪が降るほどに寒いはずだった。
しかし、現地に到着してみれば、もわんっと暑かった。
まるで赤道直下の大陸みたいに地面から陽炎が立ち上っていた。地元のニュースでも千年に一度の暖冬と報道されているようだ。
だがしかし、地球の気候変動による異常気象ではなく、裏には魔界的な原因があった。
ガス状の身体を持つ火炎生物が、エアーズロックで泣いているからだ。
「フラれちまったよー! ちくしょー!」
どうやら失恋のショックで号泣しているらしい。だが彼みたいな炎の塊が感情的に泣いたら周囲の気温がグングン上昇してしまう。しかも失恋を裏づけにした破滅的な魔力の放出だから、放置すると彼自身も熱を使い果たして死んでしまうだろう。
早期解決が重要だ。
「魔王殿。慰めてやってください」
我輩は魔王殿の背中を押した。
「お前がいけよ。泣きつかれても暑苦しいだろうが」
魔王殿は拒否した。
「我輩、新婚なので、あの手の人物を刺激してしまい逆効果になります」
「くっそー、なんで二等書記官が結婚するかなぁ。お前だけは一生独身だと思ってたのに」
魔王殿はブツクサ文句を言いながら、火炎生物の隣に体育座りした。
「おいお前。ひとりやふたりの女にフラれたぐらいで落ちこむなよ。また良い出会いもあるさ」
「あぁ魔王様! 聞いてください! 先日まで付き合ってた女性に『あなたの炎、なんか臭いわ』とかいわれて別れを切り出されたんです! 臭い炎ってなんですか! ちくしょー!」
フラれた当時のことを思い出したらしく、火炎生物の温度がさらに上昇した! エアーズロックの岩場が灼熱して焦げるぐらいに熱い。我輩は魔法で耐熱フィールドを張った。ちょっと洒落にならない温度だな。魔王殿がうまく説得してくれるといいのだが。
「もう、あっついんだよ! おいこらお前! 泣くのは構わないから温度を下げろ!」
魔王殿が火炎生物の身体を軽く蹴った。
「あれ、そんなに暑いですか?」
「バカかお前は、俺が暑く感じるってことは、地球人が干からびる温度なんだよ。おまけにエネルギーを放出しすぎてお前まで消滅するぞ」
「あ、本当だ! 急いで温度を下げますね!」
ついに火炎生物は温度を下げてくれた。それに伴って心も落ち着いたらしい。地球支部の局長として調書を取らなければならないので、我輩も話しかけた。
「悲しい気持ちはわかるが、事務的な手続きが必要でな。調書を取らせてくれ」
「誰かと思ったら新婚の二等書記官さんじゃないですか。へー、調子がいいですね。僕みたいな火炎生物なんて不幸になって万々歳ってことだ」
火炎生物の炎が嫉妬の青に変化した。するとエネルギーが逆向きになって冷気を放出。オーストラリアの気温がじわじわ下がっていく。地元のニュースでは突然異常気象が終わったと伝えたが、すぐさま平年よりも寒い冬になりそうだと報道した。
我輩は、火炎生物を怪我を負った暴れ馬だと思って接することにした。
「どうどう落ち着け。それ以上下げると、今度は極寒になってしまう」
「だって新婚さんが幸せ自慢するんでしょー? かー! これだから新婚は鬱陶しいんだよなぁ!」
「……お前がフラれた原因がわかったぞ。粘着質で僻みっぽいからだ」
「あー! 二等書記官さんが元カノと同じこといった! もう怒ったぞ!」
ふたたび火炎生物が烈火のごとく燃え盛った。まったくテンションの落差が激しいやつだ。オーストラリアの気温が再び上昇する前に、彼を凍結の魔法で凍らせた。
火炎生物はあとで解凍すればいい。魔王殿と対策を相談しなければ。
「魔王殿、なにか名案はありますか?」
「ない。フラれた直後なんて、なにいわれたって後ろ向きに受け止めるもんだろ」
「そうでしょうけど、放置しておくとオーストラリア全滅ですよ。フラれたことを忘れるぐらいに楽しいことすればどうにかなりませんかね」
「火炎生物って、なにが楽しい種族だっけか」
「爆発イベントです」
というわけで凍結した火炎生物を魔界に連れ帰った。
凍結した火炎生物を魔法の網で包みこむと、魔界の発掘現場へ運んだ。魔法道具を作成するための希少鉱石を発掘する現場だ。
我輩は現場の親方であるオーガ族に頼んで、凍結した火炎生物を発破の根元へ置いた。彼らの大好きな爆発イベントだ。
事情を説明するためにも、まずは凍結の魔法を解除した。
「あ、あれ。僕、魔界に戻ってます」
「今から爆発イベントだぞ。喜べ」
我輩は、足元に設置済してある発破に尻尾で触れた。
「僕、爆発イベントあんまり好きじゃないです。もっとクリエイティブでかっこいいやつがいいですね」
我輩がイラっとしたのと同じく、遠くで見守っていた魔王殿もイラっとしたようだ。魔王殿は現場の親方から発破の起爆に使う魔法のスイッチを奪い取って、問答無用で押した。
……え、押した!? 我輩、まだ火炎生物の近くから離れていないのに!
ちゅどぉおおおおおおお--------ん。
「今日は爆発オチか――っっっっ!!!!」
我輩は火炎生物と一緒に天高く吹っ飛ばされて魔界のお星様になったとさ。
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