第85話 作者が伝助に謝罪してタイムリープする

 本日は作者を冒頭から呼び出して、謝罪会見を開くことになった。すでにハイエナみたいなジャーナリストたちが駆けつけていて、ぱしゃぱしゃと写真を撮っている。


 さてなんの謝罪かといえば、我輩が結婚式をやった日、作者は大事なキャラクターを登場させるのを忘れてしまったのだ。


 そう、伝助である。【D&G】という大手加工食品メーカーの社長であり、我輩の恋のライバルだった男でもある。恋のライバルに関しては過去形だ。だって我輩、陽子さんと結婚してしまったし。


 というわけで、さっそく作者の謝罪会見という名の言い訳をどうぞ。


「存在そのものを忘れていました!!! すいませんでした!!!! ほんとうにすいませんでした――――っっっっっっ!!!!!!」


 作者はあらゆる方向に向かって土下座した。写真のフラッシュが爆発的に増えて、作者のあられもない土下座姿がインターネットに流されていく。


 しばらくすると、被害者である伝助が登壇した。整った顔立ちを唐辛子みたいに赤くして、作者の胸倉をつかんだ。


「忘れてたってなんだよ! 僕を恋のライバル役として登場させたのに、結婚式に呼ばれないって狂ってるだろ!」

「面目ない! マジにリアルに忘れてたんだ!」

「なんだよマジにリアルにって! 僕の存在感そんなに薄いのかよ!」

「薄い」

「うわああああん!!!!」


 伝助は泣き崩れた。見事なまでの男泣きであった。あまじょっぱい涙で上質なスーツもベトベトになっていた。彼の気持ちは痛いほどに理解できた。もし我輩が陽子さんと結婚できなかったら、今の伝助と同じように泣き崩れたろうし。


 そんな痛々しい雰囲気に、作者はいたたまれなくなったのか、言い訳を追加した。


「当初のプロットはさ、ある程度キャラが固まって、話がマンネリ化して、もう他にネタがなくなったら暮田さんと伝助のガチな恋のライバルイベントから結婚式の流れをやろうとしてたんだ。ネタ帳にも書いてある。でも書いたことを忘れた」

「やっぱり忘れたんじゃないか! 僕がどれだけ花江さんを好きなのか知ってるだろうが、このダメ作者!!」

「今日だけはダメ作者呼ばわりすることを許可しよう。俺だってまさか普通に忘れるとは思わなかった。思わずツイッターでつぶやいてしまったぐらいだよ……」

「もういい! 僕は今から結婚回を書き換えてくる! 僕のほうが花江さんにふさわしいんだ!」


 なんと伝助はタイムマシンを会場に持ってきた。なんでタイムマシンだとわかったかというと、某ドラゴンボ○ルの未来トランクスが使ったやつと同型だったからだ。ちなみにセルの卵はないから安心してくれ。


 しかし作者がレーザーライフルを持ち出してタイムマシンを撃ち壊した!


「過去の改変はゆるさん! 俺は『満足する結果が出るまで人生を何度もやり直す』タイプのシナリオが大嫌いだ!」


 作者が暴言を吐いたら、精神の壊れた伝助が挑発した。


「あ、色々な方角に喧嘩を売った! いーけないんだいけないんだ、リゼロを出版してるMF文庫にいってやろ!」

「MF文庫に告げ口する前に、お前の口を封じてやるぅううううう!!」

「うわああああああああ! 作者が逆ギレした! 本当は僕の登場を忘れたことが悪いのに――うぎゃ」


 ぐばしゃああ。なんと作者は伝助をプラズマサーベルで斬り殺してしまった!


 ずっと黙っていた我輩も、さすがにまずいだろうと思って止めに入った。いやもう死んでしまったのだが。


「まずいだろう作者。どうするつもりだ。この作品はギャグ作品であってミステリーじゃないんだぞ」

「ついカッとなってやってしまった……そうだ、タイムマシンを直して、伝助を殺害しなかった過去に書き換えればいいんだ!」

「さっきといっていることが正反対のようだが?」

「今日からタイムリープネタを肯定することにした。これでMF文庫の編集にも気に入ってもらえるはずだ」

「なんて卑怯な作者だ……」


 旅は道連れ世は情け。我輩は作者と一緒にタイムマシンを直すと、結婚式当日へタイムリープした。


 ●      ●      ●


 結婚式当日の朝である。ほんの数週間前のことなのだが、ずっと昔のことに思えた。なんて思い出に浸っている場合ではない。伝助を助けなければ。


 作者が急いで招待状を作成した。


「暮田さん。伝助に招待状を渡そう。これで少なくとも登場させなかったことにはならないから、伝助は大暴れしないはずだ」

「うむ。だがちょっとドキドキするな。まだなにも知らせてない恋敵に結婚報告をするのは」


 我輩の翼で【D&G】の本社へ飛んで、窓ガラスから社長室へ飛びこんだ。


 仕事中の伝助が腰を抜かしてひっくり返った。


「うわっ! ってなんだ暮田さんと作者じゃないか。仕事中は邪魔しないでくれよ」


 真面目に仕事をする伝助に、我輩は結婚式の招待状を渡した。


「単刀直入ですまないが、実は花江さんと結婚することになった」

「え、え、えええええええええええええええ!?」

「しかも側室がいる」

「ぎょ、ぎょええええええええええええええ!!」


 伝助は打ち上げられた魚みたいにびちびち跳ねた。かわいそうに……現実を受け止められなくて、精神が半壊してしまったようだ。


 でもとにかく、これで作者が伝助を惨殺する未来は免れたはずだ。


 しかし伝助が思わぬ行動を取った。ショックのあまり社長室の窓から飛び降り自殺してしまった。


 我輩は呆然とした。なんだこのギャグとシリアスのギリギリの展開は。


 どうやら作者も予想外だったらしく、地面に膝を突いた。


「なんだよこの展開は……まさかこれ、伝助が死なないように、何度でもタイムリープしなきゃいけないのか。リゼロのパロディと見せかけて、シュタインズゲートのパロディだったんだな」

「落ち着け。大事なことは、どうやったら伝助を死なせないようにできるのかだ」

「…………伝助が花江さんに恋をしなければいいんだろうけど、そこまで改変したら残酷だろ」

「たしかに残酷だ。いくら作品の登場人物といえど、誰かを愛する気持ちは作者の意思に左右されまい」

「だったら、次は並列世界に飛ぼう。そこで伝助に結婚式の招待状を送って、真正面から納得してもらって、元々いた世界線につなげるんだ」


 さっそくタイムマシンに戻ると、同じ時間帯の平行世界にタイムトラベルした。


 ふたたび我輩たちは【D&G】へ向かった。今度は出勤したばかりの伝助を捕まえると、結婚式の招待状を手渡した。


「えっ……け、け、け、け、結婚するのかい、暮田さんが、花江さんと」


 伝助の顔色は赤と青をいったりきたりしていた。


「ああ。我輩が幸せにする」


 我輩は伝助の両肩をがっちり掴んだ。


「そ、そっか……花江さん、いつのまに暮田さんと……」

「伝助は良いやつだった。ずっと前、我輩が陰謀で刑務所送りになったときだって、助けてくれたではないか」

「うん。まぁ恋だってなんだって正々堂々と戦わないとね。でも僕は、仕事ばっかりで花江さんと接触する機会が少なかったから、勝負だってできなかったんだな」

「伝助……」

「暮田さん。花江さんをよろしく頼むよ。本当にステキな女性なんだ」


 伝助は笑顔で我輩の結婚に納得してくれた。


 なんだか心がジュクジュクするなぁ。我輩は幸せの絶頂だ。しかし伝助の恋心を犠牲にして成り立っていることを忘れないようにしよう。


 こうして我輩たちは元の世界線に戻ることになった。作者がタイムマシンの装甲板を手の甲で叩いた。


「この平行世界の世界線と、元々いた世界線を繋いだ。すべての選択がうまい具合に反映されてればいいんだけどな。エルプサイコングルゥ」

「なぁ作者。お前本当はタイムリープネタ好きだろう。とくにシュタインズゲート」

「そ、そんなことない。やだなぁ、暮田さんは。とにかく元の世界線に戻ろう。飛べよぉおおおおおおおおお!」


 シュタインズゲート大好きなツンデレ作者がタイムマシンを操作して、我輩たちは元の世界に戻った。


 さきほど作者がSF兵器で惨殺したはずの伝助は復活していた。うんうん、ちゃんと世界は良い方向に修正されたんだなぁ。


 だがおかしな方向に歪んだ部分もあった。


 復活した伝助が力強く訴えた。


「現実世界で結婚できないなら、理想の女性を製作すればいい! 僕は加工食品の会社なんだから、人間だって加工できるはずだ!!」


 どうやらマッドサイエンティストの方向へ突き進んでしまったようだ。人生ままならないものである。

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