第二部 我輩結婚して妻が二人できました!!!

第84話 我輩が結婚して最初の話だからギャグは少々控えめだぞ。次回はとあるキャラクターに作者が謝罪する回。お楽しみに

 結婚した我輩たち一家だが、長屋の管理人室を増築して住んでいた。なお六人か七人ぐらいは余裕で住める広さである。ほら、将来は子供が生まれるかもしれないだろう?


 だが遠い将来のことより、目先のルールを決めておくことが大切だ。


 まずは名前から。


 我輩は暮田伝衛門と名乗っているが、生まれたときの名前ではない。だが暮田伝衛門で通していく。地球で生きていくからには本名よりも大事な意味を持っているからだ。


 そして花江殿の名前は旧姓を使っていくことになる。日本国は結婚したら相手の苗字に変えてもいいし、旧姓を使っても問題ない仕組みだ――我輩の本名は発音が不可能だから旧姓を使ったほうがいいだろう。


 エミリアはエミリアである。エルフ族は出身地の番地名と、守護精霊の名前がくっつくトリプルネーム方式なので、エミリアで問題ないのだ。なおエミリアには炎の精霊が憑いていた。気性の激しい精霊だから扱うのが難しい。


 ――こんな感じで、結婚した三人とも名前の表記に変化はない。


 でも一部呼び方がかわっていた。


「ごほんごほん。陽子さん。あー、陽子さん、陽子さん……あぁなんだか照れるなぁ」


 我輩は花江殿を陽子さんと呼ぶことにしていた。陽子と呼び捨ててもよかったのだが、なんだかしっくりとこなかったのだ。


「まだ慣れませんか? ちなみにわたしは暮田さんは暮田さんのままで呼びますよ。グレーターデーモンっていう種族なんでしょう?」


 陽子さんは、ついに我輩を魔界の魔族だと認識した。結婚式に親族の異形が集合したことによって『こいつら人間じゃなかったのか』と理解したのだ。だがそれほど驚かなかったという。今までも魔界の友人が遊びにきていたからだ。


 それから、もう一人の妻であるエミリアが、陽子さんにしなだれかかった。


「あたしも新婚っぽい交流をしたーい。ねぇねぇ陽子ちゃん、なんかネタをちょうだい」


 エミリアは、かつて花江さんと呼んでいたが、今では陽子ちゃんと呼んでいた。どうやらエミリアにとって、同じ妻という肩書きを持った陽子さんは友達に近い感覚らしい。


「ネタっていうか、アイドルのお仕事をどうにかしたほうがいいんじゃないですかね。人気アイドルが結婚したら、炎上して叩かれる路線でしょう?」


 陽子さんの心配はもっともだった。


「人妻アイドル路線に変更したわ。現代はバブみを感じたい男性がいっぱいいるから、ちゃんとウケてるわよ」


 エミリアが等身大ポスターを広げた。有閑マダムっぽい洋服を着こなしたエミリアが、子犬を抱いて赤ん坊みたいにあやしていた。キャッチコピーは『ママに甘えたい大きなお友達たち、子犬みたいに撫でてあげる』であった。


 アイドルは売れればなんでもアリなんだなぁ。ある意味で感心した。


 しかしアイドルはお仕事である。私生活は順風満帆というわけにはいかなかった。


 我輩はエミリアをちらりと見た。


「さて料理当番について話し合おうか。この数週間、我輩と陽子さんが交代で作っていた。これは不公平な状態だ。三人とも働いているんだし」


 だがエミリアは、すーっと目をそらした。


「しょ、しょうがないでしょう……! あたし、普段料理をやってなかったし、アイドル業だとロケ弁で間に合っちゃうんだもん!」


 すると陽子さんがチクりと刺した。


「独り身だったらそれでいいですけど、今は三人での結婚生活ですから、ちゃんと役割を分担しましょうね」

「えー! っていうかなんで陽子ちゃんと伝衛門さんって、そんな料理得意なわけ? 一人暮らしのときも料理してたってことじゃん。もぉ、困ったなぁ。あたし料理の練習やってこなかったし」


 エミリアは途方にくれた。金色の髪とエルフ耳を指先でイジイジしている。ちょっと子供っぽい。


 そんな妻仲間を、黒髪ロングの陽子さんが上手に誘導した。


「エミリアさん、お肌が荒れ気味ですが、原因は野菜不足ですよ」

「げっ、それが原因だったの? 最近ヤバイと思ってたんだけど」

「ちゃんと料理したもの食べないと、あっという間にボロボロになります。わたしたち、もうすぐ三十路ですからね。若いころのようなお肌の超回復は起きないのです」

「ダメよ! アイドルなんだから! 最近だってちょっと胸の張りが若いころに比べて怪しいことになってきたっていうのに!」


 我輩は、さきほどの胡乱なキャッチコピーが付属したポスターを凝視した。


「ポスターに写ってるエミリアは、まだまだ胸に張りがあるように思えるが……?」

「フォトショップって便利よね。魔界のアイドル事務所にも欲しいわ」


 アイドルの化けの皮を自ら剥がしていくスタイルらしい。そんなある意味で強気なエミリアに、陽子さんがレシピを渡した。


「お鍋はどうでしょう。野菜とお肉を入れて、市販のレトルトのスープを満たせば完成です」

「いいじゃん! これなら簡単に料理できて、お肌の荒れだって治せるわ!」


 さっそくエミリアが鍋を作ろうとした。まずは包丁で野菜を切っていくのだが、なぜか包丁がすっぽぬけて天井に刺さった。


 …………いったいどういう原理だろうか。我輩は不器用なエミリアに質問した。


「エルフの森にいたとき、狩りをやらなかったのか?」

「狩りが苦手だし好きじゃないから、地球に出たようなもんよ」


 しょうがないから我輩と陽子さんで野菜を切って、あとは鍋に火をかけるだけにした。


 さっそくエミリアがガスコンロのツマミをひねたったら、なぜか爆発した。


 …………いったいどういう原理だろうか。我輩は不器用の限度をこえたエミリアに質問した。


「魔界にもカマドはあったろう。あれより簡単なガスコンロでなぜ失敗する」

「そういえば家族にはカマドに触れるなっていわれてたのよね。なぜか爆発するから」


 もしかしたら魔界的な意味で秘密がありそうだ。それを解き明かそうとしたのだが、陽子さんが我輩とエミリアの手を掴んだ。


「みんなで協力して克服しましょう。家族なんですから」


 そうだ。そのとおりだ。家族だものな、我ら三人は。困難があったら、協力して解決したほうがいい。


 だからもう一度最初から鍋を作りなおしていく。エミリアが一人で鍋を作れるようにと、我輩と陽子さんでサポートした。そして最後にエミリアがガスコンロを点火――我輩が魔法で爆発を抑えた。


 よーし、鍋は順調に加熱されていくぞ。これなら大丈夫――ボンっ! やっぱり爆発した!


 ごほごほ、あぁ煙がひどいなぁ。我輩たちは煙を逃がすために窓を開けた。ふと気づく。我輩たちの顔は鍋の爆発によって煤だらけになっていた。あまりにも汚れていたものだから、三人で大笑い。


 そうさ、鍋が爆発したっていいじゃないか。誰しも弱点があるものだ。しかもうちの家族は三人もいるんだから、それぞれの得意技でカバーしていけばいいさ。


 ――後日、魔女のおばばに診断してもらったら、どうやらエミリアは名前に刻まれた炎の精霊に嫌われているから、火を扱うと爆発するそうな。ちなみに炎の精霊になんで嫌いなのか聞いたら『胸が大きいからって調子にのるな!』と激しい嫉妬をしているそうだ。


 炎の精霊は、胸が小さかったのである。

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