第83話 我輩は暮田伝衛門である

 結婚披露宴である!


 場所は日本武道館だ。魔界式と地球式を合体させた結婚式なので、通常のウエディング関連の施設では開催できなかったのである。だが華やかな祝いというのは魔界だろうと地球だろうと露骨な差は存在せず、色とりどりの花が草原のように飾られていた。


 催しごとのためのステージも用意してあるから、披露宴というよりコンサートっぽいな。


 さて結婚式に出席してくれる人たちだが、大勢いるぞ。


 魔界側はとにかくたくさんだ。魔王殿をはじめとして、我輩の友人は全員出席している。親族もフルメンバーで、ほとんどがグレーターデーモンである。ただ彼らにはあまり酒を飲ませてはいけない。乱闘でも始まったら地球が壊れてしまうからだ。


 なおエルフ族の出席者だが、ちょっと頭の硬い連中が集まっていた。エミリアの生まれ育った部族は古式ゆかしいエルフの掟を守っているから、新しさや開放的な要素を嫌うのだ。だからこそエミリアは反発してアイドルになった。


 さて地球側の出席者だが、長屋の関係者ばかりだった。理系大学生の川崎と、元勇者で高校生の園市もここのテーブルに座っている。花江殿の親族も不動産業を営んでいるから、このテーブルだな。


 そしてお祝い用のブーケを持ってきたのは、懐かしい三匹だ。サル/アルパカ/タヌキ――ウキ助/ペリペリ/タヌ吉であった。


「うっきっきー! おめでとうだぜ、暮田さん!」「ぺりぺりぃ! 結婚おめでとう、暮田さん!」「おめでとうでやーんす、暮田の旦那っ」


 三匹は久々に再会したそうだ。とても嬉しそうであった。結婚イベントのおかげで高山の動物であるペリペリが地上へ降りられたなら、我輩も嬉しいな。ちなみに高山王だが、ちらっと顔を見せてから、さっさと帰っていった。それでも偉大な進歩だろう。あれだけ我輩を嫌っていた高山の主が、祝い事の場に顔を出したんだから。


 さて先にブーケトスだ。ちょっと事情があって変則的な順番で結婚式をやらないといけない。


 花嫁は二人いるので、二つのブーケを後ろ向きで放り投げた。


 ぴょーんっと飛んだブーケを受け取ったのは、二人とも未婚の女性であった。


 まず花江殿のお姉さん。お祝い用のグレーのスーツに、びしっとした眼鏡をかけていた。


「私は三十代の独身なのに、二十代の妹が先に結婚してしまった……このブーケをきっかけに結婚しなければ!」


 ちょっと怖いぐらいに気合が入っていた。あんな恐ろしい女性が親族に増えるのか……ちょっといやだなぁ。


 さて、もう一人のブーケを受け取った未婚の女性は、レッサーデーモンの姪っ子だった。


「あたしも素敵な旦那さんを見つけなきゃ! 腐女子趣味を受け止めてくれる寛大な旦那さんを!」


 それならきっと見つかるだろう。だが姪っ子は人間の年齢で換算すると十代ぐらいなので、そんなに焦る必要はないと思う。


 ブーケトスの次は結婚指輪の交換だ。実はスライムのスラスケ殿が作ってくれた。


「ぶくぶくぶく…………魔界のレアメタルで特殊な指輪をつくりまーした」


 金平糖みたいなつぶらな瞳で、特殊な指輪をテーブルへ置いた。なんと愛の度合いに応じてきらめきが変化するらしい。もし夫婦喧嘩なんてしたら指輪が濁ってしまうんだろうか。細かいことはあとで考えよう。大切な友人の作ってくれたものなんだから、きっと良いことがあるさ。


 結婚指輪が揃ったので宣誓をやるのだが、その前に両家の親たちが挨拶をすることになった。


 まずは父上。現役時代のオーダーメイドスーツで出席していた。皺が出てきた尻尾をずりずりと引きずりながら壇上に立ってマイクを握った。


「戦争をしていたときは、自分の子供が結婚するとは思っていなかった。だが今日を持って二人目の子供も妻帯者となる。自分の家庭を持ち、子供ではなくなるのだ。どうやら親というのは、子供がいなくなると張り合いがなくなるらしい」


 父上は誇らしげでもあったが、少々寂しそうであった。なんだかんだ我輩みたいな情けないやつに頼られるのが嬉しかったのかもしれない。


 次は母上のスピーチだ。今日もエプロンをつけっぱなしだった。だが外す気はないらしい。もしかしたら母上なりの誇りなのかもしれない。


「うちの僕ちゃんをよろしくお願いします」


 一言だけだった。どうやら感極まって言葉にならないらしい。ハンカチを目元にあてて、ぼろぼろ泣いていた。


 次、花江殿の両親。まずは母上殿。花江殿の見た目をドギツクしたような女性だ。不動産屋の元締めであり、あんまり融通の利かない人でもあった。いろいろあって多趣味の人にはなったが、今でも気難しい人だろう。


「暮田さんと、うちの娘が結婚ですか。あんまり現実味がないわね……でも、これでよかったような気もするわ。うまくいえないんだけど、一夫多妻におさまったのも、うちの娘らしいかもしれないわね」


 そして次は初登場、花江殿のお父様。


「娘を幸せにしてやってください」


 ひょろひょろとした身体のマイペースな人だった。うん、こういうなんでもスローペースで受け入れてくれそうな人じゃないと、この一家の父親は務まらなかっただろうなぁ。だって花江殿には妹や姉が他にもたくさんいて、みんな我が強そうなのである。


 さてもう一人の花嫁であるエミリアの両親だが、スピーチを断った。古式ゆかしいエルフなので登壇なんて持ってのほかなのだ。目立つことそのものが禁忌なのである。


 両家のスピーチが終わると、兄上が仕事用の衣装と姿勢で我輩のところへきた。


 なにかの書類を持っていた。


「花江さんという契約主と結婚したことによって、願い事の契約が一度解除になる。そのための書類だ」

「ああ、そういえばそんなルールがあったな。もっとも魔界へ戻る気はないが」

「安心しろ。ちょうどいい仕事が創設されたばかりでな、お前が適任な気がしたから、手配した」


 書類は二枚あった。一枚はさきほどの願い事の契約解除の件。そしてもう一枚は――新しい役職の任命書類であった。


 魔王城・地球支部・支部総長。


 どうやら魔王城の支部が地球へ進出するらしく、そこの責任者を我輩がやることになったようだ。


 我輩は書類の詳細を斜め読みして、寒気が走った。


「…………魔王殿のワガママと、地球人で暮らす魔界の関係者たちのトラブル解決を行う管理職か」

「ご名答。がんばれよ、わが弟よ」


 こうして兄上は仕事が切羽詰っているから、一足先に魔界へ帰った。


 我輩は、新しい仕事の業務を想像しただけで胃が痛くなった。だが栄誉ある仕事でもあるんだろう。フロンティアの責任者となれば、我輩のような知識も魔力も腕力も備えた人物でないとこなせない。兄上みたいな人望はないが、友人は多い。どうにかなるはずだ。


 やがて式の最後のイベントになった。


 新郎新婦の誓いだ。なんで最初にやるべきイベントを最後にやるかといえば、魔力を伴った儀式だからだ。書類に名前を書くだけではなく、宣誓そのものに効果が発生するため、身も心も影響を受ける。


 もし宣誓を失敗したら――最悪の結婚生活になるだろう。


 誓いの儀式を取り仕切るのは、魔界一の魔法の使い手――魔女のおばばだ。おばばは魔女の箒をくるんっとまわすと、我輩と花江殿とエミリアの顔を睥睨した。


 おばばのしわしわの顔は、巨木の年輪みたいになっていた。今日はお遊びをやるつもりはないらしく、いつになく真剣だった。


「二等書記官さんは、どの立場から結婚を誓うのかね? 肩書き、名前、栄誉、力、あらゆる要素が宣誓に左右する。ちゃんと心を整えてからでないと、不幸な結婚生活になるよ」

「我輩は…………」


 我輩は、どの立場から宣誓するのが最良なのだろうか。


 魔界で生まれた由緒正しきグレーターデーモン。魔界統一戦争の英雄。魔王城に努める二等書記官。


 花江殿に召喚されてからは、失敗と逮捕ばかりのギャグみたいな存在。


 格好をつけたいなら、魔界時代の要素で宣誓するべきだろう。魔法が錆び付く前の我輩なら、創作や物語におけるグレーターデーモン像とも一致するから、かっこいいモンスターとして後世に語り継がれるかもしれない。


 だが結婚という祝事にたどりつけたのは、地球で生活したことで我輩の気構えが変化したからだ。もし魔界から一歩も出ない生活だったら、間違いなく結婚できなかったろう。


 つまり、このダジャレみたいな名前は、どんな宝物よりも素晴らしかったのだ。


 だから我輩は素晴らしい未来のためにふさわしい名前で宣誓した。


「我輩は暮田伝衛門である」


 ――こうして二人の妻を迎えて新たな人生が始まった。魔界の二等書記官でありながら、地球支部の総長としての生活が。

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