第82話 ゼクシィ攻撃からのメンデルスゾーン

 ゼクシ○を知っているだろうか。ゼ○シィだ。結婚準備中の女性が必需品として取り扱う伝説の雑誌だ。結婚式場の情報やら、結婚指輪の相場やら、二次会の準備やら、新婚生活の準備やら――とにかく結婚にまつわるエトセトラが膨大な量で載っている。


 その○クシィが、我輩の部屋に置かれるようになった。


 普通に部屋に帰ると、なぜかちゃぶ台の上に二冊置いてあるのだ。


 一冊は花江殿で、もう一冊はエミリアだった。


 なんで誰が置いていったのかわかるかといえば、ゼク○ィには婚姻届の付録がついていて、そこに二人の名前が書いてあったからだ。もちろん印鑑も押してある。


 強烈なプレッシャーを感じたから振り返ると、玄関の隙間から二人の狩人の顔が見え隠れしていた。


 花江殿とエミリアだ。二人は空腹の肉食獣みたいな目をしていて、今にも襲いかかってきそうだった。


 恐ろしい……草食動物の気持ちがわかってしまった。結婚に焦るアラサー女性というのは、これほどの修羅に変貌するのか。


 この恐怖は、今回だけに留まらなかった。毎月新しいゼ○シィが発売されるたび、我輩の部屋に二冊ずつ届くようになったのだ。しまいにはバックナンバーまで届くようになって、我輩の部屋はゼ○シィで埋め尽くされるようになった。


 我輩は濃厚な疲労を感じると、魔方陣を生み出して魔界へ逃げた。


 実家である豪邸に逃げ帰ると、ちょうと兄上が事務仕事をしていた。どうやら歴史の古い案件を処理するために、かつての一等書記官である父上に手伝ってもらっているようだ。


 兄上の、いつものオーダーメイドスーツに安心を感じる。というか角と翼と尻尾がある生物はいい。つるつるした生物は怖い。いやむしろ家族以外はご遠慮ねがいたい。


「どうしたわが弟よ。げっそりしているようだが」


 兄上が事務仕事を中断した。


「知っているか兄上。ゼク○ィはナギナタ以上の凶器になるのだ」

「…………相手が結婚を焦っているわけか」

「もっとゆっくり考えたいのだ。だってつい先日だぞ、あんなに距離が接近したのは。それがどうしていきなり……」


 我輩は苦悩しているのに、兄上は楽観していた。


「実はこっそりお前たちを偵察しているが、どっちと結婚しても大丈夫じゃないか?」

「そういうものか?」

「結婚は難しくもあり、結婚してみないとわからないこともあるからな。あれだけ相性がいいならお互いの弱点も認め合っていけるんじゃないか?」


 妻帯者であり人生の先輩でもある兄上の言葉を重く受け止めると、我輩はひっそりと長屋に戻った。


 ゼク○ィは相変わらず増えていた。さらにたまごクラブまでラインナップに加わっていた。


 さすがにたまごクラブはまずいだろう。兄上ですら子供がいないのに、いきなりパパになれというのか。


 てっきり我輩が逃亡したことで結婚攻撃の手を緩めるかと思っていたが、まさか追撃戦に入るとは思わなかった。逃亡する標的の背中に追加攻撃を加えて壊滅させるのは常套手段だが、結婚も戦争と同じなのかもしれない。


 ふと電話の声が聞こえた。否――わざと我輩に聞かせているんだろう。まずは花江殿。


「あ、お母さんですか。そろそろ結婚できそうなんです。はい、はい、式が決まったら連絡しますねー」


 次、エミリア。スマートフォンの魔方陣アプリを使って魔界の母親と通信していた。


「ママ? うん、地球でいい人見つけられたの。結婚したら人妻アイドルでやっていこうかなって。じゃあ、式の日が決まったらまた連絡するから、じゃーねー」


 ………………プレッシャーだ。次々とプレッシャーを与えて結婚を早めようという作戦だ。


 我輩が長屋の庭で呆然としていたら、通行人が我輩に普通に話しかけた。


「あのー、駅ってどっちですか?」


 女子大生だ。垢抜けていないあたり、おそらく上京してきたばかりなのだろう。東京は道がわかりにくいから、普通に駅の方角を確かめているだけだ。


 しかし二人の狩人は、和弓とエルフ弓で、女子大生の足元へ威嚇射撃を行った。


 女子大生は、般若みたいな顔をした二人のアラサー女子に恐怖すると、悲鳴をあげながら逃げていった。


「二人ともやりすぎだ。ただ道を訪ねてきただけなのになんてことを……」


 我輩が咎めると、二人は気持ち悪いほどの笑顔になった。


 まずは花江殿から。


「もしかしたら十代の娘が急速接近するかもしれないので」


 次にエミリア。


「油断できないからよ、若い子は」


 まずい。これ以上選ぶのを長引かせると、周囲の人々へ損害が出るだろう。しかしまだ時間が欲しかった。だから我輩は、二人に反則技を使って時間稼ぎをすることにした。


「二人とも我輩と結婚だ。我輩は貴族だから側室がいたってなんら問題はない! それがイヤならもっと迷う時間をくれ!」


 どうだ、これなら結婚を先延ばしにするだろう。我ながら名案、これで完璧な時間稼ぎが――


 ――――――パパパパーン、パパパパーン、パパパンパパパンパパパン、タタジャーンジャーンジャジャンジャン。


 メンデルスゾーンの結婚行進曲が流れていた。今は結婚式の入場シーンである。


 我輩はタキシードに身を包んでいた。右手にはウエディングドレスの花江殿、左手にはエルフの花嫁衣裳を着たエミリアを連れて、式場の花道を歩いていた。


 結局、二人は正室と側室で結婚することを受け入れてしまった。そこからはとんとん拍子ですべてがきまり、あっという間に結婚式だ。


「どちらが正室かは決めていませんからね」


 花江殿は嬉しそうにいった。


「きっとあたしだけど、まぁ棚上げにしておくことにしたから」


 エミリアも楽しそうだった。


 ドラクエ5では、ビアンカとフローラの二択しかなかった。主人公はグランバニアの王様なのに、二人と結婚するという選択がなかった――まぁ結婚当時はグランバニアの王族であることすら知らなかったからしょうがないだろうが。


 とにかく我輩はチートコードを使ってビアンカとフローラの二人と結婚したようなものだ。天空の花嫁が二人。すごいことになったな。


 まぁいいさ。いざ結婚してみると、結構いいものだ。今日ほど自分が貴族でよかったという日はない。


 ――というわけで次回予告、暮田伝衛門・結婚式特集、お楽しみにな!

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