第81話 公的な書類は怖いコワイ

 新幹線。地方へ遠征するときお世話になる乗り物だ。電車の一種であり、かなりの速度で走る。


 そんな乗り物を、我輩は走って追いかけていた。


 なぜなら花江殿が忘れ物をしたからだ。しかし彼女は忘れ物をしたことに気づいていないから、予定時刻の新幹線に乗ってしまった。だから我輩がこうして新幹線を追いかけていた。


 時速換算すると300キロだろうか。ずだだだだだと激しい足音で走っていた。空を飛んで追いかけたほうが楽なのだが、それだと新幹線の客がびっくりするんじゃないかと思って走ることにしていた。


 ――訂正。走って追いかけても新幹線の客はびっくりしていた。


 うーむ、どうやら地球には時速300キロで走れる人型の生物がいないらしい。一人ぐらい存在していても面白いと思うのだがなぁ。ほらジャマイカのボルトとか、もうちょっとがんばれば音速で走れそうな気がする。


 とにかく花江殿に連絡を取ることにした。走りながらスマートフォンで電話した。


『もしもし暮田さんどうしたんですか? 今新幹線なんですけど』

「忘れ物をしたろう。なにかの書類だ」

『えっ……あっ! 大変、大会の応募書類ですねっ!』


 彼女は大阪で開催されるナギナタの武術大会に出場するのだ。ちなみに今年で五連覇中。もし応募書類を忘れてしまったら不戦敗となって連覇がストップしてしまう。


「ちゃんと書類を持ってきた。ちなみに今新幹線を追いかけている」

『追いかけるって新幹線をですか。暮田さん、ずいぶんと走るの早いですねぇ~』


 花江殿が新幹線の窓から我輩に向けて自然体で手を振った。やっぱり花江殿は我輩が超人的なことをしてもあんまり驚かないな。それが一種の才能なんだろうが。


 おっと話が少しそれたな。


「ところで、書類はどうやって渡せばいいのだろうか?」

『新幹線って窓が開かないんですよね。だから次の停車駅で――あ! 暮田さん、前、前見て前っ!』


 ――ごすん、むぎゃ! 我輩は線路脇に転がっていた岩石に正面衝突した! あいたたた……地方都市は山をくり貫いた地形だものなぁ。岩があって当然だった。あー油断した。


 ん……あああああ、書類がビリビリにやぶけてしまった! それもそうだよなぁ、時速300キロで岩石に衝突したら紙は破れるよなぁ……!


 かといって書類をヘタに修復したら公文書偽造になってしまう。栄えある大会を偽造書類で参加なんて優勝にケチがついてしまうだろう。


 さっそく我輩は翼で飛んで一瞬で長屋へ戻った。時間との勝負だ。まずはナギナタ大会の公式ホームページから白紙書類を印刷。次は印鑑だ。


 花江殿が日々を暮らす管理人室へ潜入した。印鑑はどこだろうか? がさごそと探していたら、誤って下着の引き出しをあけてしまった!


 色とりどりのブラジャーとパンツが丁寧に詰まっていた!


 違うそうじゃない! 本当に下心なんてなくて、印鑑がほしいだけだ!


「伝衛門さん。いきなり花江さんの部屋に入るから何事かと思ったら……」


 エルフのエミリアが白い目で見ていた。


「違う! 我輩はただ印鑑を探していただけだ!」

「本当に? 発作みたいに欲情したんじゃなくて」

「人聞きの悪いことをいわないでくれ」

「ふーん。ちなみに印鑑なら、たぶん、ここじゃないかしら。女の勘で」


 エミリアが押入れの戸棚を開いたら、印鑑を発見した。


「すばらしい! あとは本人が書き込むだけだな」


 空を飛ぼうとしたら、エミリアが尻尾を掴んで止めた。


「あたしも連れていって」

「なぜ」

「だって花江さんは大阪に遠出でしょう? ちょっとした旅行じゃない。あたしタコヤキに興味があるわ」

「ああもう! わかった、振り落とされるなよ」


 エミリアを尻尾で包むと、空を飛んで新幹線を追いかけた。


「ひぃいいいいいいいいいい! グレーターデーモンってこんなに飛行速度速かったのおおおお!」


 エミリアが金髪を振り乱しながら絶叫した。


「エルフだって魔法で空を飛べるだろう?」

「こんなに早く飛べないわよぉおおおおお」


 なんて会話しているうちに新幹線に追いついた。なぜなら線路の途中で停車していたのだ。


 なにかトラブルか? どうやら悪いやつが運転席を占拠しているようだ。目つきのイってしまった男性がなにかを要求していた。


「魔界48のエミリアちゃんと結婚させろ! さもなくば新幹線を爆破する!」


 真性のダメな人であった。あんなやつ適当に魔法でぶっ飛ばして警察に引き渡せばいいだろう。いまはまだ我輩が犯人の視界に入っていないから、物陰から魔法の縄で捕まえればいい。


 だがなぜか花江殿が出てきた。


「名案ですね。あなたが泥棒ネコと結婚してしまえば、わたしが暮田さんを独り占めできますから」


 花江殿の邪悪な提案によって、潜んでいたはずのエミリアが大声でキレた。


「なに勝手に決めてんのよ!」


 あぁ、やってしまった。犯人が我輩の存在を認識してしまった。これで安全に捕縛というわけにはいかなくなったぞ。


 そんな我輩の苦労など知らずに、花江殿がエミリアを挑発した。


「アイドルは大変ですねー。結婚相手もよりどりみどりー」

「あんなの大金積まれたって願い下げよ!」


 …………二人とも、爆破予告をした犯人を刺激しないでくれ。


 案の定、犯人は怒り狂った。


「エミリアちゃんにフラれた! もう一緒に死ぬしかない!」


 かちりと爆弾のスイッチを押すが――爆発はやってこない。


 もちろん我輩が対策済みだった。


「なにかの電波を受信して爆発する仕組みだろう。なら新幹線の電波を魔法でシャットアウトすればいいわけだな」


 我輩は魔法で新幹線付近の電波を消去してあった。爆弾さえなければ恐れる相手ではないだろう。さっさと犯人を物理的なロープで拘束した。


 一件落着。我輩は大会の出場書類を取り出そうとしたのだが、花江殿もエミリアも似たような勘違いをした。


「まさか……婚姻届け!」

「そういえば花江さんの印鑑をあさってたのって……」


 我輩は即座に否定した。


「ナギナタ大会の必要書類が破れてしまったから、新しいやつを用意しただけだ!」


 自分で言ってから、スマートフォンのデジタル時計を見た。


「…………もうすぐ大会はじまるんじゃ」


 我輩は、花江殿とエミリアを魔力の網でぶらさげると大阪へ飛んだ。ギリギリで間に合った。書類もその場で書くことで認めてもらえた。


 だがいつのまにか書類が一枚増えていた。


 本物の婚姻届だった。


 しかもあとは我輩が印鑑を押すだけになっていた。


 花江殿とエミリアが怖い笑顔で迫ってくる。なぜか二人ともナギナタで武装していた。断ったらぶっ叩いてきそうだ。


 ………………今日の物語はこれまで! じゃあな、みんな! 次回まで我輩が生き延びていたらの話だが!

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