我輩は暮田伝衛門(グレーターデーモン)である ~魔界から召喚された魔族の我輩が、いかに活躍し、いかに尊敬されたか(みなさん嘘ですからね。暮田さんは働かないで遊んでばっかりですよby地球人の花江陽子)~
第61話 三匹の動物を追って(3)~高山への階段~
第61話 三匹の動物を追って(3)~高山への階段~
三匹の動物たちを回収すると、転送魔法で魔界にやってきた。トラバサミで怪我をしたタヌキのタヌ吉を回復魔法で治すためであり、迷子のアルパカ・ペリペリの群れへ帰してあげるためだった。
ちなみにタヌ吉と会うのは二度目だ。以前、長屋で珍騒動を起こして、我輩と一緒に花江殿にお仕置きされた仲である。あんまり自慢になる間柄ではないが、中々賢いやつだったから彼らの冒険では知識が頼りになったことだろう。
魔界の医者に回復魔法で治してもらいながら、三匹に事情を聞いた。どうやらサルのウキ助が中心となって、迷子のアルパカを群れに戻すためにがんばっていたようだ。素晴らしき友情である。ふと魔界統一戦争で失った大勢の友人を思い出して、せつなくなった。
迷子のアルパカを群れに戻す具体論を語る前に、火の扱い方を覚えてしまったサルのウキ助と腹を割って話さなければならなかった。サル山のボスは火を使うかどうかは自らの意思で決めると正論をいっていたが、消化方法を会得していない動物が使うことは危険すぎると思うのだ。
そのことはウキ助自身も、山火事を起こしたことで納得しているらしく、神妙な顔でうなずいた。
「もう火は使わない。絶対にさ」
彼なら大丈夫だろう。もう二度と山火事を起こすことはない。
次に解決すべき問題は、迷子のアルパカ・ペリペリだ。彼は魔界から地球へ落ちてしまった。理由は不明であり、この子は群れに戻りたがっていた。
戻してやることは……やってやれないことはないだろう。だがその前に高山には特殊な掟があった。
「彼らは一度でも高山の外へ出てしまったものを部外者として扱う。ペリペリが帰ることを認めてくれないだろう」
事実を告げたら、ペリペリがぽたぽたと涙をこぼしながら、我輩に聞いてきた。
「僕、自分の群れに帰れないの?」
「…………難しいだろうな」
「だって僕、なにも悪いことしてないよ。ただ川で魚を食べていただけなんだ。帰りたいよ。群れに帰って、お父さんとお母さんに会いたい」
ペリペリは、わんわんと泣き出した。
泣いて当然だろう。理由もわからず、いきなり地球へ放り出されたのに、わけのわからない掟のせいで、自分の群れに帰れないのだから。
やはり我輩がひと肌脱ぐしかないだろう。たった一匹のアルパカすら助けられないで、グレーターデーモンなんて名乗ってはいけないのだ。
なお高山へ入る方法だが、高山への階段を使えばいい。しかし現在は封印されていた。
なぜなら、あの地域を治める権力層であるウォーウルフ族は、魔王殿が嫌いだからだ。ウォーウルフ族はクソ真面目で、融通が利かなくて、犬としてのプライドが異様に高いため、魔王殿が事務仕事をサボることが許せない。
魔王殿も生真面目なばかりのウォーウルフ族を毛嫌いしていて、お互いの合意で高山へ繋がる階段を封印してしまった。
あくまで物理的な移動手段による境界線が断たれただけなので、転送魔法を使えば高山へ入ることはできる。だがあくまで理論上の話であって、本当に実行すると戦争になる。
公職に就いた人物は、ただ歩くだけで政治的な意味を持ってしまう――我輩は魔界の官僚なので、高山へ入るためには公的な許可が必要なのだ。
かといって魔王殿に封印を解く許可をもらいにいっても、まず間違いなく門前払いだろう。仮にも一つの世界の王が、たった一匹のアルパカのために封印を解くはずがなかった。
だからこそ我輩が独断でやる。グレーターデーモンという種族の誇りにかけて、迷子のアルパカ・ペリペリを群れに戻してやるのだ。
そのためには魔女のおばばの協力が必要だった。魔王殿の封印を解除するには膨大な魔力と、緻密な魔法式が必要だ。城勤めの魔法使いなら誰でも実行可能だが、魔王殿の許可なく封印を解く“バカ”はいない。
だから、魔界一の変わり者であるおばばが頼りであった。
我輩は、三匹の動物を連れて、おばばの住む深い森へ飛んだ。三匹たちは、良くも悪くも純粋だ。食うか食われるかの野生の掟を普通に受け入れている。
かつての魔界も、食うか食われるかの時代があった。だが魔王殿が魔界を統一したことで、意味もなく他の種族を食べることが禁じられた。
となれば、食べていい動物の境界線はどこにあるか、で揉めた。各地の豪族や豪商たちの利益とも衝突するため、当時調整役をやっていた父上が日に日にやつれていくのが印象的だった。
結論からいえば、一定以上の知的指数を保った動物は食べないことで最終決着となった。オーク族やミノタウロス族が食卓に並ばないのは、そういうことだ。
かつての魔界の殺伐とした風景を思い出しながら空を飛んでいれば、深い森に到着した。鬱陶しいほど暗い森だ。雰囲気が悪いのではなくて、変わり者ばかり集まっているから、姿を隠すために植林して森を濃くしたのである。
そんな妖しい森の元締めでもある魔女のおばばと合流した。おばばは、我輩が長屋でニュースを見ていたときから、遠見の魔法で現状を把握していたので、これからやろうとしていることに警告を与えてきた。
「おばばは老い先短いから、魔王様の逆鱗に触れて消し炭にされてもかまわんのさ。だがあんたはまだ若い。名誉も地位も肩書きまである。なのに、たった一匹のアルパカを助けるためにすべてを投げ捨てるのかい?」
人生の酸いも甘いも知った老人の、真面目な警告。おばばの顔の皺がよりいっそう深みを増して、しゃがれた声が呪文のように鼓膜を打つ。しかし我輩に迷いはなかった。
「本人に責のない理不尽から守れないでなにがグレーターデーモンか。たとえ魔王殿を怒らせても、我輩はペリペリを助けるぞ」
落ち着いた心境で断言すれば、おばばは協力することを快諾した。いたずら好きのおばあさんだが、根元のところでは熱い心の持ち主であった。
手短に準備を整えると、おばばが滋養強壮剤を服用してパワーアップ。高山への階段の封印を解いていく。
三匹の動物たちは、これから起きる大騒動を怖がっていたが、勇気の灯火は消えていなかった。彼らなら必ずや迷子のアルパカ・ペリペリを群れまで送り届けるだろう。
ついにおばばの力で、魔王殿の施した封印を解除。白亜の階段が生まれた。天高く伸びる階段であり、頂上は空間が歪んで先が見えない。
あの歪みを越えたら、高山へ入れる。我輩は魔界の官僚だから三匹の動物たちの護衛ができないため、階段から送り出すまでが仕事になる。最大級に骨の折れる流れになるだろう。
いざ階段へ、と思ったら魔王殿が城での事務仕事から抜け出してきて、こちらの森まで飛んでくるというアクシデントが発生した。もし階段の封印が解除されていることを目撃されたら我輩たちの命が危ういので、おばばが箒で飛んでいって魔王殿の陽動作戦を開始。
「魔王さま。たまにはおばばとお茶しませんか」
「なんでオレが老婆とお茶するんだよ……もっと若い子にするだろうよ……」
「老婆とたあいもない世間話ができるのも、優れた為政者のお仕事ですよ」
「ふーむ、一理あるな。よし、茶を用意せよ」
おばばの上手な口車で魔王殿は遠くの空へ飛んでいった。裏返せば、おばばの援護は期待できない。我輩ひとりで三匹の動物を守ることを意味していた。真面目に戦うのは久々だ。うまくやれるといいのだが。
高山の勢力を挑発するように、わざとらしく高山への階段に足の裏で触れた。
――まるで白血球がウイルスを察知したように、歪みの向こうからウォーウルフ族の飛行タイプが千体以上出現した。中型犬ぐらいの身体で光る翼が羽ばたいている。速度と顎の力が自慢なやつらだ。個体としては怖くないが、集団になると脅威になる。
「グレーターデーモンだ!」「やつを倒せ!」「腕が鳴るぜ!」
彼らをいかにして怪我させないで鎮圧するかが大事になってくる。あくまで迷子のペリペリを群れに戻してやることが目的であって、彼らに勝つことが目的ではない。一匹でも殺してしまえば、外交関係が悪化して、最悪戦争になる。
「グレーターデーモンは油断しているぞ、総員、撃て!」
ウォーウルフの得意技、口内から放つ火炎球と氷の槍。それらが生真面目さに裏付けられて一斉発射。まるで炎と氷の嵐だ。魔力を帯びた攻撃の塊を、回避せずにすべて我輩の肉体で受け止めていく。高山への階段を駆け上がっていくウキ助・ペリペリ・タヌ吉に流れ弾が当たらないように。
いくら火炎球と氷の槍が直撃しても痛みは少ないが、焦りが生まれた。想定しているより我輩は魔法も体術も錆び付いていた。現役時代ほど器用に立ち回れない。殺到してくる千体の犬を受け止めるだけで精一杯である。もし敵の増援が予期せぬ角度から出現したら、三匹を守れないかもしれない。
嫌な予感ほど的中するものだ。階段の終着点である空間の歪みから、敵の増援が出現。しかも運悪くウキ助たちの正面から。彼らは火炎球と氷の槍でか弱き動物たちを引き裂こうとした。
くそっ、今の我輩では間に合わない! こんなことなら父上のアドバイスに従って地球でも体を鍛えておくべきだった!
――なんと魔女のおばばが箒で急上昇してきて、火炎球と氷の槍を弾き飛ばした。さすがおばばだ、年を重ねても腕前は衰えていない。本人いわく『ぴちぴちのギャルだったころは、もっと強かったぞい』らしい。
魔王殿の動向が気になったが、どうやら兄上が城に連れ戻してくれたようだ。さすが兄上、高山の連中みたいに生真面目なだけある。お仕事をサボった魔王殿を許さないわけだ。
とにかく我輩とおばばが囮をやることで、三匹の動物たちは無事に高山へ侵入。あとは彼らのがんばりしだいだ。困難が待ち受けているだろうが、我輩にはなにもしてやれない。
「さぁて二等書記官さん。ここからが本番だよ、おばばたちのねぇ」
おばばが準備運動するみたいに箒を振り回した。
「そろそろ来るだろうな。一番厄介なのが」
我輩はこきこきと手足の間接を揉み解した。これからやってくる災害みたいな脅威と戦うために。
やがて階段の頂上の歪みから、ひゅっと青白い毛玉が姿を現した。
高山王である。ウォーウルフ族の頂点に君臨する青い毛並みの犬で、高山を支配している。魔王殿に勝るとも劣らない腕前の持ち主でもあった。残念だが、現役時代の我輩でも勝てない。いくらおばばとタッグを組んで立ち向かっても、どうにかなる相手でもない。
なのに高山王は、青い毛を逆立てて、ぐるるっと唸った。
「余の顔にドロを塗ったこと、後悔させてやろう、グレーターデーモンの二等書記官」
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