第58話 消せるボールペンとエロゲーヒロインと青龍偃月刀

 ボールペン。事務作業の必需品で、公的な記録を記載するためには修正の効かないペンが大事になってくる。


 なのに最近は、擦ると消えるボールペンが流行しているそうだ。


 本末転倒ではないだろうか。我輩みたいに“悪用”するやつが出てくるから。


 かりかりかりかり。我輩は管理人室に忍びこむと、長屋の帳簿を細工していた。花江殿はうかつにも、擦ると消えるボールペンで帳簿を書きこんでしまったのだ。まったく油断大敵だな。


「わざとやったんですよ。大きなネズミが忍びこんでくるんじゃないかと思って」


 花江殿がナギナタを持って仁王立ちしていた。


「………………申し訳ありませんでした!!」


 我輩は額を地面にこすりつけて土下座した。物語開始数行で悪事がバレて謝罪したのは初ではないだろうか。最近の花江殿は名探偵のように行動を先読みしてくる。


「どうも最近の暮田さんは謝罪に誠意が足りないようですね」

「だって悪気があって悪事を働いたのだから、謝っても際限がないというか」

「わけのわからないことをいわないでくださいっ!」


 ごいんごいんごいんっと痛烈なナギナタ三連発! 阪神がバックスクリーンに三打席連続で叩き込んだみたいな衝撃が脳内に走った! バース・掛布・岡田サイコー!


「あいたたた……なんだか久々にナギナタで殴られた気がするなぁ」

「物語の幅が広がってきたので、ナギナタ以外でも痛い目に遭うようになりましたからね」

「面目ない」

「ところで、なんの数字を書き換えていたんですか?」

「……電気代だ」

「そういえば暮田さん、先月から急に電気代がかさむようになりましたね。なにかやましいことをしているんでしょう」


 ある意味でやましいことである。十八歳未満禁止のPCゲーム、いわゆるエロゲーに誤って擬人化の魔法をかけてしまったのだ。以前、ボーカロイドに擬似生命を与えたことがあったが、あのときと違って完全な暴発だった。


 なおエロゲー擬人化のことは秘密だ。花江殿に伝えるわけにはいかないだろう。だってエロゲーだぞ。他人に知られたくない事柄の一つではないか。


「我輩なにも悪いことをしていないぞ」

「つまり悪いことをしたんですね」

「いきなり疑ってかかるのはよくないことだ」

「そういう正論は清廉潔白な人がいって初めて効果があります」


 花江殿は我輩の部屋へ勇ましい足取りで向かってしまった。


「ま、待ってくれ。上級魔族にだってプライバシーの権利はある。いきなり部屋を調べるのはどうかと思うぞ」

「私の部屋である管理人室へ忍びこんだ人にいわれたくありません」

「うぐ…………と、とにかく、少しだけ待ってくれ。五分ぐらいでいいから」


 しつこく懇願して花江殿に部屋の外で待ってもらうと、我輩は自分の部屋へ急いで入った。


『伝衛門おにいちゃん。やっと帰ってきてくれたんだね。わたし寂しかったの』


 アニメ声のエロゲーヒロインが、現実世界で待っていた。いわゆるロリロリな顔とツインテールなのに、首から下は成人女性みたいにナイスバディという男性の欲望を全開にしたキャラだ。なお首の裏から魔力の紐が伸びていて、デスクトップ画面と繋がっていた。


 なんでこんなことになったかといえば、川崎から三国志を題材にした戦略系PCゲームを借りたことが発端だ。我輩は地球の文化である三国志を堪能しようとワクワクしながらパッケージを開いたのだが、内部にはエロゲーのディスクが入っていた。


 ゲーマーとしてはよくある話だ。いちいち正しいパッケージを探すのがめんどくさいから、ついつい今プレイしているゲームのパッケージに戻してしまう現象は。


 しかし本件に関しては事情が違った。なんと川崎はワザとディスクを入れ間違えていた。


『暮田さん! 僕にエロゲーヒロインの彼女を作ってください! 大学生にもなって童貞=年齢な人生に耐えられなくなりました!』


 あまりにも彼が必死だったから、しょうがなく擬人化の魔法を使った。しかし三国志のパッケージに入れたまま擬人化したせいで、微妙に魔力式が狂ってしまったのだ。【エロゲーヒロイン】として擬人化したはずが【三国志の英傑】というパラメーターが入ってしまったのである。


「あー、ところでエロゲーヒロインよ、そろそろパソコンを人質にとって立てこもるのをやめてくれないか。お前のせいで電気代がかさむのだ」


 当たり前だが、我輩は失敗した魔法だから彼女を消そうとした。しかしエロゲーヒロインは、消去されることを嫌がってハードディスクと融合してしまったのだ。


 もし強引に魔法を消したら、ハードディスクも一緒に壊れてしまうだろう。


 しかしハードディスクにはゲーマーとしての華々しい記録が残っているから消したくなかった。


『なんでそんなこというの伝衛門おにいちゃん!? わたしのこと嫌いになっちゃったの!? 兄妹であんなに激しい夜をすごしたのに!』

「設定の話を現実に持ちこまないでくれ……」

『設定なんてひどい! わたしの初めてをお兄ちゃんに捧げたのに!』

「だからそれはゲーム内の設定であって現実ではなにも――」


 がらっと玄関がひらいた。花江殿がわなわなと震えていた。


「ま、ま、まさか未成年を神聖な長屋に連れこんで不順異性交遊していただなんて……!」

「落ち着いてくれ。これは誤解以前にゲームの設定だ」

「ゲーム!? 設定!? そんな言葉で女の子を軽く扱うなんて、絶対に許しませんっ!」


 ごいんごいんごいんごいんごいん………………無限ナギナタコンボが始まった!


「よせ! さすがの我輩もHPゼロで死亡するぞ!」

「さっさと死ね――っっ!」


 ぱしっとエロゲーヒロインな妹がナギナタを素手で受け止めた。


『おにいちゃんをいじめないで』


 さすが三国志の英傑がパラメーターとして設定されているだけあって、見た目と違って強いみたいだ。


「よーくわかりました、つまりあなたも倒せばいいんですね?」


 花江殿が本気の構えとなり、エロゲーヒロインとバトルをはじめてしまった。だんだん話の方向性がおかしくなってきたな。女傑は二人とも出演する作品を間違えていないかな?


 しかもいつのまにか理系大学生の川崎がやってきて、我輩の膝にかじりついた。


「お願いします暮田さん、エロゲーヒロインの彼女をコントロール可能にしてください! 僕が近づくと三国志な技で殴ってくるんですよ! こんなのあんまりだ!」


 だ、だめだ、今日は我輩が冷静にならないと話の収集がつかなくなる。


「落ち着け川崎。お前に必要なのは、現実の彼女だ」

「うわあああああああああああああ! それができたら誰も苦労しないいいいいいいいいい!」


 川崎は頭を抱えて地面をのたうちまわった。よし、これで一人は鎮圧したぞ。


 あとはバトル展開をはじめてしまった花江殿とエロゲーヒロインをどうにかするだけだ。


 ――はっと気づいた。そうだ、流行のボールペンみたいに擬人化の魔法を書き換えればいいんじゃないか。我輩はさっそくエロゲーヒロインな妹の本体である『三国志のパッケージに入れられたエロゲーディスク』に魔法の上書きを実行した。


 するとエロゲーヒロインの妹が、なぜか青龍偃月刀を装備した。


『我こそは関羽雲長なり!』


 いかん! 擬人化の魔法が三国志のノリに近づいて、外見はエロゲー妹のまま中身が三国志の英傑になってしまった!


「わたしは花江陽子。長屋〈霧雨〉の番人です。不埒な女に負けるわけにはいきません!」


 花江殿まで名乗ってしまい、ナギナタと青龍偃月刀が火花を散らしながら切り結ぶ。


 よせやめろ、やっぱりお前ら出演する作品を間違えているだろう。


 なんてツッコんでいる場合じゃない。次こそは、ちゃんと魔法を上書きしないと。よし、もう一度実行だ!


 すると今度はエロゲーヒロインの外見が本物の関羽に変化して、きゅっとエロゲーヒロイン特有の萌えなポーズをとった。


『おにいちゃん大好き!』


 き、厳しい。むさくるしい髭面と野太い声でおにいちゃん大好きって、義兄の劉備のことだろうか…………。


 うん、そろそろツッコむのも疲れてきたな。ハードディスクのデータは諦めて、魔法を破壊してしまおうか。我輩が魔法を消去するために三国志のパッケージに手のひらを向けたら、川崎が復活した。


「そうはさせませんよ暮田さん! 僕はエロゲーヒロインな彼女が欲しいんですから!」


 川崎が三国志のパッケージを守るのと、我輩が魔法を消去するのは同時だった。


 ――――後日。川崎は夢をかなえた。ただしエロゲーヒロインの肉体は、青龍偃月刀であった。


『川崎おにいちゃん大好き!』

「違うんだ。僕は女の子と付き合いたいのであって、三国志の武器と付き合いたいわけじゃないんだ……」

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