我輩は暮田伝衛門(グレーターデーモン)である ~魔界から召喚された魔族の我輩が、いかに活躍し、いかに尊敬されたか(みなさん嘘ですからね。暮田さんは働かないで遊んでばっかりですよby地球人の花江陽子)~
第59話 三匹の動物を追って(1)~サルに火の使い方を伝えてしまった責任~
「サルのウキ助が大冒険」連動企画 リンクはこちら https://kakuyomu.jp/works/1177354054882780691 中編限定でバトル展開解禁。真面目な我輩が見られるぞ
第59話 三匹の動物を追って(1)~サルに火の使い方を伝えてしまった責任~
長屋の管理人である花江殿と一緒にニュースを見ていた。内容はご近所トラブルだ。長年親しくしていた住民同士が、ささいな事をきっかけにいがみあうことになったという。
「ご近所トラブルって本当に怖いんですよ。長屋の住人同士で喧嘩になったら、わたしが仲裁しなきゃいけないし、引越しなんてことになったら家賃収入が減ります」
花江殿は、不動産の管理人だから、切実な話題だろう。
「賃貸のいいところと、一軒家のいいところは、表裏一体だな」
「そして悪いところはどちらも一緒なんです。隣人は自分で選べない」
ニュースの内容が切り替わって、最近の話題になった。
『珍しいおサルさんの話題です。なんと尻尾で魚を釣るそうですよ。しかも視聴者の目撃情報によれば、自分で火をおこして焼き魚にするらしいです。賢いサルがいたものですねー』
我輩ぶーっとお茶を吹きだした。テレビ画面に映っているのは、正月ごろに遭遇したサルの群れだった。我輩が余計なことをしたせいで、尻尾で魚を釣る方法と、火を起こす方法を覚えてしまったのだ。人間社会に注目されるほど目立ったなら……なにかトラブルが起きそうだな。
「暮田さん。わたしに謝ることはないんですか?」
さきほど吹きだしたお茶が花江殿の顔面に命中していた。
「失礼した。ちょっとサルのニュースに驚いてしまって」
「また後ろめたいことがあるんですか?」
「いきなり疑うのは人としてどうだろうか。いや今回に関しては全面的に我輩が悪いのだが」
「悪いと思うなら、対処してきたほうがいいでしょうね」
ごもっともであった。我輩は魔女のおばばが作った翻訳入れ歯を装備するなり、長屋を飛び立った。
びゅーんっと空を飛んで、某県の山中へ着陸。正月ころに接触したサルの群れは、洞窟の前で毛づくろいしていた。うきっうきっむきゃーと気持ちよさそうである。彼らの生活を邪魔するのは不本意だが、火を使うサルのことが気がかりなので、そっと話しかけた。
「失礼する。火を使うサルのことでお尋ねしたいことがあってな」
単刀直入で質問したら、ボスザルが前に出てきた。立派な体格ともっさりした毛並み。いかにも強そうなオスだ。
「誰かと思ったら“ぐれーたーでーもん”な“にとうしょきかん”か。いきなりどうしたんだ?」
技術だけではなく名前まで伝わってしまっていた。やはりむやみに野生へ接触すると、生態系を乱してしまうのだな。反省である。
「お願いにやってきた。どうか火を使うのをやめてもらいたい。動物が火を使うのは大変危険だ。火事になったとき消す術を持たないから」
「その通り。だから川原以外で使うことを禁止してある」
ボスサルが威厳を発揮すると、群れのサルたちがうんうんとうなずいた。秩序が保たれているようだ。
「聡明だな。だからこそ川原以外でも火を使わないでほしいものだ」
「それはお前の傲慢だ。おれたち動物だって便利なものを使いたい。長老がいっていたが、人間だって元々はサルだったんだろう? だったら、火を使うかどうかを決めるのは、おれたち自身だ」
サルに正論をいわれてしまった。なにも言い返せなかった。だが火を与えてしまった責任を放棄するわけにはいかないだろう。
「しかし我輩は、動物が火を使うのは危険だという立場を崩すわけにはいかない。山火事が起きたら一大事だからな」
「気持ちはわかるがね。山火事になったら、うちの群れだけじゃなくて、他の群れにまで焼け死ぬやつが出てくるから」
「ならば火を使うのをやめてもらえるのか?」
「うーん…………基本的には使わない。ただしどうしても必要になったときに使う。それでいいか?」
ボスになるだけあって交渉に強いサルだ。彼が聡明なのは、後ろに控えた長老サルの助言を受け入れているからだろう。
「なら条件を追加だ。近くに燃えそうなモノがあるときは絶対に使わない」
「当たり前だ。だから川原以外じゃ使うのを禁止した。あそこなら石ころと水しかないからな」
石と水は延焼しないことを悟っているわけか。なんて賢いサルだ。もし次に人類へ進化する群れがあるとしたら、このサルたちだろう。
我輩が安心して帰ろうとしたら、ボスが引きとめた。
「待ってくれ。一つ言い忘れていた。そもそもうちの群れで火を使えるのは一匹だけだ。名前をウキ助。好奇心旺盛で手先が器用なやつだ。他のヤツだと火を使いたくても使えん。だからあんたが心配したところで、大事にはならない」
「それを早くいってくれ……念のためにウキ助にあわせてもらえるか?」
「つい先日出発したよ。迷子のアルパカを群れに戻してやるために」
迷子のアルパカというキーワードに違和感があった。スマートフォンでぽちぽち情報を検索すれば、やっぱりアルパカは自然な生態系に存在しなかった。牧場などの人工的な庇護下にあるのみだ。
「迷子のアルパカに変わった特徴はなかったか?」
「そうだなぁ……あいつ、川魚を食べたんだよ。馬のくせに」
「草食動物が魚を食べた……?」
アルパカの正体に一つの仮説が浮かんでいた。ただし確定ではないので、わざわざ口に出すことはない。というか仮説が的中してしまったら、大変なことになる。魔界を巻きこむ騒動になるのだから。
「ボスザルに最後の質問だ。ウキ助は、切羽詰ったら、使ってはいけないところで火を使うやつか?」
「使うかもな。あいつは仲間想いだから」
やはり直接会って、火を使うことの危険性を説いたほうがよさそうだ。
ボスザルに挨拶してから、サルの群れが生息する山から垂直上昇すると、上空から地表を眺めた。
サルの体力と歩幅で移動可能な範囲を計測する。一日か二日かけて移動しても県境へ移動できるかできないかぐらいだろう。サルとアルパカなんて組み合わせで動けば、間違いなく目立って人間の目撃報告が出てくるはずだ。
魔法で聴力を強化すると、人間の会話を拾っていく。すると興味深い発言があった。
「この道は危ないからね。凶暴なおサルさんとアルパカがコンビニ弁当を盗んじゃうの」
車の運転手だ。かの人物が走っている道路をなぞっていくと、近くに規模の小さい村があった。なにか情報が集まっているはずだ。
地元住民を怖がらせないように、いったん村はずれに着陸してから、早歩きで村の役場へ向かう。田舎の村で素早く情報を収集するなら、役場か農協だ。地方の賢い人たちが就職する場所だからである。
それにしても田んぼと畑しかなかった。農道も舗装されていなくて、山の稜線が伸びるばかりだ。ある意味で懐かしさを感じる。魔界はまだ科学が未発達だから、こちらの風景のほうが馴染み深いからである。
「失礼する。おたずねしたいことがあるのだが」
我輩が役場に顔を出すと、職員がぎょっとした。
「ず、ずいぶんと大柄で毛深い人ですね。それに角と翼と尻尾まである……」
「ロシアのシベリアから来日した。あそこに住んでいると寒さで毛が濃くなる。ちなみに角と翼と尻尾は、全部ホッカイロだ」
定番の嘘をついた。本当は魔界からやってきたのだが、普通の人にいったところで信じてもらえないからだ。
「あー、ロシア。そうですか、あそこ年中寒いっていいますもんね。毛が濃くなりそうだ」
「納得してもらえたところで、さっそくおたずねしたいのだが、サルとアルパカの発見報告があがっていないか?」
「ありますあります。旅行客のお弁当を盗んじゃったんです。害獣は大変ですよ。畑を荒らすし、悪い噂が広まると観光客減っちゃいますからね」
「ちなみに他に変わった報告はないだろうか?」
「変わったというか、害獣駆除の話題ぐらいですかね」
たーんっと銃声が聞こえた。穏やかな田舎では馴染みのない音のはずだが、役場の職員は驚いた様子がない。
「もしかして今の銃声に心当たりがあるのか?」
「地元の猟友会ですよ。コンビニ弁当を盗んだサルは害獣ですからね、ちゃんとしとめておかなきゃ」
そういうことか。人間の食べ物を盗んだサルが猟銃で狙われるのはわからないでもないが、本件に関しては保留してもらいたい。火の使い方を覚えたサル・ウキ助が、もし迷子のアルパカのためにやったのだとしたら……我輩にも責任の一端はあるだろうから。
役場を飛び出すと、急いで発砲の現場へ向かった。二発、三発と発砲音が続いていて、害獣駆除の強い意志を感じた。早く発砲を中止させないと、ウキ助は狩られてしまうだろう。
現場に到着すると、猟師が山の斜面へ銃口を向けていた。我輩の視力ならば、斜面の詳細が見えた。
サル、アルパカ、タヌキの動物パーティーだ。
なんと一匹増えていた。どんどん騒動が大きくなりそうな予感がした。だが射殺という結末はよくないだろう。ちゃんとウキ助を説得しなければならない。
猟銃が次を発砲する瞬間――我輩は射線を遮って弾丸を手のひらで受け止めた。
「な、なんだお前は! 危ないだろう! 銃の前に立つなんて、当たってないからいいようなものを」
彼は手のひらで受け止めたことを認めたくないらしい。まぁ細かいことはどうでもいい。発砲をやめてもらえるならば。
「頼む。もう撃たないでくれ。この問題は我輩が解決する」
「お前都会からやってきたやつだろ。いつも口当たりのいいことばかりいって、おらたちが害獣に苦しむことなんてこれっぽっちも考えやしない」
「いや、我輩も作物が荒らされる問題については把握している。ついでにいうと我輩の父上も定年退職後はハンティングが趣味だ」
我輩の肉親がハンターということに、彼は親近感を覚えたらしく、銃に安全装置をかけてくれた。
「……なんだ? 特別な事情でもあるのか?」
「うむ。たとえるならば、手なずけた動物が悪さをしているから、自分で止めたい感じだ」
「育てた猟犬が他人に迷惑をかけたから、自分の手で決着つけたいときと同じか。ふん、いいだろう。そのかわり、ちゃんと後始末するんだぞ」
猟友会には信じてもらえたが、ここからが大変だ。動物パーティーは山中へ逃げこんだ。彼らはなにかしらの理由で切羽詰ったとき、火を使うかもしれない――自然が豊富な山の中で。
● ● ●
次回予告。はたして三匹の動物は、火を使うのだろうか? 我輩はどうやって動物たちに関わっていくのか。こうご期待!
ちなみに今回の中編は、スピンオフの「サルのウキ助が大冒険」との連動企画だ。こちらのリンクから読めるぞ。
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