我輩は暮田伝衛門(グレーターデーモン)である ~魔界から召喚された魔族の我輩が、いかに活躍し、いかに尊敬されたか(みなさん嘘ですからね。暮田さんは働かないで遊んでばっかりですよby地球人の花江陽子)~
第54話 交通刑務所に咲く因果のあだ花(下) ~プニャイバシーの権利と悪魔バシーの権利~
第54話 交通刑務所に咲く因果のあだ花(下) ~プニャイバシーの権利と悪魔バシーの権利~
刑務所内には、慰労イベントなどに使えるレクレーションフロアがあった。
そこに漫才用のステージを作って、我輩たちが登壇した。
観客である囚人たちは娯楽に飢えているため、まるで炭酸ジュースみたいに盛り上がっていた。
しかし一人だけ盛り上がっていない観客がいた。幼女所長だ。
「なんだよグレーターデーモンの兄弟が猫をつれて漫才って……てっきり刑務所を壊すと思ってたのに……」
どうやら陰謀のアテが外れたようだ。おそらく我輩たちを強引に脱獄させることで世間体を悪くする作戦だったんだろう。ある意味で正しい戦略だ。幼女社長の力量では、真正面から交戦しても我輩と兄上のタッグに勝てるはずがないので、社会的に死なせる方法を選ぶのが最適解なのだ。
ところがどっこい我輩たちはお笑いで対抗する。すでにネタは整っていた。
まずは無愛想な兄上の頭にロン猫を乗せた/一等書記官はロン猫を装備した。魅力が30アップした!
よし、これで生真面目な兄上もボケられるぞ。トリオ漫才開始直前に大事なネタ帳を復唱。
【キャラを強くするために、我輩は敬語、兄上はいつもの口調よりやや乱暴に、ロン猫が語尾にニャをつけること】
以上のお約束をふまえて、トリオ漫才スタートだ!
まずは我輩からネタの火蓋を切っていく。
「はーいどうもー、ダブル伝衛門と猫でーす。ちなみに三人とも人間じゃありませーん」
「おいやめろバラすなバカ弟!」
「バラすもなにも見ればわかるニャ……」
ロン猫が灰色の尻尾でぺしぺしと兄上の角を叩いた。
「失敬な猫だ。人間だって角ぐらい普通に生えるだろう」
「生えるはずないだろお前マジでバカだニャ」
「なんだとクソ猫!」
半分ぐらい本気で怒った兄上を、我輩がドウドウと落ち着かせた。
「まぁまぁ二人ともおちついてくださいよ。そんなことより、ここは刑務所。メシがまずいんです。臭い飯ってよくいうでしょ? 本当に臭かったです……」
兄上が和式トイレでふんばるような姿勢になった。
「もしかしてトイレの水で米を炊いているのか?」
「んニャはずニャいだろやっぱりお前バカだニャ」
「クソ猫で炊き込みご飯を作ろうか!?」
「落ち着いてください兄上。そんなことしたら読者のクレームで掲載サイトごと潰れてしまいます」
「バカ弟はメタネタをやめろ!」
「その反論がすでにメタネタですよ。そうそうメタといえば日本から離れて別の国の刑務所の話なんですけどね、アメリカの刑務所ではカップメンが通貨として流通してるみたいですよ」
兄上とロン猫、そして観客たちが「へー、なんで?」と興味津々になった。
「それがですね、あまりにも食事の質が悪くて量が足りないから、長期保存が可能でたくさんカロリーを補給できるカップメンが重宝されるからですよ」
「ほほぉ。差し入れにカップメンを持っていったら喜ばれそうだな」
「お前ら悪魔のくせにカップメン食うのがおかしいニャ」
「悪魔がカップメンを食べてなにが悪い!」
「そもそも悪魔が刑務所行きになってどうするニャ……」
「たまには逮捕されることもあるだろうさ。悪魔だもの。みつを」
「絶対『相田みつを』はそんなこといってないニャ」
「みつをはみつをでも『悪魔みつを』だ。魔界にいる」
「嘘くさいにゃ……」
「臭いのはお前の足だ――っ!!」
兄上がロン猫のロングブーツを脱がした。ぷぅーんっと汗臭さと獣臭さが臭ってきて、観客席も「本当にくせぇえええ!」とリアルに絶叫した。
「やめるニャ! プニャイバシーの侵害ニャ!」
「それをいうならプライバシーだろうが」
「違うニャ。プニャイバシー。猫が自由に散歩する権利ニャ」
「その臭い足で?」
「だからそれがプニャイバシーの侵害ニャ! 臭い足でも散歩する自由があるニャ!」
我輩は兄上の足をくんくん嗅いだ。
「……兄上もだいぶ臭いですね。熟成したチーズもびっくりですよ」
「いやなたとえをするな! これからチーズを食べるとき思い出すだろうが!」
「なるほど臭いことに自覚はあると」
「ええい! 私は悪魔バシーの権利を主張する!」
「なんですかその権利は……」
「悪魔が自由になる権利だ。交通刑務所の刑期からな」
オチをつけてトリオ漫才が終わったのだが、観客たちは笑いではなく「早く自由になりてぇよぉ」「なんであの日に酒を飲んだんだ……」「かあちゃんに会いたい」と泣き出してしまった。
さらには幼女所長まで、ぐすぐすと鼻をすすっていた。
「なんだよ。どうしてお前らいいやつなんだよ。せめて悪いやつであってくれよ。でないとわたし、地球で生きる気力を保てないだろ」
我輩は、幼女所長の頭にロン猫を装備させた/幼女所長の魅力が30アップした。
「幼女所長よ。魔界に戻りたいか?」
魔方陣を生み出した。円形の図形の向こう側に、現在の魔界の風景が見えていた。
幼女所長は、地形こそ昔のままだが町並みの激変した魔界に驚いた。
「おい待て。わたしが勇者だった時代から何年たってるんだ……?」
「ざっと700年だな」
「人間が七回以上も世代交代する時間が……」
幼女所長は頭上のロン猫を撫でながらじっくり悩み、ついに結論を出した。
「……長年離れた地元より、勝手知ったる異国がいい」
「困ったことがあったらいってくれ。我輩が手助けしよう」
「ずるいやつだ……わたしたちは……かつての勇者軍団は負けて当然だったな」
こうして我輩と兄上は無事に釈放となった。ほんの数日ぶりとはいえシャバは自由だった。空気も綺麗だしメシもうまいことだろう。
「わが弟よ。漫才は新鮮な体験だったな」
兄上はゴキゴキと肩を鳴らした。
「刑務所生活は新鮮ではないのか?」
我輩は、ぐーっと伸びをした。
「お前だってわかるだろう。戦争を経験してしまうと、刑務所は壁と屋根がある安全な場所でしかない」
「比較対象が極端だが、おおむね賛成だ」
「そういえばロングブーツを履いた猫はどうした?」
「ふたたび自由になったよ。プニャイバシーの権利によって」
兄上は珍しく笑うと、柔軟体操みたいに羽と尻尾を動かした。
「さて、私はケルベロスを回収してから魔界へ帰る。お前も事務仕事を手伝わないか?」
「手伝ってやりたいところだが、迎えがきてしまった」
ヘタクソな運転のワゴン車が交通刑務所前へ走ってくる。運転手は長屋の管理人である花江殿だ。なんであんな拙い運転技術で免許がとれたんだろうか……。
とにかく彼女のお迎えに答えてやらねばな。
兄上は納得したのか、我輩の腰のあたりを尻尾で叩いた。
「わかった。私ひとりでやろう。魔王様にも手伝わせたいところだが、釈放を見届けたら逃げ出してしまったからな……ではな、わが弟よ」
兄上が空を飛んでケルベロスを回収しにいったところで、ワゴン車が我輩の前で停車した。
「長屋のみんなで出所記念パーティーの準備をしていますよ。暮田さんのお友達も集まっています、牛みたいな人とか、豚みたいな人とか、他にもたくさん」
「みんな大げさだな。陰謀を解決しただけなのに」
「いいじゃないですか、出所は出所ですから。これからは真人間になってくださいね」
「我輩、人間ではなく、悪魔バシーを大事にする悪魔でね」
「よくわかりませんけど、今後はゴミ当番をサボらないでくださいね」
トリオ漫才ではロン猫が『人間じゃないなど見ればわかる』とツッコミを入れていたが、彼女はわからないわけだ。そんな偉大な感性のおかげで長屋の生活があるわけだが、あらためて考えてみると我輩の人生がお笑いみたいである。
我輩は長屋へ戻るために花江殿のワゴン車に乗ると、発車前に忠告した。
「交通ルールを守って安全運転を心がけるのだぞ。でないと交通刑務所に収監されてしまう」
「経験は語るというやつですか? ふふ。出所した人のいうことですから、肝に銘じておきましょう」
肝に銘じたはずの花江殿の運転は急加速・急ブレーキ・ウインカーの出し忘れのオンパレードであったとさ……。
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