第53話 交通刑務所に咲く因果のあだ花(中) ~設定かぶりと、猫にゃんもふもふと、ダブル伝衛門~

 小学生の女子みたいな所長が、かつて倒した勇者軍団の一人だという。しかし生き残りがいたとしてもヒューマンならとっくに寿命を迎えている。かといって嘘をついているとも思えない。


 つまり魔界で死んだ人間が記憶を持って地球へやってくる――我輩には思い当たる現象があった。


「地球へ転生したのか?」

「どうだすごいだろ~!」

「悪いのだが、成人した男性が幼女に転生してそれなりの役職につくの、幼女戦記と設定がかぶるからやめてくれないか」

「設定っていうな! っていうかお前らに殺されて現代の地球に転生したんだぞ! もっと自責の念にとらわれたらどうなんだよ!」


 幼女特有のキンキン声で怒鳴るものだから、コウモリ姿の魔王殿は耳をぱたんっと閉じてぐーぐー眠ってしまった。さすがに無責任をやらせたら我輩の一歩先を行く男だけあった。


「とにかく落ち着け幼女所長。飴玉をやるから」


 魔方陣で飴玉を取り寄せると、幼女所長の口へ投げこんだ。


「甘くておいしー! ……じゃなくて! 勝手に刑務所へ食べ物を持ち込むな!」

「実はガンプラも持ち込んだのだ」


 前日のうちに黒い三連星専用ドムを三体完成させてあった。


「お前ふざけてんのか! 囚人なんだよ! 社会的に信用を失う囚人! 刑務所で遊ぶな!」

「ははーん。さては経歴に傷をつけて社会的地位を失わせようという魂胆で陰謀を張り巡らせたのか」

「そうだぞ。前科モノになったお前は地球で静かに暮らせない!」

「どうせ花江殿たちとの面会の風景を録画してあるんだろ。ちゃんと確認したほうがいいぞ」

「ふん。きっと近親者に批難されまくってるに違いない――って面会者全員が動じてない!? なんで!? どうして!?」

「我輩、頻繁に逮捕されるので、みんな慣れてしまったのだ」

「そんなの反則だ! チートだ! くそー!」


 幼女所長が駄々をこねたので、彼女の肩をぽんっと優しく叩いた。


「過去の恨みは忘れて新しい人生を暮らせ。勇者軍団でも下っ端だったわけだし、今の人生のほうが輝いているぞ」

「下っ端っていうな! 所長だぞばかばかばーか!」

「バカにされるのは構わないのだが、脱獄するわけにはいかないからな。さっさと釈放してくれないか?」

「へへーんだ。お前が困ってるから釈放しない」

「性格悪いなぁ」

「だ・か・ら! わたしは、お前たちに、殺されたの! 無残に! 志半ばで! 恨むに決まってんだろ!」


 幼女所長は高周波みたいな声でカンシャクを起こすと、我輩の足をげしげし蹴った。


「そんなこといわれても、ヒューマン以外滅ぼすと宣言されたら反撃するしかないではないか。実際勇者軍団は過激すぎてヒューマンの民衆だって我々を支援したわけだし」

「うるさーい! 勝ち戦だったら民衆だってわたしたちを支援したはずなんだ!」

「魔王殿の統治は幅広い種族に支持されているぞ」

「う、うそだ」

「ほれ、遠見の魔法」


 現在の魔界の様子を魔力の鏡面で見せてやった。平和そのものである。種族の違いも住み分けで対応していて、社交能力の高いものが代表者となって互いの縄張りを行き交っていた。


 それを見た幼女所長はがくりと膝をついた。


「ば、ばかな……ヒューマンの王が統治するより平和だなんて……だったら、わたしたち勇者軍団が決起したことは無意味だったのか……」


 幼女所長はすっかり放心していた。


 ちょっとかわいそうだ。我輩は陰謀で刑務所行きにされた身だが、彼女を責めるつもりはなかった。釈放してもらえるまで根気よく説得するつもりである。


 ひとまず彼女をそっとしておくと、静かに監房へ戻った。


 十二畳の部屋に八人の囚人が詰め込まれていた。冷暖房こそ完備だが、空気清浄機はないから男臭さと汗臭さは消せなかった。


 そんな部屋で、兄上が人相の悪い囚人たちに囲まれていた。


「アニキ。肩もみましょうか」「アニキ、勉強教えてくださいよ」「メシの時間が待ち遠しいっすねアニキ。そろそろカレーくいてぇなぁ」


 すっかりみんなのアニキである。なぜアニキ扱いされるようになったかというと、性格の悪い看守が囚人イジメをしていたので、兄上が正論で論破したら、慕われるようになったのだ。


 さすが魔界のモンスター軍団を束ねる一等書記官。荒くれ者からの人望が厚い。いつものオーダーメイドスーツではなく、我輩と同じ囚人服なのに、誇り高き紳士に見えた。


「弟さんのそれ、ガンダムじゃないですか」


 若い囚人が、差し入れのガンプラ書籍に興味津々だった。


「うむ。ガンダムだ」

「俺も好きなんですよ、ガンダム。あと猫も好きっすね。ブタ箱ぶちこまれてから、もふもふしてないから。あぁもふもふしてなぁ猫を」


 そこまでいうならと思って、交通刑務所の近くを散歩していたロングブーツを履いた猫・略してロン猫を魔方陣で呼び寄せた。


「ひゃっはー! 猫にゃんだ!」「おれにもモフらせろ!」「肉球たまんねぇなぁ!」


 むさくるしい囚人たちが、黒にも白にも染まらない灰色の猫をもふもふしていく。喜色満面だ。


「んにゃー! 我は散歩していたはずなのにどうして屋内に!? というかなんだ人間ども! なんで我をこぞってモフる!」


 モフられたロン猫が、毛を逆立てて抗議した。


「すまんなロン猫。しばらくモフられてやってくれ。カリカリをたくさんあげるから」


 猫用の餌であるカリカリも魔方陣で取り寄せると、ロン猫は「ふん。しょうがないやつだ」とモフらせることに同意した。


 囚人たちがロン猫に夢中になったことで兄上がフリーになったので、さっそく幼女所長のことを伝えた。


「勇者軍団の転生者か……我らに大義があった戦争だったとしてもな……」


 兄上は気高い尻尾をくるんっと腰に巻いた。後ろめたいことをごまかすときの癖である。


「我輩と兄上なら力技で解決するのはたやすい。しかし言葉で説得するほうが正道だろう?」

「そのとおりだ。さてパンクした事務仕事をサボるために刑務所に逃げてきた魔王様なら、どうやって解決しますかな?」


 コウモリ姿の魔王殿がパチっと目を覚まして、とんでもない案をぶちまけた。


「漫才だ。お前ら兄弟で漫才をやって、あのキンキン声のバカを笑わせるんだ。コンビ名はダブル伝衛門。魔界の笑いを見せてやれ!」


 ハードルあげるなバカ魔王。


 だが他に方法が見つからないので、漫才をやるしかないだろう。だがネタをやるにも、幼女所長は転生して地球の文化にも詳しくなったろうから、ワンポイント普遍性があるものがほしい。


 ――いるじゃないか。一匹。


 モフられまくっているロン猫。


 こいつと一緒なら幼女所長の固く閉ざされた心を笑いでこじあけられるに違いない!


 ――次回、即興お笑いコンビ【ダブル伝衛門withロン猫】による刑務所漫才! チャンネルはそのままで!

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