第52話 交通刑務所に咲く因果のあだ花(上)~面会にやってくるやつら我輩をネタ扱いするんだがどうにかしてくれ~

 我輩と兄上は異例なほどのスピード裁判の末に有罪判決を食らった。交通刑務所に収監である。


 囚人服を着ることになったのだが、翼や尻尾が通るように穴をあけてもらった。担当した刑務官は翼と尻尾が生えていることに驚いていたが、特異体質だと判断して融通をきかせてくれたのだな。


 いざ囚人生活をはじめてみると、思ったより悪くない環境だった。食事だって三食ちゃんと出るし、雨風をしのげる壁と天井もある。


 これなら【ケルベロスにまたがって音速を突破したからスピード違反で逮捕】なんてネタでしかない案件で逮捕されたことを調べるのも苦にならないだろう。


 我輩と兄上は陰謀を疑っていた。だからあえて相手の懐へ飛びこむ必要があり、逮捕から収監まで抵抗せずに応じたのだ。


 しかし実家の母上が早とちりして、わざわざ正式な手続きで面会にきた。


 クリーム色の面会室は透明なアクリル板で二つに仕切られていて、我輩の反対側に母上がいた。


「僕ちゃん。可愛い僕ちゃん。どんな罪を犯しても、あなたはわたしの可愛い息子よ」


 おーいおいおいおいと泣いて、ハンカチで目元をぬぐう。


 母上はグレーターデーモンとしては華奢な体型であり、角も尻尾も迫力にかけていた。いくら戦争経験者といえど虚弱であり、若いころはドジっ子として周囲に迷惑をかけまくったそうだ。なお父上とは幼馴染であり、毎朝家まで起こしに行くことで恋愛に発展したそうだ。


 そんなラブコメのヒロインみたいな青春を送った母上だが、攻撃魔法はあまり得意ではなく、回復魔法と料理が卓越していた。本日も料理の途中で息子たちが収監されたことを知ったらしく、猫を刺繍したエプロンをつけっぱなしでやってきた。


「しかし四桁年齢の息子に可愛い僕ちゃんはないだろう……」


 我輩は呆れてしまった。しかし母上は真剣であった。


「親にとってはね、いくつになっても子供は子供のままなのよ」

「親といえば、父上はなんといっている?」

「それがね、お父さんったらね、冷たいのよ。どうせそのうち帰ってくるとかいって、いつものように狩猟へいっちゃったの」


 さすが父上だ。我輩と兄上が敵の懐に飛び込むために逮捕されたことを理解しているのだ。


「母上。冷静になって考えてほしいのだが、ケルベロスにまたがって音速を出したらスピード違反で逮捕、という状況に疑問を抱かないのか?」

「いつもの僕ちゃんじゃないの! まさか自覚がないのかしら……?」


 ……我輩の常識がおかしいのか、母上の常識が狂っているのか。理解に苦しんでいると、母上が首をかしげた。


「ところで一緒に収監されたお兄ちゃんは元気にしてるの?」

「兄上なら囚人たちに道徳と規律を叩き込んで、看守より尊敬されるようになってしまったぞ」

「お兄ちゃんはどこへいってもお兄ちゃんねぇ……うん、二人とも元気そうだから安心したわ。刑務所でも兄弟仲良くすごすのよ。お母さん、これから編み物教室で先生をやる時間だから帰るわね」


 母上は魔方陣を生み出すと魔界に帰った。どうやら安心してくれたらしい。


 あとは陰謀を解明するだけだ。監房へ戻ろうとしたら、また面会が申し込まれていた。


 今度は長屋の管理人である花江殿である。


「暮田さん! まさか前科モノになってしまうなんて! …………あんまり違和感がないのが困りモノですね」

「さらっとひどいことをいわないでくれ」

「だって暮田さん、お仕事サボってばっかりだから……」

「冷静に考えてくれ。犬に乗って音速に達してスピード違反で逮捕はおかしいと思わないか?」

「暮田さんだと犬にまたがってスピード違反しそうな気がします」


 またそれか。我輩が不愉快になりながらも反論に困っていると、花江殿が席を立った。


「それじゃあ暮田さん。これから町内会議なので、このへんで失礼しますね」


 花江殿は普通に帰ってしまった。心配してくれているのか、軽く扱っているのか、よくわからないところだな。


 さすがにもう面会はないだろうと思っていたのだが、元勇者で高校生の園市まできた。


「暮田さん! やっぱ刑務所をネタにした漫才っすか!?」

「そうそう臭い飯は本当に臭かった……ってなにをやらせるつもりだ!」

「ノリノリじゃないっすか」

「……お前は犬にまたがって音速を突破することに疑問は?」

「暮田さんなら普通のことっすね。あ、それじゃあ宿題しあげなきゃいけないんで、そろそろ帰るっすね」


 園市もダメか。次の面会に期待したい。だが次もくるんだろうか? と思っていたら、ありがたいことに常識人の理系大学生である川崎もやってきた。


「暮田さん、差し入れにガンプラの組み立てキットってダメなんですかね」

「なんで常識人が斜め上の反応をするかな」

「だって刑務所って暇そうだから、相応の差し入れがいいだろうなぁって」

「ある意味で今までの面会でまともな申し出なのだが、質問がある。犬にまたがって音速を突破することに疑問は?」

「むしろ暮田さんが空を飛ぶと音速の何倍も出るじゃないですか。犬が音速の等倍で走ったところで遅いからインパクトが足りないんですよね」

「そういえば川崎を背中に乗せて飛んだことがあったなぁ……」


 川崎がガンプラ関連の書籍を差し入れて帰ったところで、最後の面会者がやってきた。


 加工食品を取り扱う【D&G】という企業の社長・伝助である。こいつには会わなくてもいいか。刑務官に面会拒絶を伝えたが、伝助はぶちキレて強引に面会室へ入ってきた。


「なんで僕だけ面会拒絶なんだよ! ちゃんと会えよ!」

「どうせ弱みにつけこんであれこれ言いたいだけだろうが」

「そうさ暮田さんが弱ったらもっと痛めつけてやらないと! ――なんて冗談はさておき、犬に乗って音速を突破するなんて非常識でしょ。控訴すればどうとでもなるんじゃないかな」

「一番味方されたくないやつに味方されると歯軋りしたくなる」

「そう思って味方しにきたのさ」


 伝助はふふんっと鼻を鳴らした。本当にいやなやつだ。


「伝助の助けなどいらん。帰れ」

「いっておくけど、脱獄なんてやったら花江さんに迷惑がかかるよ」

「わかっている。こちらはこちらでやることがある」

「じゃあ、こっちはこっちで弁護士とか政治家とかコネを使って外から圧力をかけてみるよ」

「借りは必ず返す」

「いらないよ。僕は一方的に貸し付けるのが好きなんだ」


 伝助が帰ったところで、面会の波は途切れて、監房へ戻ることになった。


 廊下を歩いていると、ぱたぱたと一匹のコウモリが飛んできて、我輩の肩に着地した。


 変化した魔王殿である。


「やーい二等書記官捕まってやんの! ざまぁみろ!」

「煽ってる場合ですか。兄上が収監されたなら、城の事務作業は締め切りに間に合わなくなったでしょう」

「そうなんだよ! 城の業務が完全に停止したんだ! このままだと行政が破綻してしまう! 誰でもいいから助けてくれ!」

「そもそも兄上に仕事を任せすぎなんですよ」

「でもあいつ以外に大事な仕事を任せたくないしなぁ。ってわけで刑務所ぶっ壊しにきたからよろしく」


 魔王殿がコウモリ形態を解いてヒューマンタイプに戻ろうとしたので、手のひらで制した。


「魔王殿。なんでも力技で解決しないでください」

「だって陰謀で捕まったのに真面目に刑期を勤めなくたっていいだろ」

「さすがに魔王殿も気づいてますか」

「ほら、勇者たちが、こういう姑息な手口得意だったろ。身に染みてんだよな」


 ――まさか、滅ぼしたはずの勇者軍団が復活して、我輩と兄上を陰謀に落とし込んだとでも?


 と思っていたら、廊下の向こうから刑務所の所長が歩いてきた。


 だが見た目が奇妙だった。ネームプレートには【所長】と書いてあるのに、外見が小学生の女の子にしか見えないのだ。いますぐランドセルを背負ってリコーダーを吹いたって違和感がない。


 そんな小学生みたいな所長が、口の端を邪悪に持ち上げた。


「グレーターデーモンと魔王だな。わたしのことを覚えてるか? お前たちに殺された勇者軍団の一人だ」

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