「我輩は暮田伝衛門である」初めての中篇だぞ。ギャグは忘れていないから安心してくれ。

第51話 実家の愛犬がメス犬に発情して色々と面倒なことになった件について

 魔界の実家で愛犬・ケルベロスを飼っていることは以前も語ったわけだが、ついに長屋へ遊びにきた。


「わんわんわん!」


 三つの頭が元気よく吠えると、我輩の顔をべろべろべろと同時に舐める。あっという間にべたべたである。


「落ち着けケルベロスよ。お前は地球では目立つサイズの犬なのだ」


 大型トラックと同じサイズの犬だ。体毛は灰色に近い黒。瞳はルビーのように赤い。三又に分れた巨大な尻尾をぶんぶんっと振ると、つむじ風が起きて枯葉が散った。


「わんわんわんわんわんわんわんっっっ!!」


 ケルベロスは鼻息を荒くすると、我輩の襟首をくわえて、ぽーんっと自らの背中に乗せた。どうやらどこかへ連れていきたいらしい。どたどた足音を立てて公道を走り出してしまった。


 まいったなぁ、翻訳入れ歯を長屋に置いてきてしまった。愛犬の本心を知る絶好の機会だったのだが。


 しかしケルベロスはどこへ向かいたいのだろうか?


 ――ファンファンファンファンっとパトカーが追いかけてきた。運転手は丸顔の警察官、間島だった。


「こら左翼の過激派! またお前か! っていうかなんだその犬は!」

「愛犬のケルベロスだ。可愛いだろう?」

「バカお前でかすぎんだろ! ちゃんとウインカーとブレーキついてんだろうな!」

「……そういう問題か?」

「当たり前だろ道路交通法を守れ! ナンバープレートも忘れんなよ!」


 どうやらウインカーとブレーキとナンバープレートをつければ、ケルベロスで公道を走ることが合法になるらしい。


 ケルベロスは人間並みに賢いので、自動車工場での増設に応じてくれた。


 三つの頭にウインカーを載せたから、ケルベロスの曲がりたい意思に応じてチカチカ点滅する。首輪にくっつけたブレーキボタンを我輩が押せばケルベロスが減速してくれる。最後に我輩がナンバープレートの数字を記載したTシャツを着れば、道路交通法クリアであった。


 丸顔の警官である間島が、ケルベロスのもこもこした足をぽふぽふ叩く。


「あとはスピード違反に気をつけてくれ。それと公道にウ●コするなよ」


 ケルベロスは首をかしげた。意味がわかっていないかもしれない。だから飼い主である我輩が適当に答えていく。


「うむ。ケルベロスのウン●はデカイぞ。山盛りだ」

「自慢するなよ……」


 とにかく目先の問題はクリアしたので、間島とお別れすると、ケルベロスは再び我輩を背中に乗せて、法令順守で目的地へ向かった。スピードも違反しないし、ちゃんと赤信号で停車する。賢いぞケルベロス!


「そういえばケルベロス。今日は食費を圧迫するような食いしん坊を発揮しないのか?」

「わふ」


 ケルベロスが、ぶるるっと腰をふるわせて、公道に特大のウ●コをしてしまった!


 まずい。想定以上のてんこ盛りだ。ジャングルジムぐらいある。どうやら食いしん坊を発揮しないのではなく、実家でたらふく食べてから地球へきたらしい。


 以前、運動会のパン食い競争のパンを平らげてしまったことから、母上が気を使ってケルベロスに餌をたっぷり与えてから送り出してくれたのだろう。


 気づかいはありがたいのだが、目の前のウ●コの山は、見た目もさることながら臭いも凄まじい。おまけに横幅が広すぎて、上下二車線の自動車が立ち往生していた。


 しょうがないから魔方陣でウ●コを魔界へ転送した。おそらく実家のケルベロス専用排泄物ゾーンへ落ちたはず。たぶん。


 上下二車線の自動車も通行再開したので、我輩たちも出発しようとしたら、がしっと何者かが我輩の肩をつかんだ。


「わが弟よ。仕事中の兄の頭にケルベロスのウ●コを降らせるとはなにを考えている」


 ウ●コまみれの兄上が、ぷるぷると怒りで震えていた。せっかくのオーダーメイドスーツがぷんぷん臭っていて、勇壮な角も尻尾もウ●コまみれ。一等書記官の肩書きが台無しであった。


「ち、違うのだ兄上! 本当に実家へ転送したのだ! ……失敗したけど」

「魔法がサビたことを勘定してから転送しろ!」

「待て! 説教の前にシャワーを浴びたほうがいい! 本当に臭いのだ!」

「お前のせいだろうが――――っっっ!!!」


 キレた兄上が我輩を殴ろうとしたら、ケルベロスが三又の尻尾でガードした。


「む、ケルベロスよ。悪気がなかったのだから、弟を殴るなと言いたいのか」

「わんわんわんっ」

「……しかたない。今日はケルベロスに免じて許してやろう」


 兄上は魔法で高圧水流を生み出すと全身を洗い落として、なぜかケルベロスの背中に乗った。我輩との二人乗りである。


「珍しいな。兄上が仕事をサボるなんて」

「なんとなくケルベロスの行き先に心当たりがあるからだ」


 なんて兄弟で会話していると、ケルベロスは目的地へ到着した。


 ドッグレースのイベント会場だった。何百頭という普通の犬が、飼い主と一緒にアスレチックとレースを楽しんでいた。ぴゅるりと風が吹くと濃密な犬臭さが霧のように押し寄せてきた。


 なお優勝商品は、犬が喜ぶおもちゃフルセットである。噛みやすいボール、柔らかいフリスビー、骨っこ、地面に隠して掘り起こすおもちゃ、エトセトラエトセトラ……。


 我輩はケルベロスの頬を撫でた。


「ケルベロス。このレースに出場したいのか?」

「わんわんわんっ!」

「気持ちはわかるが、以前の運動会で失敗したしなぁ。他の犬に怪我させるかもしれない」


 すると兄上がウインクした。


「グレーターデーモン二人で制御するなら、他の犬に怪我をさせないように走れるのではないか?」

「なんだ兄上、ケルベロスの気持ちがわかっていたから、仕事をサボったのか」

「私は仕事が忙しく。お前は地球で契約中。父上は狩猟ばかり。相手してくれるのは母上だけ。きっとケルベロスは寂しかったんだろう」


 そうかケルベロス、寂しかったのか。そうだなぁ、昔はよく一緒に遊んだし、散歩にもいったものな。


 よしわかった! 今日は兄弟二人でたくさん遊んでやろうではないか!


 というわけでレース開始。他の犬たちが飼い主と一緒にアスレッチックコースを走る中、いきなりケルベロスが隣の可憐なメス犬に尻尾を振り出した!


「わふんわふんわふん! きゅーんきゅーんきゅーん!」


 だ、ダメだこいつレースの目的を忘れて発情している……。せっかく我輩と兄上が家族サービスをしようとしたのに、可愛いメスが優先か。いったい誰に似たのだ。我輩っていうツッコミはナシだぞ。


「ぷいっ」


 メス犬はケルベロスを無視すると、さっさとレースへ戻ってしまった。


 フラれたケルベロスはガーンっとショックを受けて、三つの頭で大雨みたいに号泣した。なんて繊細なやつだ。こんなに大きな身体なのに。


 このままだとレースを再開できないので、我輩と兄上はケルベロスの頭や腹を優しく撫でた。


「ケルベロス。しょうがないさ。次がある、次が」「そうだ次がある。弟だって結婚できていないのだから、お前が焦る必要はない」


 泣きじゃくったケルベロスは我輩と兄上にしがみついて、おーんおーんと甘えてから、いきなり立ち上がった。


 目が血走っていた。なんだか嫌な予感。


 わおーんっと他の犬を怯えさせるほどの大きな遠吠えをしてから、まるで失恋の痛みを補うように、ドッグレースを全力で突っ走る。


 い、いかん。オーバースピードだ。どたどたどたーっと砂塵を竜巻みたいに吹き上げる。あ、そろそろ音速に達してしまう!


「ば、バカもっとスピードを落とせ!」「音速に入ったらソニックウェーブで会場が壊れるぞ!」


 我輩と兄上はケルベロスの首輪に魔力の手綱を巻きつけて、ぐいぐいっと引っ張った。

 

 だが失恋のダメージは想像以上に大きかったらしく、我輩と兄上の魔力を上回るほどの馬鹿力を発揮して、ついに音速に達しようと――。


 がしゃん――我輩と兄上には手錠が、ケルベロスは黄色い札がかけられてしまった。


「スピード違反の現行犯で逮捕する。左翼の過激派と、その仲間」


 丸顔の警官・間島が我輩と兄上をパトカーで連行していった。ちなみにケルベロスは違反車両扱いでレッカー移動であった。


 ――次回、グレーターデーモン兄弟、獄中編! はたして我輩と兄上は出所できるのか!?

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