第49話 犬はわんわん、猫はにゃんにゃん、ならウサギは?

 ゴブリン族の漫画家であるゴブゾウ殿が、週間連載のネタを求めて長屋へ遊びにやってきた。手土産に熱々の石焼きイモを持ってきてくれたので、さっそく二人でハフハフと食べていたのだが、テレビのCMで犬が散歩するシーンが流れた瞬間――ゴブゾウ殿がポンっと手を叩いた。


「犬はわんわん、猫はにゃんにゃん、ならウサギは?」

「ぴょんぴょんだろう」

「それは跳ねる音でござる。犬と猫が鳴き声なら、うさぎも鳴き声でなければ辻褄があわないでござるよ。しかしうさぎの鳴き声といわれても、まったく思い浮かばないでござる」

「たしかに……なら足を使って調べるとしよう」


 我輩とゴブゾウ殿は近所の小学校へやってきた。裏門付近に回ると、小学生たちがお世話するウサギ小屋があった。どことなく給食の残り香が漂っているが、おそらく残飯がウサギの餌なんだろう。


 小屋の中では、白や茶色のウサギたちが、ぴょんぴょんっと跳ねていた。だがやっぱり鳴かない。ドスドスと後ろ足でストンピングしたり、ぶーぶーと鼻息を鳴らすことはあっても、犬や猫みたいに明確な鳴き声をあげてくれない。


 興味津々となった我輩とゴブゾウ殿は、ウサギ小屋の前で体育座りすると、彼らが鳴くのを待つことにした。


 ――ファンファンファンっとサイレンの音が鳴ってパトカーがやってきた。


「またお前か左翼の過激派。今度は小学校に不法侵入とはなにをやらかすつもりだ」


 何度も我輩を誤認逮捕してきた丸顔の警察官・間島だった。


「間島もウサギ見学しにきたのか?」

「違うよ。小学校から通報があったんだよ。不審者がうさぎ小屋の前でずっと座ってるって」

「不審者? 言いがかりだ。我々はウサギの鳴き声が聞きたいだけだ。そうだ間島、ウサギの鳴き声を思い浮かべてみよ」

「ウサギの鳴き声って……鳴き声……ぴょんぴょん」

「それは跳ねる音だ」

「たしかに……」


 間島も我輩たちの隣に体育座りして、ウサギが鳴くのを待った。だがやっぱりウサギは鳴かなかった。強情なやつらだ。


 ――ダダダダダっと足音が連なると、なぜか機動隊の面々が突撃してきた。彼らは半透明な盾を構えて、犯人との接触に備えていたのだが、丸顔の警官である間島を発見するなり激怒した。


「こら間島! なんで犯人と一緒に座ってんだ!」

「犬はわんわん、猫はにゃんにゃん、ならウサギは?」

「ぴょんぴょん」

「それ跳ねる音だろ」

「たしかに……」


 機動隊の面々も体育座りになって、ウサギが鳴くのを待つことになった。誰しも謎が解けないままでは夜も眠れないというわけだ。


 ――ぞろぞろ、ぞろぞろっと、警察に通報した小学生と教師たちが集まってきた。


「なんで逮捕しないの?」「なんで犯人と一緒に座ってるの?」「なんでウサギ小屋なの?」

「犬はわんわん、猫はにゃんにゃん、ならウサギは?」

「「「ぴょんぴょん」」」

「それは跳ねる音だろ」

「「「たしかに……」」」


 ついに小学生と教師たちまで体育座りの輪に入って、ウサギが鳴くのを待った。でもやっぱりウサギは鳴かない。


 みんな、どうしても鳴き声が聞きたいから、ツバを飲み込む音すら我慢していた。まるで近所の人たちも協力してくれたかのように、生活音すら控えめになっていた。


 音らしい音が小学校の近隣から消えて、ウサギたちの生態に耳をすませていると、とある音が鳴った。


 ――ぼふん!


 我輩、とんでもないタイミングでおならをしてしまった。失敬、失敬。


 しかし、みんなの様子がおかしくなった。


「ウサギはぼふんって鳴く!」「犬はわんわん、猫はにゃんにゃん、ウサギはぼふん!」「新発見だ、録画していた動画をツイッターで流そう」


 た、大変なことになってきた……しかもツイッターで流した動画はリツイートされまくって、全世界に散らばっていく。学者までリツイートして『希少種かもしれないから現地調査したい』と書きこんでいた。


 ……いまさら我輩のおならなんていえない。でも地球の科学技術だったら、おそらく音の出たところが我輩の尻だと気づくはずだ。


 隣で、ゴブゾウ殿がはしゃいでいた。


「暮田さん。拙者、これをネタにして来週の週刊誌に載せるでござる。いやー良いネタが見つかりましたな」

「やめるのだゴブゾウ殿。おそらく叩かれるぞ」

「な、なぜでござる……?」


 ゴブゾウ殿にだけ、ひそひそと真実を語った。


「お、おならでござったか……だがどうやってデマを収拾させたものか」

「本当に困った。このままだとデマを流した極悪人になってしまう。珍しく我輩は悪くないのに……」

「なら逆転の発想で、おならみたいな鳴き声のウサギを探してきて、この小屋にいれるのはどうでござる?」

「名案だ!」


 我輩は魔法と翼を駆使して地球をぐるぐる探し回った。もしかしたら地球のどこかに、ぼふんっとおならみたいな鳴き声を持つウサギがいるのではないかと。


 だが見つからなかった。現実は甘くなかったのだ。しかもツイッターによれば、学者の現地調査が明日の放課後に行われるという。


 こうなったら、最後の手段だ。


 我輩はウサギの着ぐるみを装着すると、うさぎ小屋に入るなり、おならを尻にチャージした。あとは学者の到着を待つだけだ。目の前でぼふんっと噴射してから逃げ出せば【希少種のうさぎは存在したが、逃げ出してしまった】となってデマではなくなる。うまくいけばいいのだが。


 本物のウサギたちが、我輩を縄張りに入ってきた外敵だと判断して、体当たりしてくるのに耐えていると、ついに学者たちがやってきた。


 彼らは我輩を見るなり絶句した。


「な、なんて巨大なうさぎだ。2メートルはあるぞ」「やはり音響解析の奇妙なデータから謎だらけなのでは」「謎の巨大人物の尻から音が出ていた問題だろう。それをふくめての調査だ」


 やっぱり科学で動画の音を調査していたのか。まったく着ぐるみという閃きがなかったら、我輩極悪人になっていたな。


 さぁ学者どもよ。我輩のおならの音を録音していくがいい!


 ――ぶりっ。


 あっ、おならではなく本体が出てしまった! 我ながらなんて下品な……。いやおならの時点で下品だといわれたらそれまでなのだが、まさか本体が漏れてしまうなんて。


 学者たちが鼻を押さえて目を白黒させた。


「な、なんだこの刺激臭は……」「いかん毒ガスだ、くらくらしてきた」「謎のうさぎは毒性のなにかを発する。自衛隊のBC兵器に詳しい部隊を呼んだほうがいい」


 …………まずい、どんどん大事になってきた。もしかして我輩では手に負えない騒動になるんじゃ。そろそろすべてを投げ捨てて逃亡を考えていたら、とある音が聞こえた。


 ――ぼふん!


 なんと、ゴブゾウ殿がウサギの着ぐるみを装着して、おならをしてくれたのだ! 持つべきものは友達というわけだ!


 そして学者たちは、狂喜乱舞した!


「あちらのウサギが本物か!」「しかしこちらも通常の個体に比べると大きめだな」「とにかく捕まえて調査だ!」


 学者たちの無慈悲な手が迫る。だからゴブゾウ殿、ぴゅーんっとうさぎのフリをしながら逃げ出した。しかし学者どもは捕獲用の網を装填した半透明の筒を持ち出した。あれを撃たれたら本当にゴブゾウ殿が捕まってしまう。


 ええいこうなったら安全にやつらを追い払ってやる。着ぐるみの中にたまっていたウ●コを学者たちの顔面にぶつけてやった!


「くっさ!」「ひぃいいい!」「だ、だめだ毒ガスで頭がおかしくなりそうだ!」


 グレーターデーモンのウ●コをぶつけられた初の人間として誇りにおもうがいい!


 学者たちが悶絶する隙に、我輩とゴブゾウ殿はウサギのフリをして逃げ出した。


 ――後日、インターネット系のニュースサイトで騒動がまとめられていた。【ぼふんっと鳴くウサギは、小学校の小屋から逃げてしまった。学者たちは躍起になって探している。ウ●コをぶつけられた恨みを晴らす算段だ】。


 だが永遠に見つかることはない。我輩とゴブゾウ殿はもう二度と、うさぎの鳴き声に関心を持たないことにしたからだ。


 でも、ちょっとだけ心がズキっと痛むのは『犬はわんわん、猫はにゃんにゃん、うさぎはぼふん!』が慣用句として地球に定着してしまったことである……。

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