第48話 今日は給料日! 真面目に働いて無駄づかいもほどほどに!

 本日の我輩は給料日であった。魔界には講座振込みたいな便利なシステムはないので、直に受け取るために城まで足を運ぶことになる。


 あらゆる場所に召喚されて契約中の者たちが、城の正門付近にある【召喚者専用・給与支払い所】で行列を成していた。働き具合に応じて給与が変動するため、給料袋を受け取る瞬間にドラマが生まれることもある。


 まぁよっぽどのことがない限り、先月と同じ給料だから、慌てふためくこともないが。ドラマなんて期待するだけ無駄だ。


 なんの波乱もなく、給与の行列は淡々と流れて、ついに我輩の番がきた。


「二等書記官さんは、基本給の半額支給ですね」

「言ったそばからドラマを生んでどうする!」


 我輩は、給与支払いの窓口に、ぐわっと迫った。半額!? どういうことだ!? 我輩がなにをした。わけがわからない。


「困ります。査定を決めるのは、わたしではないので」


 サキュバスが、セクシーに眉をひそめた。彼女は淫蕩を象徴する悪魔系の種族だ。角も尻尾も翼あるが、どれも威嚇より誘惑に使うことが多い。もちろん受付を担当する彼女も、胸の膨らみから唇の厚みまで、すべてがセクシーであった。


「わかってる。自分で交渉してくる」


 我輩は肩を怒らせて城に乗りこむと、給与の査定を担当する兄上の執務室に突入した。


「兄上。半額とはどういうことだ」

「自分の胸にきいてみろ」


 兄上は、洗練されたオーダーメイドスーツの襟をびしっと正した。勇壮な角と尻尾にも迷いがない。どうやら我輩の給料を半額にする明白な根拠があるらしい。


「言いがかりだ。我輩は清廉潔白である」

「なら今月やった仕事を列挙してみろ」

「ゴミの掃除当番。花江殿に頼まれた買出し。長屋の補修。格闘ゲームの大会に出場して三位入賞。ガンダムのプラモデルをカラーリングしてオラザク選手権に投稿。自作パソコンに新しいグラフィックボードを増設して最新ゲームがぬるぬる動くようになった」

「後半は遊んでいるだろうが!!」

「ち、ちがうのだ。我輩にとっては大事な仕事なのだ……!」

「しばらく反省しろ」


 まるで交渉を打ち切るように、兄上の執務椅子はくるっと回転して後ろを向いてしまった。可愛い弟と目もあわせてくれないわけか。なんて無慈悲な。


「兄上、そこは悪魔の情けだ! 半額になると困るのだ! 今月はどうしても欲しいものがあって!」

「どうせおもちゃだろうが」

「ぎくっ」

 

 頭の中には、パーフェクトグレード・Zガン○ムのプラモデルが浮かんでいた。ただでさえZ○ンダムはかっこいいのに、パーフェクトグレードだとパーツの付け外しをせずにウェイブライダーへ変形可能だった。


 どうしてもほしい!


「わが弟よ。お前の心を魔法で読んだぞ。おもちゃに大金を使うなど、愚かな」

「ずるいぞ! 我輩が精神操作の魔法を使えないことを知ってて! というか、おもちゃにも大金をかける価値があるのに愚かといわれる筋合いは――」

「このバカ弟が! お前には半額でも多いぐらいだ!」


 兄上は我輩を投げ飛ばして執務室から追い出した!


 追い出されてしまった我輩は、ごろごろがっしゃーんっと廊下の壁に全身を打ち付けて、痛みに顔をゆがめた。


 あいたたた……なんでひどい兄上だ。実の弟の給与を半額にしたばかりか、実力行使で交渉を打ち切ってしまうなんて。


 魔王殿に直訴することも考えたが、査定の権限は兄上が持っているし、半額をくつがえすのは無理だろう。


 しかし給与が半額となると、Zガンダ○のプラモデルどころか、今月の購入計画が根本から狂ってしまうなぁ。友人にたかるのもかっこ悪いし、両親に泣きつくなんてもっての他だろう。


「二等書記官さん。“稼ぎのいい仕事”がありますよ」


 甘い誘惑をしてきたのは、給料支払い所で働くサキュバスだった。


「なにやら18禁の予感だが、そもそも城勤めは副業禁止である」

「でも半額になってしまったんでしょう?」

「むむむむむ」


 我輩は三秒だけ迷ったが、ガンプラの誘惑に負けて、サキュバスに“稼ぎのいい仕事”を紹介してもらった。


「おままごとしたい」「ぷろれすごっこしたい」「おなかすいたー」


 サキュバスとインキュバスの託児所である。淫魔は多産なので、子供を預けて働いていることが多かった。


「二等書記官さん、おもちゃに詳しそうだから」


 サキュバスが、託児所職員のエプロンを用意した。


「まさか、我輩一人でこの人数を受け持つのか」

「悪魔系の先生が人手不足なんです。悪魔は戦闘職ばっかり充実して、教育職に人材がまわってこないから」


 人材のミスマッチで人手不足になっているのか。これも労働担当の二等書記官として解決しなければならない問題だろう。よし、やるか。


 さっそく職員用のエプロンをつけたら、100人の子供たちが、磁石に吸い寄せられた砂鉄みたいに集まってきた。


「おじさん見たことあるー!」「ほらほらー絵本に描いてある」「ぐれーたーでーもんだ」「本物は初めてみた」「角と尻尾がすごい」「めちゃくちゃ強そう」


 むー、吟遊詩人どもが描いた絵本だが、魔界統一戦争時代の我輩の活躍が、誇張表現で描いてあった。これでは兄上や魔王殿より強い存在に解釈できてしまう。序列を無視した描き方をすると、魔王殿が怒るのに。うーん困ったなぁ……。


 まぁいいか。今日は細かいことは気にしないで、子供たちと遊ぼう。


 我輩はおもちゃ箱から鳥の模型を取り出すと、びゅーんっと空を飛ぶモノマネをした。


 子供たちも、びゅーんっとモノマネして、鳥のように自前の翼を羽ばたかせた。どんな種族も子供のうちは上手に飛べないため、こうやって鳥のモノマネをして予行演習するのだ。


 だが、一人だけ鳥のモノマネに混ざってこない子がいた。ありふれたインキュバスの子だ。


 我輩は心配になって、この子に話しかけた。


「どうした? 中二病に感染して斜に構えているのか?」

「違うよ。ぼく、ぜんぜん飛べないんだよ」


 どうやら浮遊することすらできないようだ。なんらかの病気の可能性も考慮して、魔法で彼の身体を調べた。どうやら先祖にドラゴンが存在していることが原因のようだ。ドラゴンの血筋が混ざっていると、時々隔世遺伝して、魔力の使い方に癖が出てくる。


 しかし、癖を子供に理解させるのは難しい。ふと名案を閃いた。


 我輩は、急いで地球へ戻ると、パーフェクトグレード・Zガ○ダムを購入してきた。半額の給料しかないわけだから、その他の購入計画が破綻してしまう。それでも既存の職員では、あの子に魔力の癖を教えられないため、背に腹はかえられない。


 無機物を操作する魔法を使って一瞬でZガンダムを組み立てると、飛べない子供の前でマリオネットのように操った。


「いいか。このプラモデルを見るのだ。ロボットである。鉄の塊だ。しかし、こいつは変形して空を飛ぶ」


 Zガン○ムをウェイブライダーモードに変形させて、無機物を操る魔法を使って空を飛ばせた。


「すごい。変形なんてするんだ」

「そしてお前も“変形”しないと空を飛べない」

「えー……あのロボット、腕と足が曲がってるけど……」

「腕と足が曲がるイメージをしながら、翼を動かしてみろ」


 飛べない子供が、腕や足を曲げるような動作をしてから、翼を動かした――ぎゅんっと身体の形状が変化した。飛行に必要な翼や尻尾などの部位が、ドラゴンタイプに切り替わって、いきなり空を飛んだ。


「すごい、ぼく、飛べたよ!」


 変形した子供は、空気をかきまわすように室内を飛び回っていた。


「ドラゴンが血筋に混ざると、パワーセーブ機能が勝手に追加されて、肉体と魔力が分離してしまう。だから“変形”が必要になるのだ。おめでとう、これで魔法も使えるようになったぞ」

「ありがとう! やっぱりおじさんは英雄だよ!」


 飛べなかった子供が屋内を飛び出して、本物の空をツバメみたいにびゅんびゅん滑空していると、今度は城の方角から兄上が飛んできた。


「わが弟よ。真面目に働いたようだな。残りの半額も支給してやろう。だが、くれぐれも無駄づかいするなよ。くれぐれもな……」

「やった!」


 ――こうして我輩は残りの半額も手に入れて、当初の購入計画を完遂した。ほくほく顔であった。


 そして来月の給料日になった。また半額にされていた。なぜか兄上は城門で待っていた。


「なぜ今月も半額なのだ!」

「先月の残り半分の給料を、なにに使ったかいってみろ」

「P○4とVRゴーグルと4Kのテレビと――」

「無駄づかいするなといったろうが!」


 どんがらがっしゃーんっと兄上の強力な雷の魔法が発動。我輩は吹っ飛ばされて、魔界の空へ高く打ち上げられてしまったとさ……。

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