第37話 川崎と自作PC作りに挑戦する

 最近の我輩、ste○mで格闘ゲームのネット対戦をやるようになったのだが、スペック不足でラグが発生して負けることが増えてきた。腕前で負けるならともかくマシンの性能で負けるのは我慢ならないので、自作のゲーミングPCを作ることになった。もちろん購入先は秋葉原だ。


「暮田さん。完全にこちらでの生活に馴染みましたね」


 理系大学生の川崎が、自作パソコンに詳しいというので、お供してくれた。彼はニッチな需要に詳しいのだな。さすがゲーム好きだ。


「地球で年を越したしなぁ。さすがに慣れるだろう」


 我輩は路上でチラシ配りをするメイドさんに手を振った。するとメイドさんも振りかえしてくれた。すっかり秋葉原に慣れたものである。以前はメイドさんに声をかけて逮捕されたのが懐かしい。


「暮田さん。ついにメイド喫茶に行くようになったんですか」

「うむ。魔界からやってくる友人たちがメイド喫茶に興味津々でな、観光案内するうちに、常連になってしまった」


 メイド喫茶のスタンプカードがたまって、先日限定グッズの萌え萌えマフラーと交換したばかりである。ただし日常生活で使うには厳しいデザインなので、押入れにしまってあるが。


「……もしかして僕が案内しなくても自作パソコン作れるんじゃ」

「いや、さすがにあれは無理だ。付け焼刃で挑戦すると痛い目にあうジャンルだとネットのガジェットマニアたちが熱く語っていた」

「以前はスマートフォンとネットを魔法だと思ってたのに、すさまじい進歩ですね」

「はっはっは。最近なんて魔法の使い方を忘れてきたからな」


 なんて笑えない笑い話をしたところで、パソコンショップに到着した。パーツショップだけあって真新しい電気の匂いがした。棚いっぱいにPC関連商品が置いてあって、お客さんたちもディープだ。ここなら望んだ形のパソコンが作れるだろう。


 パソコンに詳しくない人に向けて大雑把に説明しておくと、パソコンは大きな箱に複数のパーツを詰め込むことで成立している。我輩は箱もパーツもバラバラに購入して、自分の手で組むというわけだ。


「我輩がほしいのは、ミドルスペックPCだな。ハイスペックPCは求めていない。技術の進歩はパーツの価値をあっさり低下させるから、高額なハイスペック商品を買ってしまうと数年後に落ちこむだろう」

「そのあたりはガジェットマニアと感覚が違うでしょうね。我々は新しい世代が出るごとに更新しますから、いつでも最新です」

「お前たちみたいな変態ではないので、普通にゲームができるやつでいい」

「変態はいいすぎではないでしょうか」

「どうせ新しいパーツの匂いで興奮するのだろう」

「放っておいてください」


 なんて会話しながらCPUコーナーにやってきた。といっても現物が並んでいるわけじゃなくて、商品リストが壁に貼ってあるだけだ。


 CPUはパソコンの頭脳だから商品単価が高いのに、包装箱が小さいため万引きされやすい。それに乱雑に扱ってしまえば破損する可能性もあるため、現物はお客さんの手の届かないバックヤードや店員のカウンター内に置いてある。欲しい商品の名前を告げてレジでお金を払ってから受け取るわけだ。


「ちなみに川崎のお勧めのCPUはどこのメーカーだ?」

「A○Dを強くお勧めします」

「でたなAM○教」


 メーカーについて詳しく語りすぎると権利者が怖いので、ざっと説明しておく。現在のCPU市場に並ぶのはINT○LとA○Dの二つの企業だ。ただしINTE○の一人勝ち状態である。AM○を好んで使うのはマニアックなA○D信者だけである。(ただし2017年初頭の状況であり、時期が違えば情勢が変化する)


「…………本当は自作パーツに詳しいでしょう暮田さん?」


 川崎が、疑い深い目で我輩を見た。


「いいや、事前にさらっと調べておいたのだ。A○Dは狂信者専用だから、そこさえ気をつければ地雷は踏まないと」

「地雷じゃありません! ○MDはたまたま時代の流れが悪くて不遇なだけで、もうすぐ息を吹き返すんですよ!」

「やはり狂信者ではないか」

「負けませんよ、I○TELなんかに」


 いつも冷静な川崎が、A○D製品のことになったら暴走していた。これだからガジェットマニアは恐ろしいのだ。


「わかった、わかったからINT○LのCPUを選ばせてくれ」

「しょうがないですねぇ。僕が買うわけじゃないので我慢します。ところで暮田さん。APUなんてどうでしょうか。AM○が誇るCPUとGPU一体型のすばらしい一品ですよ」

「…………いやだから我輩はI○TELのCPUが欲しいのであって、AMD製品には興味がない」

「きょ、興味がない!? デュアルコアCPU黎明期にはINT○Lを圧倒していた時代を無視する気ですか!? しかも据え置きゲーム機なんて○MDのカスタムAPUばっかりですよ!」

「マニア以外が読み飛ばす説明をやめろ」

「暮田さんって冷たかったんですね」

「なんでCPUを選ぶだけで冷血呼ばわりされないといけないのだ……」


 狂信者は頼りないので、自らの感覚でCPUを決めた。現世代の【c○re i5】である。型番まで語ると文字が膨らむので割愛する――と思ったのに川崎がずいっと我輩を押しのけてぺらぺら語りだした。


「cor○ iシリーズも2000番台のsa○dy世代からが本番ですね。それ以前はせっかくの力を活かしきれていなかったので。逆にいえば、s○ndy以降は細かなパワーアップを繰り返すばかりで革命的な進化はしてないんですよね。あ、でもそろそろパワーアップの気配ありけりですね」

「マニア以外が読み飛ばす説明をやめろ」

「暮田さんって冷たかったんですね」


 二度目なのでスルーするとマザーボードを選ぶことになった。マザー。母親である。CPUを乗せる箱舟みたいなものだ。他のパーツもすべてマザーボードに接続するため、軽視してはいけないパーツであった。

 

 それでも川崎は、ちらりちらりとA○D製品のチラシを我輩に見せてくる。これだから狂信者は恐ろしい。


 だが我輩は露骨な勧誘に負けなかった。


「たしかマザーボードはAM○用と○NTEL用でわかれているから、INTE○のCPUはAM○用のマザーボードには乗らないのだろう?」

「昔は両メーカーが乗るような変態マザーボードもあったというか、そもそもAM○製品がIN○ELの相乗りに近い形で市場に殴りこみをかけたっていうか、細かいことはともかく今はわかれていますね」

「なのにどうしてA○Dのマザーボードを進めてくる。我輩はIN○ELのCPUを買うのだぞ」

「だってかっこいいじゃないですか」

「かっこよさだけで使う予定のないマザーボードを買うのか川崎は」

「買いますよ」

「………………信じられない世界が存在するようだな」

 

 A○D狂信者の助言が役に立たないとわかったので、店員と手短に会話して用途を伝えたら、AS○S製のゲーミングマザーボードがお勧めのようだ。ASU○はマニアの間でも鉄板であり、ハードもBIOSも良質で、将来のアップデートにも期待できるそうだ。


 マニアックな内容すぎてだんだん付け焼刃の我輩がついていけなくなってきたのだが、川崎に任せるとAM○製品に染められてしまうので、自力で立ち向かうしかなかった。


 と思っていたのだが、川崎は残りのパーツである、ケース、メモリ、SSD、電源は高品質かつ無難なものを選んでくれた。


 我輩は目をぱちくりしながら驚いた。


「……川崎よ。なんでCPUとマザーボード以外は普通に教えてくれたのだ?」

「だってAM○だろうとI○TELだろうと共通の規格ですからね」

「そこまでA○Dに入れ込んだ理由はなんだ?」

「それはですね――」

 

 川崎はぺらぺらぺらぺらと演説みたいな持論を語り始めた。とてもではないが描写すると文字数が膨らむだけであった。全部省略だ。ついでに川崎は放置プレイだ。


 ――さてお会計をすませて一人で長屋に戻ったぞ。さっそく組み立てだ。

 

 組み立て説明書には、静電気に気をつけろ、とあった。ばちっと静電気を発するだけでパソコンパーツは壊れるという。高価な製品であろうと一撃だ。さすがにパーツを一式そろえたから我輩の貯金をごっそり削るほどの総額である。静電気だけは回避しなければ。


 がらっと花江殿が玄関をあけて、回覧板を持ってきた。


「あら暮田さん。なんですか、このゴテゴテした機械の数々は」

「いっておくが花江殿。絶対に触ってはいけないぞ。絶対にだ」

「そんなこといわれると触りたくなりますね――きゃっ静電気、こっちも静電気。なんだか楽しくなってきました。うふふ、暮田さんが困ってると気分がよくなりますね」


 上機嫌の花江殿がすべてのパーツを素手で触って見事に静電気をスパークさせた…………。


 我輩の意識は空白となり、花江殿が何度揺さぶっても返事がなかったという。

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