第36話 久々のウィザードリィオチ 三が日の最後は怪獣と戦え!

 我輩、海でカニを捕まえてきた。正月の三が日ラストを、長屋〈霧雨〉のメンバーで宴会することになったからだ。しかしカニのサイズに問題があった。サッカーゴールと同じぐらい巨大なカニだったのだ。わしゃわしゃと8本の足が活発に動いていた。


「く、暮田さん……どうしてこんなに大きなカニを?」


 管理人の花江殿が若干引いていた。


「花江殿が大きなカニを食べたいというから、深海まで潜って手づかみで獲ってきたのだ」

「こんなに大きなのを手づかみっ!? 暮田さんの祖国ではワイルドな漁師さんが多いんでしょうねぇ……」

「ワイルドか否かは些細な問題だ。我々が直面した問題は、こいつを誰が調理するかだ」


 巨大なカニは生きていた。口とハサミがカチカチと動いて生命を強調している。サッカーゴールぐらい大きいだけあって、目が黒真珠みたいにつぶらであった。その大きな目が……ぐつぐつ沸騰した大鍋を見つめていて、じわっと潤んでいるのだ。どうやら食べられてしまうことを理解していて、命乞いしているらしい。


「わ、わたしにはできませんっ」


 花江殿が両手で顔を覆った。でもお腹はぐきゅるると鳴った。すると携帯ゲーム機の画面に目をそらして逃げようとした大学生の川崎に「いつも冷静な川崎さんなら、あのカニだって茹でられますよねっ」とバトンタッチ。


「…………」


 川崎は口を一文字にきつく閉じて、ちらっと巨大カニを見た。


 ぎしぎしと両手のハサミを振って懇願してから、つーっと大粒の涙を流した。


 こ、これは誰であってもやりにくい。いくら海の幸といえど、相手の表情が見えてしまうと茹でるなんて無理だ。


 川崎は無言のまま、お笑いを練習するフリで逃げようとした高校生の園市の手を強く握った。


「か、川崎さん! 俺、ちょっと芸の練習が忙しいんっすよ!」


 冬空の下で上半身裸である園市が、がくがく震えていた。寒いからではない。カニが大きくてつぶらな瞳からせつない涙をこぼしていたからである。


 花江殿が、我輩のお腹のあたりをぐいぐい揺さぶった。


「暮田さんっ、どうしてこんなに大きなカニを獲ってきたんですかっ! 普通のサイズだったら鍋に蓋をすれば見えなくなったのに!」

「花江殿が大きいほうがいいといったのではないか」

「わたしは悪くありませんっ。ゲームして逃げようとする川崎さんが卑怯なんですっ」

「…………」川崎が無言のまま園市を盾にしした。

「お、俺はお笑い芸人志望なんで熱湯風呂は得意っすよ。やっぱりカニが大きいのがいけないんじゃないかなぁ……??」以下ループ。

 

 そんな醜い責任のなすりつけあいをしていると、珍しく【D&G】社長の伝助が帰ってきた。みんなの目線が狩人のように光った。こいつがスケープゴートだ。


「伝助! お前ならやれる!」「伝助さんっ、お願いしますっ」川崎が無言で伝助をカニの前へ引っ張っていく。「伝助さんならやれるっすよ!」


 最後に園市が伝助の背中を突き飛ばす――伝助はたたらを踏んでカニと鍋の前へ飛びだした。


 ついに今生の別れかと巨大カニはぶくぶく泡を吹きながら、ぼろぼろ泣いた。


 伝助は「ぼ、僕にやれと、こいつをやれと?」と引きつった顔で振り返った。


 我輩たちは、こくこくこくと高速でうなずく。みんな残酷な行為だと思っているがカニは食いたかった。


 伝助は社長らしく、周囲の期待に弱いらしい。しかし巨大カニの大粒の涙にも弱い。だが逃げる選択は持っていないらしく、最後の決断を下した。


「こ、こ、こ、こけこっこー!」


 伝助は錯乱すると、火事場の馬鹿力で巨大カニを背負って、東京湾まで全力疾走! ぶんっと海へ投げ飛ばして巨大カニ生存ルートを選択した!


「はぁはぁはぁ、まったくちょっと油断すると、地獄が生まれるな〈霧雨〉は」


 さすがに疲労困憊らしく、伝助はぐでーっと倒れていた。ここがチャンスと我輩は意地悪をいう。


「伝助よ。人道的な方法ではあるが〈霧雨〉の住人たちはカニを楽しみにしているぞ」

 

 みんなカニを茹でなくてよかったことをホっとしているのだが、カニを食べ損なったことは残念に思っていた。ちょっと都合がいい。でも人間の感情である。


「金持ちを舐めないでほしいね」

 

 伝助がパチンっと指をはじくと、専属の運転手――伝助の祖父がやってきて、築地から仕入れてきた新鮮なカニを台車で運んできた。冷凍保存の商品だからカサカサ動くことはない。みんな安堵した。


 だが遠くから地鳴りが聞こえた。ずぅんずぅんずぅんっと。何事かと思ったら、全長200メートルくらいの怪獣カニが東京湾からズサーっと出現して、長屋〈霧雨〉を目指して横歩きをはじめたではないか!

 

 ど、どーなっているのだ。魔界にだってあのサイズのカニはめったに出ないというのに。園市が我輩の肩を揺さぶった。


「暮田さん出番っすよ! この物語はじまってからグレーターデーモンらしいことなんもしてこなかったから、力を発揮するチャンスっすよ!」

「園市、ギリギリのメタ発言だな?」

「そんなこといってる場合じゃないぐらいピンチですってば! あの怪獣カニ、どう考えても子供を捕獲されて怒った親っすよ!」


 というのは本当で怪獣カニの目は刃のように釣りあがっていた。ぶーぶーと激怒するように泡も吹いている。なんてことだ。自然の摂理に従って漁業をしたら怒りを買ってしまったのか。


 さぁどうやって対処したものかと知恵をしぼっていたら、いきなり怪獣カニが口から怒りのビームを吐いた! なんでカニがビーム!? ええい、そんなことより長屋にビームが迫ってきた!


 よし、我輩、園市がいったようにグレーターデーモンらしいことをして、みんなに感謝されてしまおうかな。自慢の攻撃魔法で、攻撃魔法で……。


「……攻撃魔法ってどうやって使うんだっけ?」

「暮田さん! まさか長い間戦ってなかったから使い方忘れたんすか!?」

「え、えーとえーとえーとコレだった気がする!」


 うろ覚えで攻撃魔法をびゅーんっと撃ってみたら、なぜかビームの防御力が上昇してしまった!


「あー! 今の守備力上昇させる補助魔法だった!」

「暮田さん! なにやってんすか!」

「待て待て待て、えーと、たぶんこれだ!」


 なんとなく思い浮かんだ攻撃魔法をびしゃーっと撃って見たら、なぜかビームの敏捷性が上昇してしまった!


「あー! 今の敏捷性上昇させる補助魔法だった!」

「暮田さん! 真面目にやってください!」

「えーと、うーん、あー、思い出した、今度こそ!」


 ちゅどーぉおおおんっと東京ごと大爆発――ティルトウェイト核爆発だった! ビームも消えたが我輩たちも真っ黒こげである。げほげほ。あー煙がすごいなぁ。都庁が真っ二つに折れて都民全員がアフロヘアになってしまったが気にしないでおこう。


 なお怪獣カニだが、ティルトウェイトにびっくりして海に帰っていった。なんだかんだ彼の子供だって生きているんだし、結果オーライというやつである。


「さっきの謎の爆発で、ちょうどカニも焼けたね。そう謎の爆発。汚染とかそういうのないから。安全だから」


 ギリギリの発言をした伝助がカニを配ってエンディグだ。今日は三が日の最後だから、東京壊滅なんて些細なことを気にしてはダメだぞ。どうせ次回には元通りなのだから。


 みんな、今年はいい年になるといいな!

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