第32話 違いのわかる男 新人お笑いコンビ悪魔とデブ

 ミノタウロス族のミノル殿が、自作の彫像を長屋に持ってきた。


 題名は【引き時を見誤った勝負師】であり、魔界の古典寓話に登場するギャンブラーが崖から落ちそうになっていた。


 我輩の視点から見れば、隙のない芸術品なのだが、作者であるミノル殿はふいごみたいにため息をついた。


「最近のおいら、すっかりスランプなんだべさ。調子を取り戻すきっかけがほしくて地球へきたんだっぺ」


 スランプか。芸術家の天敵だな。うまい解決方法が地球で見つかればいいのだが。

 

 まず我輩は、ミノル殿にオレンジジュースを差し出した。


「芸術家の感性は繊細だな。我輩みたいな凡人では、いつもと同じクオリティに思える」

「そんなことないっぺよ。こことかこことかこことか」


 指差しで教えてもらったが、違いがさっぱりわからない。


 なら違いのわかる男が必要か。某コーヒー会社のCMに起用された人たちを探すのが手っ取り早いかもしれない。


 どれどれとスマートフォンで調べてみたら、ネタにしたら怒りそうな芸能人が列挙してあった。いや以前も存命の芸能人をネタにしたことがあるのだが、あの人たちはネタにされることに慣れているから安全だと判断していた。だがこの人たちは危険球ど真ん中だ。


 さぁどうしたものかなと某コーヒー会社のインスタントコーヒーを飲みながら考えたところで、ぴかーんっと閃いた! 我輩が某コーヒー会社のCMに起用されれば違いがわかる男になれるではないか!


 まさに発想の転換。天才のひらめき。芸術品の観察眼を鍛えるために必要なものだな。


 さっそく我輩はテレビ局に侵入すると、以前【大食いチャンプ】という大食い番組で知り合ったプロデューサーに接触した。


 だが彼は、いきなり我輩に神社のお札を投げつけた。


「くるな疫病神!」

「失敬な。我輩は悪魔だ」

「どっちも似たようなもんだろ! っていうかなにしにきた!」

「我輩を某コーヒーのCMに起用してくれ」

「どっからツッコめばいいかわかんねぇよ!」


 いきなり我輩とプロデューサーの肩をガシっと掴むものがいた。お笑い芸能事務所の敏腕マネージャーである。


 ――なぜか我輩とプロデューサーは生放送の漫才番組に出演することになった。どうやら予定していた漫才コンビがインフルエンザで仲良く倒れたらしく、隣のスタジオで言い争っていた我輩たちが数合わせで放りこまれたわけだ。


 司会進行のアナウンサーが「新人お笑いコンビ【悪魔とデブ】です!」と紹介したらプロデューサーが「おれのどこがデブだ!」とブチキレてつかみかかったのだが三段腹と二重アゴがぶるるんっと揺れるものだから会場の客がどっかんと笑った。


 客はおもしろいかもしれないが、プロデューサーはネタではなくマジでキレているので、しぶしぶ我輩がいさめることになった。


「落ち着きたまえデブ」

「誰がデブだ!」


 またどっかんと笑いが発生。しかしプロデューサーが限度を越えて怒ってしまうと、我輩は違いのわかるCMに出演できなくなってしまう。


「いいかプロデューサー? 我輩は違いのわかる男のCMに出たいのであって、ツッコミ役ではないのだぞ」

「どう考えもお前がボケの見た目だろうが! この疫病神!」

「だから我輩は悪魔だと何度いえば」

「違いがわからない!」

「しかし我輩は違いのわかる男になりたい」

「ならネ○カフェとA○Fどっちのコーヒがうまいか説明してみろよ」

「なんだその胡乱な横文字は」

「メーカーの違いすらわかってねぇじゃねぇか!」


 またどかんと大笑い。なんで観客は笑うのか。我輩はただプロデューサーを落ち着かせて、違いのわかる男のCMに出たいだけなのに。


 というか観客席のミノル殿まで牛の頭を大げさに揺らしてゲラゲラ笑っていた。なんだこの疎外感は。我輩だけ孤軍奮闘してみんなに見放されたような絶望感すらある。


 いきなりプロデューサーがずばんっと帽子を床に叩きつけて、こういった。


「もういいわかった疫病神。お前をCMに出すようにぶっこんでやるよ」

「だから悪魔だと何度いえば」

「どっちでもいいっつってんだろ!」

「しかし違いのわかる男になるためには、細かい違いもわからなければな」

「なんでこっちまで違いがわからなきゃいけないんだよ!」

「わかれよデブ」

「だからデブじゃないっつてんだろ!」

「ちなみにこれは?」


 我輩が手でハートマークを作ったら「ラブ!」と乗ってきた。


「なんだノリノリではないかラブ」

「デブだっつってんだろ! あ」

 

 お客さんが大爆笑して、我輩たちが挨拶をして、ちょうど持ち時間終了であった。


 お笑い事務所の敏腕マネージャーが、我輩たちに感謝した。


「いやー、まさか即席コンビがあんな笑いをとるなんてね。どう、また別の番組でやってみない?」


 なぜか我輩とプロデューサーは、新人お笑いコンビ【悪魔とデブ】としての活動を続けた。見た目のインパクトもあったから売れ行きは右肩上がりであり、テレビ番組の出演本数が一ヶ月で10本を越えるようになってきた。


 ある日の収録が終わってから、楽屋で反省会となった。


 我輩はネタ帳を片手に、プロデューサーに話しかけた。


「やはりツカミは大事だな。最初でコケるとすべてがうまくいかなくなる」

「ああ。デブをうまく強調するアクションをしないと」

「だが相方、最近やせてきたな。どうした?」

「スケジュールカツカツだから、食う暇がないんだよ」

「ふーむ、食レポの番組を増やせば一石二鳥か」

「名案だなそれ。よし、マネージャーに頼んでお昼の情報番組に出演するか」


 ――がちゃりと控え室のドアが開いて、花江殿が鬼の形相で入ってきて、ぶぅんっとナギナタを構えた。


「暮田さんっ! お仕事サボってお笑い芸人やるなんて、やるなんて……あれ、お笑い芸人もお仕事ですね……?」


 天然ボケを発揮したわけだが、おかげで我輩は正気に戻った!


「――――な、な、なんで今まで普通にお笑い芸人みたいな生活をしていたのだ!」

 

 同じタイミングでプロデューサーも正気に戻った。


「売れて気分がよくなって本来の仕事忘れてた……」


 そこでスランプを抱えていたはずのミノル殿も爽快に入ってきた。


「二人の笑いは最高だべよ。オラのスランプがすっかり吹っ飛んだっぺ」


 どうやらいつのまにか本来の目的を達成したらしい。


 なら、深く考えないでいいか。


 我輩がお笑い芸人生活を終わらせて長屋へ帰ろうとしたら、プロデューサーが涙を浮かべてすがりついてきた。


「おれたち、うまくやってきたじゃないか、疫病神!」

「だから悪魔だと何度いえば――」


 定番のセリフを返したら、我輩の目にまでじわっと涙がにじんだ。売れても苦労はたくさんあった。お笑い芸人は身体を張ってロケをしなきゃいけないし、事務所の扱いはテキトーだし、マネージャーが雑だし。


 でもプロデューサーと一緒に大勢のお客さんを笑わせてきたではないか。


 それを捨てるというのか。正気に戻ったぐらいで。


 我輩は、がしっとプロデューサーの手を握って、高らかに宣言した。


「もう少しだけ……もう少しだけがんばるか」

「そうだよ! せっかく売れたんだからさ!」


 こうして我輩とプロデューサーはお笑いコンビとして二年目を迎えた――のだが、あっさり売れなくなって解散になった。


 ミノル殿の彫像が我輩の部屋に置いてあった――【引き時を見誤った勝負師】――なおギャンブラーから悪魔の姿に作り変えられていたとさ。

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