第33話 オージロウ殿、リバウンドする!

 本日はオークのオージロウ殿が、いかにも豚らしい身体をぶよんぶよんっと揺らしながら長屋にやってきた。


「暮田さん、オラ、リバウンドしちゃったんだな……!」

 

 オージロウ殿は両手にリンゴを握り締めていた。口元には果物の汁と種がたくさんついていた。指先からはフルーティーな香りがする。背負っている巨大なリュックサックにはバナナ、みかん、ぶどう……果物だったらなんでも入っていた。


「オージロウ殿……さては果物なら太らないと思ってたくさん食べたのだろう」

「なんでわかったんだな……!?」

「わかるに決まっているだろうが!」

 

 思わず興奮してテーブルを叩いたわけだが、オージロウ殿はまったく動じず両手で握ったリンゴをがぶがぶ食べた。


「というわけで、ダイエットに付き合ってほしいんだな……!」

「なんでダイエットに付き合ってほしいといったそばから食べているのだ?」

「だってオラ食べるのが好きなんだな……!」


 どっと疲れが出た。オージロウ殿のマイペースっぷりには勝てない。


「まぁ、今日は太った原因がわかっているから、あとはダイエットするだけか。ただし今日は食習慣も見直してもらうぞ」

「わかったんだな……!」


 といいながら、リュックサックを抱きかかえてバナナとぶどうをムグムグ食べた。


「…………もういっそ太ったままでいいのではないか?」

「でも魔王さまに怒られて、暮田さんのところでダイエットしてこいっていわれたんだな……!」

「なんで魔王殿も我輩に任せるのだ……」


 とにかくダイエット開始だ。しかし相手は生粋のデブだから、ちゃんと計画してモチベーションを維持してやらないとあっさり挫折するだろう。


 減量目標を決めたいから、体重計で量った。


 びょーんっとメモリが振り切れてバキンっと本体が潰れてしまった。


 ……ダメだ、人間用ではキャパシティが足りない。


 しょうがないので近所の八百屋で業務用の重量計を借りたのだが、やっぱり破壊してしまった。


 …………オージロウ殿、いったい何キロなのだ。


 最後の手段として自動車工場で量ってもらった。


 2トン! トラックと同じ重さ! 体積からいってありえない!


「オラめちゃくちゃ重いんだな……!」


 さすがのオージロウ殿も狼狽した。


 というか、これは食べすぎが原因の太りすぎではない。もっと複雑な原因がある。我輩はきっちり説明した。


「これは食べ過ぎではなくて、誰かの陰謀だ」

「もしかしてオラが珍しく自業自得じゃないパターン……!?」

「普段から自業自得だと思っているならなんで食べ過ぎるかなぁ……」


 とにかくオージロウ殿が食べすぎたのではなくて、誰かのせいで体重が増えてしまったことがわかったので、魔界へ行くことになった。


 我輩は魔方陣を生み出すと、びゅーんっと空間を飛び越え、魔界へ到着した。


 山林と岩場ばかりの世界だ。空気は澄んでいて魔力が満ちている。細かな国の概念もあるが、魔王殿が統一しているから気にしないでいい。


 陰謀を張るようなやつに心当たりがあるから、我輩とオージロウ殿の職場である城へ向かった。


 絵に描いたような城が、険しい山の頂に建っていた。ぎゃーすぎゃーすと通勤用のドラゴンやワイバーンたちが離着陸していく。


「どうした弟よ、珍しい」

 

 兄上が書類を持って城門から出てきた。仕事中だからオーダーメイドスーツ着用である。うーむ、いかにも仕事ができそうなグレーターデーモンである。身内ながら惚れ惚れとする悪魔っぷりだ。


 と、そんなことより、オージロウ殿のことだ。


「兄上よ、オージロウ殿が太った原因だが、強力な呪いだ」

「あー、犯人に思い当たったぞ。こういうめんどうな呼び出し方をするバカ――おっと失礼、性格の捻じ曲がったやつが城にいる」

「やはり魔王殿が我輩を呼び出すためにか……」


 どうやらオージロウ殿はダシにされただけで、我輩を呼び出すことが目的だったらしい。ちょっと腹がたってきた。用があるなら本人にいえばいいのに、よりによって同僚に呪いをかけるなんて。魔王殿にもお仕置きが必要ではないだろうか。


 ぷんすかと怒りながら王座の間へいくと、薄いカーテン越しに人影が映っていた。魔王殿である。よっぽどのことがないと姿を現すことがない。


「魔王殿。オージロウ殿の呪いを解いてもらいましょうか。今すぐに」

「あれ、もうわかったのか?」

「兄上に教えてもらいました」

「一等書記官め……! せっかくオレが楽しもうとしていたのに……!」

「我輩に用事があるなら、素直に呼び出せばいいじゃありませんか」

「なんか負けた気がする」

「あなたはバカなんですか?」

「バカとはなんだバカとは! 魔王だぞオレは!」


 カーテンの向こう側で、むきーっと地団太を踏んでいた。子供っぽい人である。やがて落ち着いたのか、椅子に座って我輩を呼んだ。


「よし二等書記官。オレと勝負だ。それに勝ったら庭師の呪いを解いてやる」

「なんでそんな意地悪をするんですか」

「暇だから」


 ぬぅっと暗闇から兄上が出現して、魔王殿の襟首をつかんで持ち上げた。


「いま、暇とおっしゃいましたね?」

「いってない! 断じていってないぞ余は暇ではない!」

「さぁて、たまった書類仕事をやってもらいましょうか。私が代筆するにも限度があるんですよ」

「ひぃいいいい! 誰か助けてくれぇえええ!」


 もうなんでもいいから呪いを解いてくれないだろうか……。


「兄上、呪いをだな――」

「書類が先だ」


 なんで兄上も頑固かなぁ……。


 我輩とオージロウ殿は、お城の庭で体育座りすると、たそがれることにした。


「なんだか我輩たち、テキトーに扱われているな……」

「悲しいんだな……!」


 しばらくすると、書類作業でへとへとになった魔王殿が、使い魔のコウモリをよこしてきた。


『呪いは解く。だから……地球のアイスクリーム買ってきてくれ……』


 どうやらストレス発散に甘いアイスクリームを食べたいらしい。まぁ呪いを解くというのなら、やぶさかではない。


 さっさと地球へ戻ってスーパーマーケットでアイスクリームを買おうとしたら、オージロウ殿がぷるぷる震えた。


「た、た、たくさんアイスクリームがあるんだな……!」


 あ、まずい。ずっと果物ばっかり食べていたから、甘いお菓子に飢えているのだ。


「落ち着くのだオージロウ殿。いくら呪いが原因でも、食べたものは胃袋に蓄積する。もし今食べたらその分だけ――」

「うまいうまいうまいうまいうまいんだな……!」


 スポンジが水を吸いこむかのごとく、オージロウ殿はアイスクリームをドカ食いしていく。スーパーマーケットの店員が腰を抜かすほどのペースであり、什器は空っぽになってしまった。


「おかわりほしいんだな……!」

 

 あーあ、我輩しーらないっと。


 ――後日。魔王殿は約束どおり呪いを解いてくれた。しかしオージロウ殿はやっぱり太ったままだった。


「暮田さん。呪いは解けたのに、なぜかオラ、太ったままなんだな……!?」

「なぜか!? あれだけアイスを食えば太ったままになるに決まっているだろうが!」

「というわけで、今度こそダイエットに付き合ってほしいんだな……!」


 オージロウ殿は、ほかほかの焼き芋を両手に持ったまま、ダイエットを懇願していた。


 この人は、ずっとこのままだろう……。

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