第29話 魔界科高校の劣等生 さすその、さすその!

 元勇者で高校生の園市が、ある日突然わけのわからないことを言いだした。


「暮田さん。もしかしたら俺、数値では測れない強さを持ってるかもしれないっす」


 かなり深刻な中二病だった。いやしかし彼はお笑い芸人志望だから、もしかしたら笑ってほしいのかもしれない。だがもし本当に中二病に罹患しているとしたら、早期解決が必須だ。万が一に備えて、我輩は言葉のジャブを打ってみる。


「……もしかして、ペーパーテストや体力測定では計測できない強さなのか?」

「やっぱり暮田さんにはわかるんすね。俺に隠された真の力が」


 ダメだ真顔だ。これはお笑いでもなくネタでもなくガチの中二病だ。下手に否定したりバカにしたりすると、園市は本気で傷ついてしまう。いかにしてやんわりと思春期にありがちな勘違いだと伝えてあげるかが大人の度量というものだろう。


 でも中二病が相手ではなぁ…………我輩ひとりでは手に負えないと判断して、花江殿に支援を頼んだ。


「あの……わたし、こういう特殊な病気の治し方を知りません……」


 花江殿はおろおろしていた。


「我輩だって思いつかなかったから、花江殿と知恵を出しあうのだ」

「いきなり現実を突きつけるのはどうですか?」

「それをやったら園市は心に深い傷を負ってしまう」

「そうですね。本気ですものね、あの目は」


 園市は、高校の制服の襟を立てると「そろそろ俺の隠された力をひそかに知っている妹が出てきて、さすがお兄様、っていってくれるはずっす。さすおに、さすおに」などと言いはじめた。


 なんてことだ。病気が秒単位で悪化している。早く治さないと彼の人生に取り返しのつかない汚点が残ってしまう。具体的に言えば『襟を立てたまま園市なりにカッコいいポージングをした写真を撮ってしまって、それが数年後に発掘されてもがき苦しむ』である。


 せめて長屋の外に出る前に若者特有の病理に気づいてくれれば、学校や世間様に知られる前に解脱できるはずだ。

 

 いきなり園市が、我輩にお願いした。


「暮田さん、妹の出前一丁っすよ!」


 なにをいってるのだこのバカは、と思ったら、ぎゅいーんっと魔方陣が生まれて“妹”が出てきた。姪っ子のレッサーデーモン――烈紗である。こちらではレーちゃんと呼ばれていた。


 だが園市が地団太を踏んだ。


「こんな化け物みたいな妹じゃなくて美少女の妹に、さすおに、っていわれたいんっすよ!」

「わたしのどこが化け物よ!」


 ばしんっと尻尾でぶん殴られて、園市はフスマに頭から突っこんだ。なんだか哀れになってきた。


 なお姪っ子は、花江殿に黒子○バスケのBL同人誌を渡すと、さっさと帰っていった。あぁ、まだ腐の交流は続いていたのか。お腐れ道、地球と魔界を越えるというわけだな。


 えーっと姪っ子と花江殿の交流はどうでもいいとして、フスマから頭を突き出したままの園市に、優しく声をかけることにした。


「園市よ。その……ほら、今の状況……お笑い芸人としてはおいしいのではないかな?」

「今は魔界科高校の劣等生になりたいんす!」


 園市は、どうして中二病に目覚めてしまったのか教えてくれた。地球ではずいぶん前に放映していた魔法○高校の劣等生が、最近になって魔界で流通したらしく、魔界時代の同級生に薦められてすっかりハマってしまったという。


 恐ろしきはリアル高校生の熱量である。アニメや漫画の影響をモロに受けて。かっこよくなりたいと思うのだから。


「暮田さん、お願いするっす! 今すぐ俺TUEEEEEさせてくださいっす!」


 園市が、暑苦しい顔で我輩に迫った。ああちょっとめんどくなってきたぞ……。


「なんで我輩に頼むのだ……」

「だって暮田さん今でこそギャグキャラですけど、魔界にいたときは俺TUEEEEやれるぐらい強かったじゃないっすか!」

「園市。悲しいことに我輩がバトルしても需要がないのだ。いかにも強そうなグレーターデーモンが無双してもギャップ燃えがないからな」

「現実は悲しすぎるっすね……やっぱ流行に乗って異世界転移してチートで活躍っすかね」

「お前はそもそも転移してきたんだろうが」

「あ、そうでしたね。最近は普通に魔界に帰れるようになったから、すっかり忘れてたっす」


 なんてところで花江殿のつんざくような悲鳴が聞こえた。なにごとかと思ったら、ゴキブリの群れが出現していた! すまん、最近の我輩、自分の部屋を清掃するのを疎かにしていたから、ゴキブリが出現しやすくなっていたな。


 だが考えようによっては、園市の願望をかなえてやるチャンスだ。我輩は戸棚からゴキジェットを取り出すと、園市に握らせた。 


「園市! 念願の俺TUEEEEEチャンスだぞ!」

「ちょ、ちょっとおおおお! ゴキブリは無理っすよぉおおおお!」

「お前まさか節足動物ごときが怖いのに俺TUEEEしたかったのか」

「人間誰しも弱点のひとつもあるっす!」


 しょうがないので、我輩が普通にゴキジェットを使ってぷしゅーっと地味に退治した。


 すると花江殿が飛び跳ねて、我輩に感謝した。


「さすが暮田さんっ! こういうときは頼りになりますねっ!」


 さすが○○さんというフレーズに、園市が過剰反応した。


「あぁー! 暮田さんだけさすがっていわれてるじゃないっすか! ずるい! 俺もさすが園市さんっていわれたいっす! さすその、さすその!」


 そろそろ軌道修正してやらないと、私生活に支障をきたすレベルで中二病が悪化しそうだ。


 我輩と花江殿はごにょごにょ相談して、園市を元に戻すシチュエーションをお膳立てできないか模索した。


 ひとつしか結論は出なかった。


 まず時間の空いていた長屋の住人たち、および魔界から呼び寄せた友人たちを特設ステージに集めた。次に二十個ぐらいのフラフープを特設ステージに並べると、それらに魔法で火をつけた。あとは園市が裸で燃えるフラフープをくぐって、ゴールすればいい。


「は、ははは。なるほど、たしかにこれは俺にしかやれないことっすね……」


 園市はだらだら脂汗を流しながら、我輩たち観客を見た。みんなワクワクと期待していた。きっとお笑い芸人志望の園市なら奇跡を起こすだろうと。


「にゃろー! こうなったらヤケクソっすよ!」


 園市はすっぽんぽんになると、股間のアレをぶらぶらさせながら燃え盛るフラフープをくぐりぬけていく!


 本当にすごい! なんて度胸のかたまりだ! 股間のアレが火に触れて熱くないのか!?


「あつい! あつい! ちんちんあつい!」


 やっぱり熱いらしい! でも園市は走り続けた! 特設コースには段差があったり、ジャンプしないと越えられない池があったり、壁を登る必要があったりと難関なのだが、それでも園市は止まらなかった。


 すべての燃え盛るフラフープをくぐりぬけて、ついにゴール! 観客全員でスタンディングオベーション!


「さすが園市だ!」「さすが園市さんですねっ」「さすが園市くんですね」「さすが園市くんでござる」「さすが園市だべさ」「さすが園市くんなんだな……!」


 ――こうして園市は中二病を克服すると、さらなる高みを目指してお笑い道を突っ走ることになったという。めでたしめでたし、さすそのさすその。

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