第19話 喫茶店の注文からはじまる恋もある??? 魔界48のアイドルはエルフの美人さん

 長屋近くの喫茶店で、我輩は園市を慰めていた。


「わかれちゃったんすよー……まだちゅーだってしてないのに……汚れのお笑い芸人志望なんてイヤとかいわれて……」


 学校の担任とのアレコレをきっかけにお付き合いしていた子と破局したという。詳しく事情を聞いてみれば、どうやら園市の突飛なお笑いネタに女の子がついていけなくなったようだ。


 無理もない気がするが、本気でお笑い芸人を志望する園市にとっては、夢を否定されたようにも感じて二重にショックだったわけだ。すっかり落ちこんでいて、我輩がおごったコーヒーは一口か二口飲んだだけで、すっかり冷めていた。


「園市よ。若いうちは色々あるものだ。元気を出せ」

「暮田さんも、若いうちは色々合ったんすか」

「あった。それはもうのた打ち回りたいぐらいに黒歴史だらけだ。しかし今は元気だぞ」

「そうっすか……じゃあ、俺もいつかは元気になれるんすかね?」

「なれる。それどころか、すぐ別の女の子を好きになる。なぜなら世の中はこんなに広いのだから、かならず気の合う女の子が見つかるのだ」

「なんか暮田さんの話聞いてたら、勇気と食欲がわいてきましたよ。ハンバーグも注文していいっすか?」

 

 いい傾向である。もうすぐ立ち直るだろう。


「うむ。おごってやるから、まずは冷えたコーヒーを飲んでしまえよ。捨てるのはもったいないからな」


 といいながら店員さんを呼んだら、金髪碧眼で耳の尖ったエルフの女性だった。


「…………なんでエルフが地球の喫茶店で働いているのだ?」


 エルフの女性はスタイル抜群だから色っぽいはずのウエイトレスの制服がかっこよく見える。蝶々の羽みたいにキラキラした瞳と、きゅっと一筆書きしたように鮮やかなルージュが特徴的だ。


「あら、一等書記官の弟さんですね。わたし、お兄さんのところで秘書をやっていたエミリアですよ」


 一等書記官とは兄上の肩書きで、魔界における最上級役人であり、魔王殿の補佐役だ。ちなみに我輩は二等書記官といって、兄上の次に偉い。まぁ偉いといっても二等書記官は何百名と存在するから、兄上のように唯一絶対のポストではないのだが。


「そういえば、やたら美人のエルフが兄上を秘書をやっていたなぁ……まさか解雇になったから地球で出稼ぎしているのか?」


 我輩はジュースをストローで、ちゅーっと飲んだ。


「いいえ、自分から辞めたんです。アイドルになりたくて」


 エミリアは地球製の紙で加工したポスターをテーブルに置いた。


 エミリアが所属するアイドルグループ【魔界48】が地球で売り出し中らしい。所属メンバーすべてが魔界からやってきた人材で、他にもワーウルフの雌や、デーモン系の雌もいた。

 

 さすがにアイドルと名乗るだけあって、デーモン系の雌は身近にいそうな可愛さだった。目から漏れる淡い魔力とか、角の丸まった感じとか、毛並みの柔らかそうなところとか、いかにも同級生にいそうな感じだ。我輩がリアル若者だったら、擬似恋愛に熱中していたかもしれない。


「しかし、ずいぶんと冒険したな、エミリア。地球でアイドルになるなんて」

「本当は魔界でアイドルをやりたかったんですけど、魔王様がアイドルを認めてくれませんから。みんなで地球に飛び出してきたんです」

 

 魔王殿は芸術志向なので、サブカルチャーを認めない傾向にあった。先日ゴブリン族のあいだで流行した漫画も許容範囲の瀬戸際だったらしく、陰で兄上が根回ししてくれたから魔王様の逆鱗に触れなかっただけだ。本当に兄上は真面目で有能だ。今の我輩は……ちょっとだらけているかもしれない。


 ゴリゴリと園市が我輩のわき腹を押していた。


「暮田さん! エルフのエミリアさん、めっちゃ綺麗っすね! 俺、惚れちゃいましたよ!」


 目がハートマークになっていた。どうやら失恋の痛みは、ハンバーグとエルフの美人で吹き飛んだらしい。立ち直りが早くて清々しいほうが得をするのが人生というわけだ。


 だがエミリアは、ぱちりとウインクしながら園市にいった。


「アイドルは恋愛禁止だよっ」

「ひゃー! かわいいっすねぇ! 禁止されてるからこそ熱中するもんすよ! エミリアさん、俺とデートしましょう!」

「ライブにきてくれれば、いつでも会えるの」

「それじゃ普通のお客さんじゃないっすか!」

「ここだけの話……お客さんがぜんぜん入らないから、普通にきてくれるだけで本当に嬉しいの」

 

 冷静に考えてみれば、魔界の雌でアイドルグループを結成しても、地球上で人気が出るはずがない。どれだけデーモン系の雌の素晴らしさを布教したところで、他の種族に理解できるはずがないからだ。スマートフォンで【魔界48】の評判を調べたが、人気があるのはエルフのエミリア殿だけで、他の雌たちは化け物と中傷されていた。なんて心ない言葉だろうか。


 エミリア殿が、切実な顔でメニュー票を抱きしめて、こういった。


「二等書記官さん、魔王様に魔界でのアイドル活動認めてくださるように頼んでもらせませんか?」

「う、それは、ちょっと……」


 さすがの我輩も、魔王殿の芸術志向に口を出すのは、はばかられた。役人の労働環境について文句をいうなら素直に耳を傾けてくれるが、芸術志向に口を出すとヘソを曲げてしまう。最悪の場合は強力な魔法でお仕置きだ。


 ハンバーグとおかわりのコーヒーを平らげた園市が、ガタっと席を立った。


「暮田さん。俺、急用思い出したっす! すぐ戻るっす! スパゲッティも頼んでおいてください!」


 ぴゅーんっと弾丸みたいにファミレスを飛び出していった。いったいどうしたのだろうか?


 やがてエミリア殿がスパゲッティを持ってきたところで、園市が戻ってきた――ただし交通事故にあったかのようにボロボロであり、杖をつきながら歩いてきた。


「園市。なんで大怪我しているのだ?」

「直接魔王にアイドル活動認めろって文句いったらボコボコにされんすよー! あいつ心の狭いやつっすねー!」


 さーっと血の気が引いた。このバカ、ある意味勇者だ。もっともやってはいけないタブーを平気で踏んできて、しかも生還したのだ。


「というか、どうやって魔界へ戻った? 誰かに魔方陣を作ってもらったのか?」

「最近は、スマートフォンの専用アプリで魔界直通のタクシーが呼べるようになったんすよ」

「技術の進化は日進月歩だなぁ………………」

 

 我輩が技術の奇抜さに目を丸くしていると、エルフのエミリアが園市にぺこりとお辞儀した。


「わたしのために、こんな大怪我するなんて。ありがとう、園市くん」

「でへへ。男として当然のことをしたまでですよ。でへへ。でも、アイドル活動、認めてくれなかったっす。あいつ心が狭いんですよ」


 心が狭いか。もしかしたら勇気をもらったのは、我輩のほうかもしれない。アイドルだって労働者だ。労働者を守らないで、なにが労働基準監督官か。一か八か、お仕置きされる覚悟で魔王殿に魔法で訴えかけた。


 ――魔王殿、魔王殿、二等書記官のグレーターデーモンです。お願いがあって話しかけています。


 ――うるせぇバカ。アイドルなんて認めねぇぞ。


 すっかりヘソを曲げていた。だが我輩はめげずに訴えかけた。


 ――魔王殿、魔王殿、アイドルの雇用が生まれることを否定しては、あなたの臣民が苦しみますよ。


 ――む、そういう考えもあるか。……わかった。期間限定で認めてやる。ただし国が乱れるようならすぐ禁止だからな。


 期間限定で許可が出たことを伝えたら、エミリア殿が飛び上がって喜んだ。


「やった! ありがとうございます、二等書記官さん!」

「こちらの世界では暮田伝衛門と呼んでくれ」

「はい、暮田さん!」


 ちゅっと頬にキス! ふわっと花の香りが広がって、ちゅっと唇の柔らかい感触が浸透していく。我輩、目をぱちくりさせて、しばらくリアクションに困っていた。


 すると園市が、きーっとダスターを噛んだ。


「なんで暮田さんがモテてんすか! 俺がモテたいのに!」

「はっはっは。大人の魅力というわけだな」

「もう怒りましたからね! 管理人さんにいいつけてやる!」


 どたばたと園市がファミレスを出ていくと、数分後に花江殿がやってきた。


「へー、お仕事サボってなにやってるかと思ったら、金髪美人にちゅーしてもらってたんですか」


 じとーっと白い目をしていた。


「ち、違う! 若者の悩み相談だって立派な仕事だろう!?」

「金髪美人にちゅーしてもらうお仕事ですか。いいご身分ですね。」

「誤解だ。冤罪だ」

「ちゅーが誤解で冤罪ですか。だったらそのほっぺに残ったルージュはなんですか?」


 我輩は慌てて鏡で顔を見たら、エミリアの魅力的な唇の跡が、ぽってりと残っていた。


 ――なお花江殿の機嫌は丸一日悪いままで、壮絶なプレッシャーを感じた我輩は胃に穴をあけてしまったという。

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