我輩は暮田伝衛門(グレーターデーモン)である ~魔界から召喚された魔族の我輩が、いかに活躍し、いかに尊敬されたか(みなさん嘘ですからね。暮田さんは働かないで遊んでばっかりですよby地球人の花江陽子)~
第18話 パウンドケーキを作ってみよう! ただしおいしいとはかぎらない
第18話 パウンドケーキを作ってみよう! ただしおいしいとはかぎらない
明日の土曜、長屋の住人たちが交流を深めるために懇談会を開催するので、おやつとしてパウンドケーキを作ることになった。魔界にもパウンドケーキは存在するので、我輩も手伝うぞ。自前のエプロンを装着したから、材料の飛びはねも怖くない。
「暮田さん。ケーキ作り、得意だったんですか」
三角巾・割烹着姿の花江殿が、目をぱちくりした。
「うむ。だが趣味ではなく仕事で役立つスキルだな。手作りのケーキを贈呈すれば、心をとざした相手も心を開いて、真実を語ってくれる」
魔界のお仕事でも、業務中の金銭の受け渡しは違法だが、手作りケーキなら咎められない。違法労働と戦うためには、現場とのコミュニケーションが要となるわけだ。以前遊びにきたゴブリン族のゴブゾウ殿の故郷でも、手作りケーキが活躍して、悪徳経営者の手下から大事な情報を入手したのである。
「すごいですね。暮田さんが、普通の社会人みたいなことをいうなんて」
「我輩、花江殿と契約して地球にいるからこうなのであって、魔界にいるときは真面目であってだな」
「でも長屋にいる暮田さんは遊んでばっかじゃないですか。昨日だってわたしと一緒に隣町まで新しい格闘ゲームの筐体触りにいったわけですし」
「ははは、細かいことは忘れて、お菓子を作ろうではないか!」
大声でごまかすと、手分けしてケーキを作ることになった。花江殿は管理人室の道具で、我輩は故郷から持ってきた道具で、それぞれ自慢の味を作りあげていく。
二人とも手馴れているため、ほどなく完成した。
「……暮田さんのパウンドケーキ、色がヘンですよ」
花江殿は我輩のケーキを胡散臭そうに見た。ヘンといわれても紫と赤である。我輩の故郷ではスタンダードな色だ。
「そういう花江殿だって、こげ茶と白ではないか。こんな気味の悪いパウンドケーキ、聞いたことがないぞ」
「む。侮辱しましたね」
「ま、待て。料理中までナギナタを構えるでない。大事なことは味だな、味」
「そうですね。とにかくお互いのを食べてみますか」
というわけで、我輩は花江殿のやつ、花江殿は我輩のやつを、ぱくんっと一口食べた。
「あまぁあああああああああああああい!」「からぁあああああああああああああい!」
我輩はあまりの甘さに水をがぶ飲みして、花江殿はあまりの辛さに水をがぶ飲みした。
「花江殿! なんだこの砂糖の塊は!」「暮田さん! なんですか、この激辛のお菓子は!」
むきーっと二人してにらみ合う。それから自分で作ったやつを自分で食べる。
「どこが辛いのだ。おいしいではないか」「どこが甘いんですか。とってもおいしいですよ」
完全に意見が食い違っていた。だがお互いに料理自慢だからこそ譲れない線があった。まずは花江殿から攻撃開始。
「暮田さんの作ったやつは、ただの身体に悪い刺激物ですよ。味覚おかしいんじゃないですか?」
ムカっとした。まさか我輩の故郷の味を否定するなどと。
「花江殿の作ったやつこそ、糖尿病を誘発するだけの劇物ではないか。味覚が狂っているのは、そっちのほうだ」
「そんなことありませんっ!」
「そんなことある! まったく、故郷から友人を召喚して、試食してもらうからな」
我輩は魔方陣の形をした転送ゲートを作ると、魔界の山岳地帯からゴブリン族のゴブゾウ殿を呼んだ。
「拙者になんの用でござろう?」
「我輩のパウンドケーキと、花江殿のパウンドケーキを食べてみてくれ」
「これは幸運。暮田さんのお菓子は久々でござる」
もしゃもしゃと我輩のやつを食べれば頬が落ちそうなぐらいにんまり。だが花江殿のやつを食べると――。
「げほげほげほっ、なんでござるか、この甘ったるいだけのお菓子は。材料を育てたお百姓さんが泣いているでござる」
花江殿はショックを受けて、ナギナタをがしゃりと落とした。
「わ、わたしのお菓子がマズイなんてそんなことは……いや違いますっ! きっと暮田さんの故郷の人だから味覚がヘンなんですっ! 川崎さんに食べてもらいましょうっ!」
大学生の川崎も呼んで、二人のケーキを交互に食べくらべてもらった。
「暮田さんのは辛いし…………管理人さんのは甘すぎですよ…………」
川崎の顔色は地球よりも青くなっていた。常識人の常識的な味覚が客観的なジャッジを下したわけだ。
我輩と花江殿は、むーっと悩んだ。川崎に否定されたお菓子を懇談会に出すわけにはいかないだろう。しかし期限は明日なわけだから、計画変更が間に合う時間ではない。
すっかり困ってしまった。なにか名案はないものか。
するとゴブゾウ殿がポンっと手を叩いた。
「酸性とアルカリ性の中和みたいに、二つを合体させて提供すれば普通の味になるのではござらぬか?」
「名案だ!」「名案ですねっ!」
我輩と花江殿は名案に飛びついて、残っていた材料を合体させると、せっせと共同作業で数をそろえた。ただし残り時間が少ないため、試食はしなかった。
――懇談会当日。地球基準では標準的な色に焼けたパウンドケーキを入居者たちにふるまった。一晩かけて合成した自信作である。試食はしていないが。
「めちゃくちゃうまそうな色じゃないっすか!」
腹が減っていた高校生の園市が、誰より先にパウンドケーキに食いついた!
きゅーっと顔色が赤と白に点滅したかと思ったら、ばたんっと倒れて、ぶくぶく泡を吹いた。
…………おや、懇談会の様子がヘンだぞ。みんな殺気立っていて、今にも殴りかかってきそうだ。
「は、花江殿。急用があったのではないかな」
「く、暮田さん。わたし急用があります」
「逃げるぞ!」
「はいっ!
我輩は花江殿をお姫様だっこすると、長屋のみんなに攻撃される前に、びゅーんっと空を飛んで逃げ出した。
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