第10話 ボーカロイドは鳴りやまない
本日は大学生の川崎と一緒にパソコンを買いにきた。秋葉原のパソコン売り場には、ずらーっと箱が置いてあった。
箱には、微細な違いがあり、どうやらこれらがパソコンの本体らしい。なんだか胡散臭い道具だな。
「川崎、パソコンとやらだが、種類が多すぎないか?」
我輩はパソコンの外箱を、じーっと観察した。いくら装飾が違っていても、ぜんぶ同じに見える。
しかし川崎は、道化師みたいに怪しい笑みを浮かべながら、朗々と説明した。
「
いつもの爽やかな顔で、ぺらぺらと搭載パーツの細かな説明を長々と続けた。ナルシストの魔法使いが呪文を
それにしても、いくら説明されたところで、我輩にはさっぱり理解できなかった。
「ふーむ、難しいな。それで、どの箱を使えばボーカロイドを動かせるのだ?」
なにをかくそう、我輩はボーカロイドに興味津々であった。だからパソコンを求めていた。
「どれでも動きます。初音○クが発売されたのは十年前ですからね。当時のハイスペックが、今じゃガラクタですから、技術の進化は怖いぐらいですよ」
「ずいぶん詳しいな川崎」
「なにを隠そう
ジサカーなる未知の言語について質問しようとしたのだが、川崎の
「……わかった。川崎が選んでくれ」
一番安いやつから二つだけグレードが上のやつ――川崎いわく入門用の機材――を購入して、長屋に戻った。
初期設定は川崎にやってもらって、すぐさまボーカロイドの初音ミ○を立ち上げた。
青緑がパーソナルカラーの女の子だ。ツインテールとかいう幼い雰囲気の髪型で、花江殿に負けず劣らず胸が薄い。この子が我輩の入力した曲を歌ってくれるというのだが、
キーボード、マウス。なんだこれは。スマートフォンの
「先日、デーモン小山と一緒に歌った〈蝋人形○館・魔界バージョン〉を入力したいのだが、どうすればいいのだ?」
「最初の曲だけ僕が入力しますから、それを覚えてくださいね」
川崎はボーカロイドにも詳しいらしく、ぽちぽちとキーボードとマウスを操作してお手本を見せた。
ふむふむ、じっくり観察してみれば、そこまで複雑じゃないらしい。数をこなせば覚えられそうな手順だな。あとで
我輩の事情はさておき、さっそく初音ミクに出だしの部分だけ歌わせてみたのだが、棒読みだった。
「川崎、棒読みでは
「合否の基準は失神なんですか……」
「歌は破壊力だからな」
魔界においては、歌の力で聴衆を失神できるかどうかが実力の分かれ目だ。種族によっては歌の力で味方の軍団の力を強めたり、直接相手の軍団を攻撃することもあるから、歌の力が重要なわけだな。
「難しいと思いますよ。棒読み気味になるのがむしろ魅力といわれていますから」
「逆に考えたら初音ミ○をパワーアップさせれば可能なのだな」
「ぱ、パワーアップ?」
「うむ。我輩、
人形や石像を使い魔として
すると画面の初音ミクが、生物のように動きだした。
『どうも初音○クでーす!』
完璧な発音に、川崎が
「大変だ! なにも入力してないのにミクがしゃべった!」
『そんなに驚かなくてもいいと思いますっ』
「あぁ、これはきっと悪い夢なんだ……」
川崎が頭を抱えて
「たったいま、若い女の子の声がしました。まさか、二人していかがわしいことをしてるんじゃないでしょうね」
鬼姑みたいな顔で、じーっと室内を見まわして、最後にパソコン画面の初音○クに注目。
「なんですか、そのアニメ調のあざとい娘は」
すると画面の初○ミクが、ふんっと鼻をならした。
『そういう地味なおばさんは誰ですか?』
「地味!? おばさん!? なんて失礼な!」
花江殿はナギナタを振りかぶってパソコンを殴ろうとしたので、さすがに我輩が必死に止めた。
「おちつけ! パソコンは高価なのだぞ!」
「いいえ、こういう失礼な娘は早期に
せっかく乱暴モノを落ちつかせようとしているのに、初音ミ○はあおりだした。
『やーいやーい小じわを化粧で隠すおばさん』
「あなただって二十代の後半になったら小じわが気になるんです!」
『わたしはボーカロイドだから永遠の十六歳ですよーざまぁみろー』
とつぜん川崎がグワっと目を覚まして、初音○クの映った画面をわしづかみした。
「ミクはそんなひどいこといわない!」
『うわっ、キモオタ』
「キモオタなんて絶対にいわない! ああきっと
川崎は
利害の一致した花江殿と川崎とハイタッチして初音○クの
だが置いてけぼりになった我輩は、むすっとした顔で不満をもらした。
「二人とも、我輩の当初の目的である、ボーカロイドに故郷の歌を歌わせるという野望がまだ達成されていないのだが」
「自分で歌えばいいんです。そんなあざとくて失礼な娘に頼ることなんてないんです」
と花江殿。
「このミクは性格悪いから封印してもいい気がしますね」
と川崎。
これはダメだ。川崎は二度と協力してくれないし、対策も考えないまま再び初音ミクを使おうとしたら花江殿が
……いや待てよ。そもそも他人に頼って機械を動かそうとするのが間違っていたのではないか。初音ミクは趣味の道具なのだから、
我輩、目が覚めたぞ。これからは地球産の道具や機械だろうと、なんだって自分から吸収していく必要があるだろう。
というわけで、我輩は夢中になって使い方を覚えていく。せっかく魔法で初音ミクを自律して動かせるようにしたのだから、彼女に教官役をやってもらった。つらく厳しい特訓である。若いころ、グレーターデーモン族の教官にしごかれたのを思い出した。
あのころは、大変だった。今では賢くて強い我輩だが、頭が悪くて弱かった時代もあったのだ。
『がんばって伝衛門さん! もうちょっとで完成だよ!』
初音ミ○に――いやミクさんに励まされて、我輩は
深夜になって、朝焼けが見えてきて、それでもめげなかった。
こうして翌朝になった――ずぎゃああああんっという心地よい重低音が長屋に響いた。
目をひん剥いた花江殿と川崎が部屋へ入ってきた。
「な、なんですか今の体に悪い音はっ」「暮田さん、心臓が痛いですよ」
『お前たちを蝋人形っぽいアレにしてやろうか――っ』
完璧に魔界バージョンで調律されたミクさんが、聴衆を失神させるべく、全力全開で歌っていた。
「ふははは、我輩とミクさんの勝利だ! これで我輩もボカロPだな!」
勝利宣言もつかのま、どこかで力のいれどころを間違えたらしく、我輩のミクさんのデータが、世界中のパソコンにインストール済みのミクさんへ伝染していって、誰もが〈蝋人形○館・魔界バージョン〉を勝手に歌いはじめた。
『流行が終わったら二度と起動しないなんて、絶対に許さないんだからね!!』
まるで人間のように調律してきたソフトだからこそ、見捨てられたときの怒りは並々ならぬものだったらしい。魔界の歌の力で、地球の人間たちがドミノ倒しみたいに失神していく。
ああ、最高の環境だ。もっと歌の力で人間を失神させなければ。
我輩はとても気分がよくなっていたわけだが、世界中の人間たちを恐怖のどん底へ追いこんだのは、さすがにやりすぎだったらしい。
「ICPOだ! 暮田伝衛門はどこだ!」
国際警察とかいう
どうして毎度こうなるのだろうか……。
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