第9話 “デーモン”族の友人に会いにいく

 旧友が地球の芸能界で働いているというので、テレビ局という場所へ遊びにやってきた。


 建物の外見は、そのへんのビルと大差がない。だが利用者に特徴があって、派手な髪型の人物が目立つのと、やたら車の出入りが激しい。


「花江殿、ここは特別な場所らしいな」


 道案内および物見遊山が目的で、花江殿が同行していた。本日はおめかしにも気合が入っていて、いつよもり大人びて見えた。


「特別ですよ。テレビに出ると、みんなに注目されますから。お笑い芸人に、ミュージシャンに、俳優に。うふふ、わたし、一度でいいから見学してみたかったんですよね!」

 

 女学生みたいなはしゃぎかたをすると、せっかくのおめかしが台なしだ。


「となると、園市は将来ここへ出演したいわけか。現実的なのか、花江殿?」

「現実的かどうかはまだわかりませんけど、がんばってますよね、園市くん。わたしは汚れ芸人あんまり好きじゃないんですけど、夢を追う姿はステキだと思います」

「ふーむ、ならやはりテレビ局の汚れ芸人は、本当に腐った牛乳を頭からかぶって笑いを取るようなことをするのか?」

「喜んでやります。あ、ちょうど、園市くんが尊敬する出刃川哲郎さんがロケやってますよ!」


 出刃川なる小太りの中年がフンドシ一枚で出てきて「ヤバイヨヤバイヨ~マジでガチで寒いよ~……っていうか真冬なのにフンドシ一枚なんて頭おかしいだろ!」と大げさなリアクションをしていた。


 園市は、本当にアレを尊敬しているのか? 我輩の目から見ると、ちょっとまずい感じの中年男性にしか見えないのだが。


 せっかくだから、本人にコンタクトしてみた。


「君を尊敬するお笑い芸人志望の若者がいるのだが、なにかアドバイスをくれないか?」

「マジでガチでリアルに? それヤバイからチョーヤバイから」

「君の言語は辞書で検索けんさくするのが難解なんかいだな」

「っていうかこれ演出? 素人さんがカメラ入ってくるとかヤバすぎるんじゃないの?」


 いきなり花江殿が我輩の背中をグイグイ押して「撮影邪魔しちゃダメなんですよ! ほら離れますよ!」と怒鳴った。


「むぅ、我輩は迷惑だったのか?」

「これ生放送なんです! あのカメラでお茶の間に映像が流れてるんです!」

「おお! つまり我輩が皆の者に注目されているのか。おほんおほん、あー、我輩は暮田伝衛門である。おーい園市、お前の尊敬する出刃川がここにいるぞー」

「暮田さん実は目立ちたがり屋でしょう……」

「しかし花江殿も映っているわけだ」

「あらやだ。もっとちゃんとした服着てくればよかった……あ、そうだ。実家のお父さんとお母さん、わたしテレビに映ってますよ!」


 ついに警備員に怒られた我々は、テレビ局の裏手まで走って逃げた。


「もう暮田さんのせいで怒られちゃったじゃないですか。恥ずかしい」

 

 花江殿は、しかられた子供みたいに頬を赤くしていた。とてもではないが成人済みの女性には見えなかった。


「しかし花江殿もテレビに映るのはまんざらではなかったな」

「だってテレビだからしょうがないじゃないですか。というか、当初の目的忘れてませんか?」


 そうだ、友人に会いにきたんだった。


 今度はちゃんとした約束なので、警備員に事情を伝えれば、正面入り口を通っていいことになった。ロビーが待ち合わせ場所なので、我輩の友人が待っていた。


 派手な化粧をして、髪をツンツンに立てた男だ。


「おお! グレーターデーモン! 本当に地球へきていたのか。ガハハハ!」

「うむ。コーヤマンデーモンも、まさか地球で芸能人をやっていたとはな」

 

 コーヤマンデーモン、彼は歌の上手な魔族だ。細身の身体は人間と間違えられることが多かった。だが生粋の魔族であり、歌のためならなんだってやる芸事の猛者である。


「それがな、コールグレイデーモンだと通じなかったから、デーモン小山と名乗っているのだ」

「奇遇だな。我輩も暮田伝衛門と名乗ることにした」

「吾輩は小山で、お前は暮田か。して、そちらの妙齢の美人は?」


 コーヤマンデーモン――いや小山は、花江殿を興味津々に見ていた。 


「まぁ美人だなんて、いやですわ」


 花江殿は頬に手を当てて、にやにやした。子供っぽい、といわれることはあっても美人といわれることはないので、はしゃいでいるようだ。我輩は彼女を小山に紹介した。


「こちら花江殿といって、我輩が入居する長屋の管理人さんだ」

「おお、暮田がお世話になっている人なのだな。よろしい。せっかくだからお二人でエキストラとして出演してはどうだろうか。吾輩の音楽番組で出演枠があるから」


 貴重な機会である。我々は小山の担当するバラエティ形式の音楽番組へ出演することになった。


 洒脱なセットが組まれていて クラシック音楽が流れている。やはり芸事の世界は華やかなだな。もちろん裏側は血と汗と涙でぐじゅぐじゅに歪んでいるんだろうが。


 さて番組内容だが、若手のミュージシャンをゲストとして紹介してから、彼らに新曲を演奏してもらって、最後に小暮と一緒に古今東西の名曲をカバーするようだ。


 だから我輩が手を上げてリクエストした。


「魔界の名曲〈蝋人形○館〉をやってはどうだろうか」


 ぶわーっと会場が沸いた。


 他のエキストラさんに教えてもらったのだが、小山のバンドの名曲にも〈蝋人形○館〉があるそうな。


 どうやら小山は魔界の名曲をバンド形式に整えて、プロの道を歩みはじめたようだ。


「グレーターデーモン、あいや暮田伝衛門、吾輩と一緒に魔界を思って歌おうではないか!」


 せっかく小山が誘ってくれたから、一緒に魔界の名曲〈蝋人形○館〉を歌い始めた。もちろん故郷を思って歌うのだから、人間の言語ではなく魔界の言語だ。


 人間には聞き取れない言語の歌詞と、ぐわわーんっと魔力をふくんだ音波が広がって、カメラマンや出演者たちが、頭や胸をおさえて苦しむと、ばたばた気絶していく。


 これぞ魔界の歌の醍醐味――苦しみの中に喜びを見出せ!


 ごぃんごぃん――花江殿が我輩と小暮をナギナタでぶん殴って歌を中断させた。


「なんて歌を披露するんですかっ! みんな気絶しちゃったじゃないですか!」


 ちなみに小山はナギナタで気絶した。魔族を一撃とは、もしかして花江殿は本物の勇者ではないだろうか。


「むしろなんで花江殿は魔界の歌で気絶しないのだ?」

「暮田さんの暴挙をとめなきゃいけないという使命感が、わたしを突き動かしています」

「完全に勇者ではないか」

「黙れ魔王!」

 

 珍しくネタに乗ってくれた花江殿が、ごぃんっと追撃のナギナタを我輩にぶっこんで、やっぱり我々は仲良くテレビ局を追放となった。


 うん、正直ごめんなさい。小山にもあとで謝っておこう。


 なお、騒動をこっそり見ていたプロデューサーが、我輩と花江殿に番組の出演案内を送付していた。


『素人のお笑い登竜門〈お笑いナンバーワン!〉』


 というわけで我輩と花江殿は、夫婦漫才枠で出場した。


「はっはっは。魔界の歌でお前たちを苦しめてやるぞ!」

「苦しめちゃダメでしょ!」


 ごいん。突っこみのナギナタが決まると、会場がドッと沸いた。

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