第8話 伝衛門お笑い捕物帳 牛乳泥棒編

「て、てぇへんすよ、てぇへんすよ暮田さ~ん! あっ、障子だ! 頭から突っこまなきゃ!」


 ぐしゃーっと頭から障子に突っこんで、元勇者の園市が我輩の部屋に入ってきた。


 我輩は園市の上半身を掴んで障子から引っこ抜くと、頭の周りについた紙と木屑を取り払った。


「なんだ園市やぶからぼうに障子に頭から突っこんで」

「お笑い芸人はツカミが命っすから! じゃなくて、近所の小学校で牛乳泥棒が出たんですって!」

「……それは災難さいなんだな」


 本日のお仕事である長屋関連の書類作業に戻ろうとしたら、園市がガサーっと書類を取っぱらってしまった。


「下着泥棒のときみたいに俺たちで犯人みつけましょうよ!」

「警察とやらに任せればいいだろう」

「給食の牛乳盗まれたぐらいで警察なんて子供が泣いちゃうっすよ」

「ふーむ、そうかもしれないな。それで園市、お前学校はどうした?」


 本日は平日であった。


「面白そうな事件だと思ったんで早退してきたっす! あいだっ!」


 我輩は園市の頭をごちんっとゲンコツした。


「ちゃんと学校にいかないとダメだ」

「なんすか、一日ぐらい見逃してもいいじゃないっすか」

「お前はバカなんだから、基礎をがっちり固めて、出席日数も稼いで、卒業するのだ」

「わかったっすよー。じゃあ放課後に犯人探しを約束してくださいね」


 念押しに園市を学校まで送ってちゃんと授業に出席したのを確認すると、放課後になるのを待った。すべての授業が終了してから、園市と合流すると、さっそく近所の小学校へやってきた。


 夕暮れの小学校には、石灰と砂ぼこりの匂いが充満していた。小学校はどの学年もとっくに放課後だが、ランドセルを背負った子供たちが校庭で遊んでいる。


 彼らは我輩を見るなり大声で叫んだ。


「あー! 不審者だ!」


 びーびーっと防犯ブザーを鳴らした。


「なぜ我輩が防犯目的でブザーを鳴らされないといけないのだ?」

「毛深くて角が生えてて顔が怖いから!」

「むー、そういわれると言いかえせないのだ」


 防犯ブザーに困っていると、園一がヘンな顔で会話に割りこんだ。


「ふんばらふんばれぼんぼご!」

「なにそれヘンな顔ー」


 小学生たちはゲラゲラ笑って防犯ブザーを止めてくれた。


 うーむ、一発ギャグが子供の警戒心を解いたらしい。お笑いも役に立つ場面があるのだな。


 我輩は園市のヘンな顔に賞賛を送ることにした。


「すごい機転きてんだな園一、見直したぞ」

「へへーん。お笑い芸人目指して特訓してるんすから、これぐらいできなきゃ。じゃなくて、子供たちに事情聴取じじょうちょうしゅしないと」


 子供たちに牛乳泥棒の事情を手短に聞いてみた。すると黄色い帽子を斜めにかぶった女子が一生懸命語った。


「あのね、給食の時間になると、どこかの教室の牛乳が一個なくなっちゃうの」

「一個だけか?」

「うん、給食室から運びだすときには、すでに一個なくなってるの。ケースから抜きとられてるんだってさ」


 特定の部屋から運び出すときには既になくなっているというのなら、内部犯の可能性が濃厚のうこうだな。他にも聞き込みをしてみたが、めぼしい情報は手に入らなかった。

 

 次は犯行現場を調べる必要があるだろう。我輩たちは給食室へ移動した。


 ステンレスという素材で組み上げた清潔な部屋だった。とっくに昼は終わっているわけだから料理は一品も置いてなかったし、給食のおばちゃんと呼ばれる労働者たちも退勤したあとだ。残っているのは出汁の香りだけである。


 だが給食室の裏口から、一人の女性が顔を出した。二十代ぐらいの若い女性である。お菓子みたいな甘さと調度品のような美しさをあわせ持った色白の顔に、夕焼けの朱が差し込んだ。胸も尻も熟した果物みたいにふくらんでいる。魔族の我輩をうならせるほどの美人だ。


「あら、園一くん。本当にきてくれたのね。先生、うれしいわ」


 園市が我輩の耳元へ「先生は、この小学校で働いているんすけど、俺とはお笑いサークルで知り合ったんす。美人でしょう!」と嬉しそうに告げた。


 ははぁーん、なるほど。つまり思春期まっさかりの男子が、年上の美人に『給食泥棒に困っているの』という悩みを打ち明けられて、有頂天になったわけか。


 まったくけしからんな。勉強もそっちのけで美人とサークル活動などと。実にけしからん。


 我輩が園市の動機を推理して、甘酸っぱい気持ちになっていると、お互いの紹介をする流れになった。まずは園市が我輩を美人先生に紹介した。


「こちらが暮田さんっすよ。賢い人だから犯人見つけてくれるっす」

「園市くんが、口うるさいけど根はいい人といっていた暮田さんが、こちらの大柄な男性なのね」


 口うるさいは余計だと思うが、賢くて根はいい人はあっているだろう。


「小学校の先生。犯人探しは我輩に任せてくれ。もし本当に危ない泥棒だったら女性だけでは危険だからな」

「まぁ、やさしいんですね。ではよろしくお願いします」


 美人の先生がぺこりとお辞儀した。


 うんうん、美人に頼まれごとをされて、ちょっぴり気分が浮つくのもたまには悪くないな。よし、捜査開始だ。


「しかし暮田さん。どうやって見えない犯人を見つけるんすか?」


 園市が、額に手を当てて給食室を見渡した。


「実はもう発見した」


 我輩は、美人先生にアピールするかのごとく、ニヒルなピースサインで答えた。


「へ? マジすか?」

「マジだぞ。さぁ出てこい犯人。隠れてもムダだぞ」


 ひゅるりりりりと鬼火が表出ひょうしゅつして、女の子が地面から浮きあがってきた。だが普通の子ではない。足はないし身体は半透明に透けている。人間の幽霊であった。


「ゆ、ゆ、幽霊じゃないっすか――――っ!!」


 園市が腰を抜かして、震える指で幽霊をさした。


『はい幽霊なんです。うらめしやー』


 女の子の幽霊は、鬼火を園市に近づけた。


「ちょ、ちょっと俺を食べたっておいしくないっすからね!」

『幽霊に偏見へんけんがあるんですねーしくしくしく』


 らちがあかないので、我輩がバトンタッチした。


「幽霊よ。我輩に偏見はないぞ。魔族だからな」

『そうですねぇ。あなたすぐわたしを見つけてくれたし』

「アストラル反応があったからな、典型的てんけいてきな人間霊だ。成仏できなくて困っているのか?」

『実はそうなんです』


 幽霊は、床下から盗んだ牛乳パックをまとめて出した。口が開いていない。幽霊だから飲めないのだ。つまり牛乳を盗んだのは飲むためではなく、別の目的があった。


『生前、お笑い芸人が大好きだったんですが、最後に牛乳を使った一発芸が見たくて成仏できないんです』

「……ずいぶんとマニアックな要求だな」

『汚れ芸人が大の好物でして』


 汚れ芸人――我輩は、ちらっと園一を見た。


「任せてくださいっすよ! 俺、出刃川哲郎さんマジで尊敬してますから!」


 園市がバババっと衣服を脱いでパンツ一枚になったら、女の子の幽霊は顔を赤らめて両手で顔をおおった。


『脱ぐなら脱ぐっていってください!』

「なにいってんすか! 汚れ芸人ならこれが正装っすよ!」


 いきなり頭から牛乳をかぶって、その勢いのままパンツを脱ぐと、その空パックで股間を隠した。


 凄まじい一発芸だ……いや待て臭い!


 毎日盗んだ牛乳だから古いやつから腐っていたのだ!


 これは……すがすがしいまでの汚れ芸になったな。


 なお美人先生が、園市の格好かっこうに悲鳴をあげた。


「きゃー! 変質者へんしつしゃ!」

「え、ちょっと俺っすよ!」

「あなたみたいな腐った牛乳くさい変態知りません!」

「えええええええ!? 幽霊さんも無実むじつ証言しょうげんしてくださいよ!」

『満足したので成仏しまーす』


 きらきらーっと光って幽霊は成仏してしまった。


「うっそだー……」


 ファンファンファンファンっとパトカーのサイレンが近づいてきて、警察官たちが牛乳まみれの園市を変質者として補導ほどうしていった。


 あわれ園市、と思っていたら我輩までしょっぴかれた。なぜだ? え、こんな腐った牛乳臭い変質者の保護者は同じぐらい変質者だと?


 まったくどうかしている……幽霊を成仏させるためなのに……。


 ――なお取り調べだが、盗まれた牛乳を発見したことが刑事に伝われば、どうにか無罪放免となった。


 警察署からの帰り道。我輩と園市は、すっかり暗くなった土手でたそがれていた。


「なんで我輩たち、毎回誤解されて逮捕されるんだろうな」

「でも俺、良いことしたから満足してるっす」


 幽霊が成仏できたし、牛乳泥棒もいなくなったのだから、いいのかもしれない。

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