第5話 伝衛門お笑い捕物長・下着泥棒編

「て、てぇへんすよ、てぇへんすよ暮田さ~ん! あっ、バナナの皮! 踏まなきゃ!」


 すってーんっとバナナの皮を自ら踏んだ元勇者でお笑い芸人志望の園市が、どんがらがっしゃーんっと我輩の長屋に転がりこんできた。


 我輩は、園市の手を引いて起き上がらせてやった。


「なんだ園市、やぶからぼうにバナナの皮なんて踏んで」

「お笑い芸人はツカミが命っすから! じゃなくて、大家さんの下着が盗まれたんですって!」


 なお下着を盗まれた花江殿だが怒り心頭となり、長屋の井戸端で凶暴にナギナタを素振りしていた。うん、今はなるべく関わりたくない雰囲気だな。なのに恐ろしい切っ先は、なぜか我輩に向かった。


「……暮田さん。まさかあなたが盗んだんですか?」

「なぜ我輩を真っ先に疑う」

「わけのわからない理由で女性の下着を欲しがりそうだからです」

「冗談はよせ。下着泥棒なんてやるものか。それで警察には通報したのか?」

「しましたけど、一件ぐらいじゃまともに取り合ってくれないんです。どうせ風で飛ばされたんじゃないかって」

「それはありえないだろう。花江殿の衣類は一着ごとに頑丈な洗濯バサミで固定するのだから」

「……なんでわたしの洗濯事情に詳しいんですか? やっぱり盗んだんじゃないですか?」


 誤解を解くのは、園市だった。


「長屋で暮らしてたら、みんなの生活筒抜けっすよ。たとえば大家さんは身持ち固すぎて男にうといとか――いだいっ!」


 本日は園市がナギナタでぶん殴られてしまった。ちょっと理不尽だと思うぞ。


「いいですか園市さん。あなたは暮田さんみたいな大人になっちゃいけませんよ」


 花江殿は、園市に悪いことを吹き込んだ。きっと下着を盗まれたせいで、いつもより凶暴になっているのだな。


「とんでもない! 暮田さん強くて賢いっすから、きっと下着泥棒だって捕まえてくれるっすよ!」


 おお、園市。お前はいいやつだな。よし、ならば我輩と手を組んで、下着泥棒を探すとしよう。


 我輩は空間に染みついた記憶を再生する古代魔法が使えないので、花江殿のベランダ近辺に残っているであろう痕跡を〈科学捜査セット〉なるもので採取した。


「暮田さん。こうも日常生活の痕跡ばっかりだと、わけわからないっすね」


 園市は無数の足跡を虫眼鏡で拡大した。


 長屋の住民のものが複数あり、たまたまここを通りかかった部外者のものまであった。これじゃあどれが犯人の足跡かわからないな。


「そもそも、ここは下着泥棒するのに不向きな地形だな」


 我輩は花江殿が暮らす管理人室の周囲を見渡した。下着を干してあるベランダ側は、道路に面しているため、ひっきりなしに人間が通行していた。田舎と違って都内は人通りが途切れることがないため、衆人環視で犯罪はやりにくいだろう。


 ここで下着泥棒をやるようなやつは度胸どきょうがありすぎるか、ただのバカだ。聞き込み調査でもやれば目撃者が必ず出てくるはず。だが近所の人たちは、それらしい人物を見ていないという。


 なんだか様子がおかしいな? もしかして普通の窃盗事件ではないんだろうか。


 園市が、クイっと鳥類みたいに首をかしげた。


「あのー、これと似たような事件が、故郷で連発した時期がありませんでしたっけ?」

「魔界でか…………あ、飛行型モンスターが習性に沿ってイタズラしたパターンか」


 もしやと思って自前の翼で空を飛んで長屋を見下ろしたら、長屋を含む町内は鳥類のフンが多めに落ちていた。


 鳥類のイタズラで下着がなくなったことを裏づけするため、酒屋の店主に聞いてみた。


「そういや軒先のタワシがなくなったな。お隣さんもハンカチなくなったって」


 間違いない、鳥類が町内からモノを盗んでいたのだ。


 ――いきなりカサっと音がした。


 なんとカラスがクワーっと鳴くと、酒屋の店先に干してあった靴下をくわえて飛んでいったではないか。


「やはりか。園市追うぞ」

合点承知がってんしょうち!」


 我輩は園市を抱えると、びゅんっと空を飛んで泥棒カラスを追っていく。


 飛行距離は短く、東京タワーの見える公園で着陸ちゃくりくした。


 どうやら泥棒カラスは手ごろな木に巣を作っているらしく、ご近所から盗まれた道具が鮮やかに組みこまれていた。


 なお花江殿の貧相ひんそうな――じゃなかった控えめなサイズのブラジャーだが、卵を置く大事な部分の土台になっていた。


 平たいから、クッションとしてちょうどいいのかもしれない。


「どうするんすか暮田さん。巣を壊すのかわいそうっすよ」


 園市が、同情たっぷりの目でカラスの巣を見上げた。


「そうだな……とりあえず花江殿のブラジャーだけ返してもらおうか。他の盗まれたモノは他愛たあいもないものばかりだから」

「よっしゃ! だったら俺が取ってくるっすよ! 木登り得意なんです!」


 園市がひょいひょいと木に登って巣に手を伸ばしたら、泥棒カラスが激怒した。どうやら巣を襲われたと思ったらしい。ツンツンツンツンっと園市の顔を猛襲もうしゅう


「痛たたたたたた、下着だけ返してくれればいいんだって! もう!」


 そんな園市の大声に呼び寄せられたように、英語で騒ぐ集団が木の根元へ集まってきた。


 派手な旗を持っていて記載された文字を翻訳すると〈国際動物愛護団体〉らしい。


「アナタ! カラスの巣壊す! イケナイ!」


 カタコトの日本語で怒鳴っていた。


 面倒そうな相手だから我輩が対応していく。


「このカラスがご近所で泥棒をやった。だから一部のモノだけ返してもらうのだが、それもいけないのか?」

「そんなことしたら巣がコワレルヨ! 絶対ダメ!」


 どうも花江殿とは別系統の残念な人たちらしい。


 会話が成立しそうにないので無視して巣からブラジャーを回収しようとしたら、彼らは火がついたように大騒ぎをはじめた。


「動物イジメるナ!」「日本人は動物愛護精神を持て!」「ファック!」

「そんなこといわれても、我輩地球人ですらないぞ」


 ぴたっと騒ぎが止まると、今度はなぜか口笛を吹いて喜び始めた。


「UFO!」「グレイ!」「キャトルミューティレーション!」


 この頭のおかしな連中は、我輩の身体を珍獣のようにペタペタ触った。


 どうやら動物愛護より宇宙人への興味が上回ったらしい。


 わけのわからないやつらである。まぁいい。この隙に園市が仕事をこなせばいいわけだから。


 さっそく園市が、カラスの巣に手を伸ばして、花江殿のブラジャーを回収しようとした。


 ――ぱきん。なんと園市が乗っていた枝が根元から折れて巣ごと落下してしまった。


 完成間際の巣を壊されたことで泥棒カラスが激怒。


「ストップストップ! カラスさんツッコミはマジでやっちゃダメなんだって!」


 園市がクチバシでめった刺しにされ、巣が壊れたことで動物愛護団体が再び大騒ぎを始めて、壊れた巣からひらひらと平たいブラジャーが飛んできて、我輩の頭にぽとんっと着地。


 ――この最悪のタイミングでまたもや我輩は警官に囲まれてしまった。


「あっ! お前先日の左翼の過激派! 今朝の下着ドロの通報はお前が犯人か!」

「違うだろう、どう考えても!」

「だったらお前の頭にのったソレはなんだ!」

「ブラジャーだな」

「逮捕だ!」


 こうして我輩と園市は下着泥棒の罪で交番に連行され、真相を話すと紛らわしいことをするなとお説教されてしまった。


 カァカァとさきほどの泥棒カラスにバカにされながら夕暮れの道を淡々と帰っていると、なぜか園市が誇らしげにいった。


「今日の俺、お笑い的においしいっすか?」


 園市の芸の肥やしになったなら、よしとするか。

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