第4話 我輩、仕事のためにメイドに電話番号を聞いただけなのに公安に説教された

 透き通るような青い空。本日絶賛の買い物日和。我輩は秋葉原に用事があって電車の旅となっていた。


 グレーターデーモンである我輩の大きな身体だと車内は狭すぎるため、車両と車両の間にある連結部に立っていた。


 だがなぜか他の利用客たちは我輩を見て、


「なにあの毛むくじゃらの人。翼までつけてる」「これ秋葉原行きだからコスプレでしょ」「オタクマジキモい」


 と小声で会話しているのを地獄耳で拾った。


 オタクとは? コスプレとは? キモいとは? うーむ、地球の会話はさっぱりわからないな・


「でも暮田さんが秋葉原ってあんまりイメージにあわないですね」


 道案内してくれる大学生の川崎が苦笑いした。


「そうなのか? 家電製品という魔法グッズを購入するには秋葉原が最適だと花江殿に教わったのだ」

「それ古い情報です。今の秋葉原はオタクの聖地ですから」

「さきほどから気になっていたが、オタクとはなにを示す単語だ?」

「秋葉原へ到着すればわかりますよ」


 いわれるがままに秋葉原駅で降りたわけだが、なんというか……住民も建造物も雰囲気も普通じゃないのが伝わってきた。


 乱立する建物の壁一面に可愛い女の子が描いてあった。歩道では、どこかの屋敷から派遣されたであろうメイドがチラシを配っていて、それを受け取る男性は社会性に問題を抱えていそうな太った眼鏡の男性であった。


「川崎。もしやあれがオタクか?」


 我輩は、太った眼鏡の男性を尻尾で指した。


「ええ。収入や時間のほとんどをアニメという物語に費やすんです。ちなみに僕もそうですよ」


 川崎は、どことなく誇らしげに胸を張っていた。


「ふーむ、文学研究者みたいなものか。勤勉だな」

「ま、まぁ……そういう見方もできるでしょうね。とにかくこの町は家電よりもオタク関連の商品が充実しているので、ご期待に添えるかわかりません」

「困ったなぁ。我輩も〈すまーとふぉん〉がほしかったのだが」

「なんだぁ、それなら秋葉原じゃなくても、どこでも買えますよ」


 どこにでもあるという〈スマートフォン〉専門のお店に入店。細々とした手続きはすべて川崎に付き添ってもらって、ついに〈すまーとふぉん〉を購入した。


 うむ、我輩も地球の便利な魔法グッズを入手したぞ。詳しい使い方はおいおい覚えるとして、まずは電話機能とやらを試そう。川崎の番号を電話帳に登録――さっそくかけてみた。


「川崎。我輩の声は聞こえているか?」

『大丈夫、聞こえています』

「よし、これでまたひとつ地球の慣習を覚えた。それでこの電話帳には友人を増やしていくといいと花江殿に習ったのだが」

『今は通常の電話だけじゃなくて、メールにSNSの通話機能や無料通話アプリもありますね』

「むぅ、情報量が多すぎて混乱するな。実践じっせんしたほうが早いだろう。せっかくだから我輩の仕事をしたほうがいい」


 我輩の仕事――労働関係の監督業務だな。地球とて違法労働はあふれかえっているだろう。ためしに、さきほど見かけたチラシ配りのメイドへ声をかけた。


「貴殿の雇い主はどこぞの豪商だろうが、労働基準法に違反していないか知るために連絡先を教えてくれ」

「やめてください。メイドさんのプライベートは触れてはいけないのがこの町のルールですよ」


 メイドの顔は強張っていた。ただ雇い主を教えてもらおうとしたのに、まるで山賊に遭遇したかのような怖がり方…………どうやら華やかな装いの裏に巨悪が潜んでいたらしい。


 我輩は力強くうなずくなり、メイドに小声で語りかけた。


「豪商が奴隷のように貴殿たちを扱っていて、雇用条件の改善に乗り出さないように口止めしているのだな?」

「なにこの人頭おかしい! 誰か警察を呼んで!」


 どこからともなく群青色の制服を着た男たちが出現。あっという間に我輩を包囲した。雰囲気からして、どうやらこいつらが地球の衛兵らしい。全員が険しい顔をしていて、労働者の味方であるはずの我輩を敵視していた。


「つまり衛兵が豪商の味方をして、奴隷労働を見逃すというのか。まったく地球の権力機構は腐っていると見える」


 我輩が名推理を披露すると、地球の衛兵たちは困惑した。


「……お前はなにをいっているんだ?」

「知れたことよ。豪商と政治家が裏で結託して庶民を搾取するのが世の常。それを偉大な力によって打破するのが我輩の使命だ!」

「みんな気をつけろ! こいつ左翼の過激派だぞ! 機動隊に応援頼め!」


 鉄の箱に車輪をつけた乗り物が現場に駆けつけた。そこから半透明の盾を装備したガタイのいい男たちが何十名と降りてきて、我輩を包囲した。


 目つきや体格からして精鋭部隊を呼んだようだ。


「なるほど正しい判断だ。しかし我輩の魔力の前には――あいだっ」


 いつのまにか登場した花江殿がナギナタで我輩をぶん殴った!


「暮田さん! 今度はおまわりさんに迷惑かけてるんですかっ!?」

「迷惑だって? 我輩はただ労働問題の巨悪に切りこもうと――あいだっ」

「ついさっき川崎さんから聞きましたよ。メイドさんから電話番号聞き出そうとして通報されたって」


 川崎が曖昧あいまいな苦笑いをしていた。どことなく呆れているように感じるが、気のせいだろう。うん、そうに違いない。


 我輩は咳払いしてから、花江殿に釈明した。


「花江殿がいったのだぞ。電話帳の友人を増やすのがいいと」

「見ず知らずの人は友達じゃないでしょう?」

「うーむ、そういう視点か。これは難しいなぁ。しかし我輩、労働問題がだな――」


 川崎がこっそりと教えてくれた。


「この人たちはちゃんと雇用契約を結んでいますよ。労働時間に制約はあるし、報酬も出ます。まぁ広義の意味で社畜しゃちくなんて言葉もありますが、暮田さんの追及ついきゅうしていた問題とはズレています」


 あの賢くて真面目な川崎が理路整然りろせいぜんと説明したということは……。


 もしや我輩の早とちりか?


「…………我輩急用を思い出した! さらばだ!」


 翼を広げて空へ逃げようとしたら、精鋭部隊が蟻の大群みたいに押しよせて我輩を押し倒した。


「逃がさないぞ過激派め! 逮捕だ逮捕!」

「花江殿! 川崎! 冤罪だ! 助けてくれ!」


「助けませんっ! 一日ぐらいおまわりさんに搾られてきなさいっ」

 と花江殿。


「すいません暮田さん。やっぱメイドさんに電話番号聞いたらまずいですよ」

 と川崎。


 こうして我輩は逮捕され、取調室につれていかれ、公安とかいう陰湿いんしつな男にこってり搾られた。


 くそっ、理不尽だ。

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