第3話 勇者(馬小屋勤務)が地球へ異世界転移してきた

 本日の我輩は花江殿と一緒にテレビという幻惑魔法を拝見はいけんしていた。


「花江殿。この映像は、なにかな?」

「お笑い番組ですよ」


 お笑い番組なる単語を辞書で調べてみた。どうやら吟遊詩人のコメディアン版が一挙に集まって一芸を競う企画らしい。


 どこの世界にも一芸で勝負したい人間がいるわけか。夢を追う姿は美しいが、相応の苦労が伴うものだ。今成功していても、いつかは才能が枯れて第一線から退くことになる。


 願わくば、誰もが楽しく目標を追える世界にならんことを。


 ぱたんっと辞書を閉じたところで、快晴なのに唐突に落雷が発生。轟音と閃光が広がって地球の日中がより明るくなった。


 なぜか雷の着弾地点に魔力の歪みを感知した。妙な魔力の放出であった。もしなにかしらの魔法を撃ったならば、魔法式を感知できるはずだ。しかしさきほどの落雷は魔力が歪むだけのエネルギーの暴走であった。


 我輩は翼を広げて空を飛ぶと、着弾地点の様子を見た。


 一人の少年が、道路のど真ん中に仁王立ちしていた。


「すっげー! マジで馬車で転移してる!」


 その少年を見て、我輩は目を見開いた。


「貴様、勇者その1ではないか……!」


 勇者その1の胸倉をつかんで軽々と持ち上げた。


「ひぃいいい! グレーターデーモンさん、なんで地球にいるんすかぁああ!」


 勇者その1は、じたばたと暴れた。カエルとヤギを混ぜ合わせたみたいな顔で、どことなくお調子者の面影があった。身体はひょろりと細くて葉っぱみたいに軽かった。


「我輩が地球にいる理由なんてどうでもいい。そんなことよりお前に斡旋あっせんした馬小屋の仕事はどうした?」


 この少年は魔界にある、とある農家の次男だ。地元で実家の農作業を手伝いながら地味に暮らしていたが、ある日都会からやってきた詐欺師の勇者ねずみ講に引っかかると、村の青年たちと勇者パーティーを結成した。


 だが魔王殿は悪人ではないし、ダンジョンのお宝も三世紀も前に発掘が完了しているし、魔王の法に縛られて生きるモンスターを無意味に殺したら罪になる。


 つまり勇者の旅なんて成立するはずもなく、気の赴くままに地方を行脚して、なんの成果も得られないまま体力も路銀もつきてしまった。


 すっかり衰弱した勇者パーティは奴隷商人の罠にハマり、売り払われそうになったところで我輩が救出。勇者パーティーを馬小屋の労働に斡旋したという過去があった。


「その馬小屋の仕事で事故ったんすよ。興奮した牝馬におちんちんびろーんってやったら怒り狂って、馬車で突撃してきて、気づいたらここにいました」


 勇者その1は、大変バカな内容をあっけらかんと言った。


「…………なぜ、そんなバカなことをやろうと思ったんだ?」

「きっと俺の魅力に牝馬もメロメロになったんだろうなと思って、せっかくだからちんちん見せてやろうと思って」


 そうだ、こいつは底なしのバカだった。


「事故を起こしてしまったものはしょうがない。しかし、お前の口から転生やら転移やら難しい言葉が出てくるとはな」

「最近トラックに轢かれて異世界転生とか転移ってのが地球からいっぱいきてたじゃないっすか? それの名残っすね」


 いきなり近くの歩道橋で騒ぎが起きた。こんな声が聞こえてくる。


「オレはトラック転生してチートで活躍してハーレム展開でウハウハになる!」


 幸の薄そうな男子高校生がバカなことをいいながらトラックの走ってくる道路へ飛び降りようとした。


 だが我輩が魔力の紐で引っ張り戻したら、男子高校生はツバを飛ばしながら反論した。


「な、なにをするんだ! 今から楽しておいしい思いをしようとしたのに!」

「いいことを教えてやろう。異世界に転生なり転移してきた最初の一人はチートでハーレムを築いたのだが、二人目から効果がなくなった。チートの原理がファンタジー世界に広まって比較優位ひかくゆういが消えたのだ」

「うそだ! だって小説家になろうじゃ、みんないい思いしてるって書いてあったぞ!」

「鉱脈を発掘して利益をあげられるのは最初の一人だけだ。そして掘るものがなくなったら他人に掘る道具を売りつけるのが大人の世界だな」

「そんなぁ……ぼくはだまされたのか……」

「つらいかもしれないが日常に戻るのだな」


 男子高校生が肩を落として帰ったところで、勇者その1が鼻をかいた。 


「なつかしいっすね。俺も勇者ねずみ講にだまされちゃって、ひどい目にあいましたから」

「若気のいたりは誰にでもある。そこから立ち上がるのが大事なのだ」

「そうっすね。っていうかグレーターデーモンさんは、なんで地球にいるんすか?」


 かくかくしかじかと事情を説明したら、ふんふんと勇者その1はうなずいた。


「なるほど。じゃあしばらくその長屋でお世話になるっす。俺はもう魔界じゃ牝馬にぶっ飛ばされて消滅したことになってるだろうし」


 長屋へ戻ると、まずは管理人である花江殿に勇者その1を紹介した。


「なるほど、暮田さんの故郷のご友人で、名前はユウシャー園市そのいちさんですね。ロシア系とのミックスですか?」


 さすが花江殿、聞き間違えに関してはプロだ。


 勇者その1ことユウシャー園市も聞き間違えネームに不満はないようだ。


「なんでもいいっす。俺の名前、こちらの世界の発音だと難しいみたいなんで」


 とんとん拍子で園市の入居が決まった。次は学校を決めなければならなかった。こいつは十七歳であり、地球では高校に通う年齢なのだ。


 だから学力試験を受けさせたのだが、偏差値が三十を切っていた。


 悲しいかな。人柄は悪くないのだが、賢さに問題があった。これではまともな学校に入れまい。


 そんな心配をよそに、園市は鉛筆を鼻に乗せてお気楽な調子でいった。


「でも学校って面白いんすか?。異世界転生してきたやつから聞いたことありますけど、リア充ってのだけがおいしい思いして、他はクソみたいな青春送るらしいっすね」

「そういう知識ばかり充実じゅうじつさせていないで学問の知識を充実させたらどうだ?」

「だって俺バカっすから!」


 うーむ、バカであっても人柄は悪くないのだから、どこかしらの学校に入れれば地球の社会に順応できると思うのだが。


 すると花江殿が我輩のところへ学校案内の書類を持ってきてくれた。


「わたしが卒業した母校です。とてもいいところですよ」

「うむ。花江殿が卒業できる学校なら、きっと園市みたいな“バカ”でも大丈夫だろう」

「遠まわしに、わたしをバカにしないでくださいっ!」


 ごいんっと花江殿のナギナタが我輩を直撃した!


「むむ、痛いではないか。だが花江殿は天然で理解能力が低いことは否定できないのでは?」

「まぁなんて失礼なっ!」


 ごいんごいんごいんっと三連発!


「あいたた……と、とにかく園市を花江殿の母校へ連れていこう。話はそれからだ」


 さっそく花江殿の卒業した高校をたずねてみた。


 校舎と敷地は平凡なのだが、生徒たちが異端いたんだった。街中の若者たちと違って、見た目も言動も一風変わった人物ばかりなのだ。


 その理由を、学校案内を担当する教頭先生が語った。


「われらが私立三宮高校は、なにより個性を尊重しています。逆にいえば個性がないと苦しいかもしれません。だから一芸が優れていれば入試が免除です」


 それはバカの園市にはありがたいところだが、こいつに一芸なんてあったろうか?


「俺、馬の世話が得意っすね」


 さっそく園市が馬小屋で鍛えた乗馬スキルおよび馬の世話スキルを発揮したら、教頭が拍手した。


「これは面白い人物だ。よろしい編入を認めましょう」


 あっさり高校入学が決まると、園市が我輩に純粋な笑顔を見せた。


「グレーターデーモンさんが俺を馬小屋に就職させてくれたおかげで、こっちの世界でも学校が決まりました。ありがとうございました」


 我輩、柄にもなくジーンとしてしまって、ちょちょぎれた涙を見られないようにツーンっと上を向いた。


「う、うむ……これからも精進しょうじんせよ園市。人生はまだまだ長いのだ」


 ――数日後、心配になった我輩は、こっそり園市の学園生活を偵察ていさつした。


 なぜか園市は、パンツ一枚になってオーバーリアクションで熱々のおでんを食べていた。


「あっつあっつあっつ、そんなリアルに熱いやつだとリアクションとれないから! おいガチで熱いってば!」


 それを観戦する生徒たちがゲラゲラ笑っていて、なんだかお笑い番組みたいな雰囲気になっていた。


「……園市、なにをやっているのだ?」

「実は俺、第二の出刃川哲郎を目指してるんすよ! 汚れ芸人の頂点とってやります!」

「いや、乗馬スキルと馬の世話スキルはいったいどこに?」

「馬に蹴られてもビクともしないタフさで、熱湯風呂も水中脱出もなんでもやるっすよ!」


 ……まぁいいか。夢のある職業に向けてひたむきに努力するなら、成功しても挫折ざせつしても園市の糧になるんだろうから。

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