第2話 悪の枢軸スクエ○

 初めて地球の大地を踏みしめてから一日経過していた。


 我輩は掃除当番の奥深さを理解した。ゴミの分別は大事であり、これを怠ると環境問題が悪化するようだ。実際、魔界に比べたら地球の空気は濁っている。なんだか肺が黒くなってしまいそうだな……。


 よし、なら賢い我輩が環境汚染を食い止めようではないか! と思った矢先に、ゴミの分別を怠る住民が現れた。けしからんやつめ。


「そこの青年、待ちたまえ。ペットボトルは本体とフタを別々に捨てなければならないのだ」


 呼び止めたのは長屋〈霧雨〉の入居者で、細身で長身の爽やかな青年だった。名前はまだ知らない。


「あ、はい、すいません」


 青年は素直にフタを分別すると、別々の回収箱へ入れてくれた。


「おぉ、感心したぞ。君の真面目さに比べたら勇者パーティーは最悪だったぞ」

「ゆ、勇者……ですか? あのテレビゲームの?」

「テレビゲームとはなんだ?」

「あれ……やったことないんですか」

「ないな。我輩、まだ日本にきたばかりだから」


 という設定で通すことにしていた。魔界という別世界からやってきたといっても理解してもらえないだろう。花江殿の態度から明白だ。


「たしかに、外国によってはテレビゲームが流通したことないかもしれませんね。あなたはたしか、昨日大家さんと騒いでた新しい入居者さんですよね」


 青年は真面目な顔で一礼した。うん、好青年だな。


「うむ。我輩は……暮田でいい。暮田伝衛門」


 グレーターデーモンの話をするのがめんどくさかったので、この名前を使うことにした。


「僕は川崎です。川崎健吾かわさきけんご。大学二年生です」

「よろしくたのむ、川崎」

「それじゃあ暮田さん、お近づきの印に僕の部屋でゲームしましょう。絶対に面白いですよ」


 こうして我輩は川崎の部屋でテレビゲームなるものを楽しむことになった。ゴミ掃除は後でいいだろう。隣人と親交を深めていくほうがよっぽど大事だ。


 川崎の部屋だが、最小限の生活用具しか置いていなかった。そもそも長屋の各部屋はウサギ小屋みたいに狭いので、モノを増やしたくとも増やせないだろう。だがそれでも川崎は収納術を使いこなしていて、うら若き女性の写真や球技で使う道具が置いてあった。


「川崎。この球技で使うであろう道具が興味深いな」

「サッカーですよ。外国にもあると思ってましたけど」


 川崎が長方形の板を指先でいじったら、表面の絵が魔法のように変化して、サッカーという球技で競う選手たちの映像になった。


「なんだ川崎。魔法が使えたのか」

「えぇ!? これ、スマートフォンですけど」

「スマートフォンという名前の魔法か。幻惑げんわく系かなにかだろう。興味深いな」

「暮田さんって、かわってますね」

「ひ弱な人間にいわれたらおしまいだな。それでテレビゲームとはなんだ?」

「ちょっと古いやつですけど、日本じゃこっちのほうが馴染み深いので」


 川崎は〈ドラゴ○なクエスト〉と印刷されたビスケットみたいな板を、これまた中折れする幅広の板にハメこんで、なにかのボタンを押した。


 またもや幻惑系の魔法が発動したらしく、中折れする板に鮮明な映像が浮かんだ。どうやら川崎の指の動きにあわせて映像の人物たちが動くらしい。ずいぶんと奇妙な魔法だ。


「テレビゲームの魔法体系は、物質操作だろうか?」

「いや、これは携帯側のゲームですね。シリーズはたくさんあります」

「ふーむ。地球の魔法は系統がかなり複雑らしい。勉強が必要だな。辞書はないのか?」

「ありますよ。高校生のころに使ってたやつ。よかったらプレゼントします、もう使わないので」


 川崎が押入れから〈広辞苑〉という分厚い辞書を引っ張り出した。


 これだけ収録単語数の多い辞書があれば百人力だろう。


 我輩、魔法で他文化の言語を翻訳ほんやくできるから、辞書を丸ごと魔界の言葉に置き換えてしまった。


 さっそく調べてみれば、魔法の土台がニンテンドー3D○であり、そこへ埋めこむ小さな板がドラ○ンなクエストだ。


 つまり魔法を二段階で顕現けんげんする装置だな。


 きっと魔法の苦手な一般市民が、複数の術式を操るための補助道具だろう。


 感心した我輩は辞書を小気味よく閉じた。


「なるほど。科学とは、魔法を広く流通させる手段なのだな」

「……よくわかりませんけど、とにかくドラクエをプレイしてみましょうか」

「うむ。やってみせてくれ」


 さっそく川崎がドラゴンなクエ○トをやってくれた。


 そこには驚きの映像が映っていた。


 あの怠惰な勇者パーティーどもを操作して、無実のモンスターたちを倒していくのだ。


 しかも敵扱いを受けるモンスターは、姪っ子めいっこのレッサーデーモンだった。


 あんな真面目な子が敵!? しかも倒したら経験値とゴールドが手に入る!?


 な、なんで残酷ざんこくな遊具なのだ。


 地球は、もしかして極悪ごくあくな人間ばかりが住む大地なのか?


「く、暮田さん……大丈夫ですか? 顔色が悪いようですけど……」


 川崎が心配そうに我輩を見ていた。


「川崎は未来ある若者だろう。こんな残酷な魔法を使ってはいけない!」

「え、えぇ? 残酷ですか、ドラクエ?」

「レッサーデーモンを虐殺しているではないか、今ココで」

「え、あ、あぁー、レッサーデーモンはこの大陸だと手ごろな敵ですよね。経験値もゴールドも」

「手ごろだと!? あんないい子を経験値やお金ほしさに殺すというのか!?」

「え、あ、はい。レベルあがらないと、ゲームをクリアできませんからね」


 もしや地球は、モンスターを抹殺するために、日ごろから若者たちを洗脳しているのではないだろうか?


 川崎はこんなに真面目な青年だが、こういう残酷なゲームをやるうちにモンスターに対する憎悪ぞうおを膨らませて、やがて凶悪な思想を持つに違いない。


「川崎。このゲームという魔法を作った悪の根城はどこだ?」

「ニンテンドー3○Sは任○堂で、ドラクエはスク○ニですね」

「わかった。どちらも我輩が滅ぼしてこよう」

「ほ、滅ぼすってなにをする気ですか……?」

「ふふふ。我輩ほどの上級魔族ならば、城のひとつやふたつ吹き飛ばすのも朝飯前だ。ではいってくる」


 使命感を燃やしながら川崎の部屋を出たところで、ごいんっとナギナタが我輩の頭を直撃した。


「お掃除サボってなにをやってるかと思えば、テレビゲームで遊んでたんですか!」


 花江殿が腰に手を当てて、ぷんぷん怒っていた。なんて怖い顔をしているのだろうか。でも我輩にはちゃんとした理由があるのだ。


「話を聞いてほしい花江殿。地球には若者を洗脳するド○ゴンなクエストという邪悪な魔法がある。我輩はそれを滅ぼす義務があるのだ」

「ゲームを滅ぼすってどこの頑固オヤジですか。バカなこといってないで掃除当番をこなしてくださいっ」


 ごいんっ。もう一発ヒットした。けっこう痛い。もしかしたら、かいしんの一撃かもしれない。でも姪っ子のほうがもっと痛いはずだ。高貴なるグレーターデーモンである我輩が、こんなことでヘコたれてはいけないのである!


「違うんだ花江殿! 掃除当番なんかより邪悪を滅ぼすほうが大事ではないか」

「偉そうなこといって掃除当番サボリたいだけでしょう! ぜったいに許しませんからねっ、そんな不真面目な人はっ!」


 ごいんっごいんっごいんっ。今度は三発も殴った。痛いよりひどい。我輩、肉体よりも心が痛いぞ。


「我輩が不真面目? そんな風に見えるのか??」

「お掃除サボる人は不真面目に決まってるでしょ、この怠け者」


 怠け者。


 その単語が、ずぅうううっんっと響いた。


 あの怠惰な勇者たちと同じように見られていたのか。


 それはまずい。


 グレーターデーモンの名誉めいよにかかわる。


「わかった。今すぐ全身全霊ぜんしんぜんれいをかけて掃除当番をこなしてみせよう」


 こうして我輩はあらゆる魔法を使って掃除当番をこなすことになった。


 ちなみに川崎から旧型の〈ニンテンドーD○〉を借りて、いくつかのゲームに触れてみた。


 その中でも子犬を育てていく〈ニンテン○ードックス柴&フレ○ズ〉は最高だった。


 ということは、もしかしたら任天堂は悪の枢軸すうじくではなく、ドラクエを作ったスクエニという場所が悪の枢軸なのかもしれない。


 滅ぼすリストから○天堂を外して、スクエ○だけ残しておくことにしよう。


「ゲームばっかりやってないで仕事しなさい!」


 ごいんっ。


 ……今の花江殿のナギナタは、まぎれもなくかいしんの一撃でした。すいません、明日から真面目に働きます。


「いますぐ働きなさーいっ!」

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