第17話

エリーナは震える声と手でナイフを取り出した。


「な、なによ。偉そうに。子供のくせに。大口叩くんじゅないわよ」


冷たく冷酷な目つきで京一郎を見下ろす。


「痛い目、見せてあげる」


「悪いね」


「!」


エリーナは不意に足払いを食らった。すぐそばに転がっていたロッピーが放ったものだった。


たまらずエリーナが転倒するとすぐに京一郎がその上へと乗っかり、動きの邪魔をする。


「ナイフは?」


「奪った」


京一郎の問いにロッピーが歓喜の声を上げる。馬車の中で作戦を打ち合わせていた甲斐があった。相手の性格からいくつか反応をシミュレーションして、それらのうちナイフなどの仲間を開放できるものを手にする作戦のひとつが見事成功したのだ。


「戦いでのナイフ使いで負けても道具としてのナイフ使いなら……」


ロッピーが奪ったナイフを使い自らの縛めをたちまち解いていく。続いて周囲の仲間たちもどんどん開放していった。


「あわわわわ……!」


エリーナが顔を青ざめさせる。こうなっては数の差でどうにもならない。


最後に京一郎を開放した頃にはすっかり呆然とし、無抵抗になっていた。


「なぜ? なぜなの? 私ばっかり上手くいかなくて。絶対変よ。なにかに呪われているの? 誰も助けてくれないし……」


「ブツブツいってないで、あきらめな!」


今度はロッピーがエリーナを縛り上げた。


「今度はこのひとを人質にあの勇者野郎と取引するのか?」


「ああ、当然だろう。京一郎は不満なのか?」


「と、いうか効果があるとは思えないんだ。あの性格からして」


「まさか! 唯一の仲間を見捨てるっていうのか?」


「自分に都合が悪けりゃね。そういうタイプだ、あの手の男は」


「そんで原因は私らのせいにする、と? 典型的なDV男だね」


不意に教会全体が身震いした。建物全体が悲鳴を上げている。


「なんだ?」


京一郎がそう

つぶやき終える前に、教会は激しい突風のようなもので吹き飛ばされた、咄嗟に身を伏せたが、数人が宙へと飛ばされた。


「なんだなんだ? なにが起きている?」


かつて教会の入り口だった場所に憎っくき勇者が倒れ伏していた。死んでいるのだろうか?


そして、ふたつの存在が対峙していた。


「はっはっは! 粘るね!」


巨大な鉄塊のようなグローブをした女性が愉快そういにいう。


「ぬかせ」


全身黒ずくめの周辺の空気を汚染させるような禍々しい魔力を放出させている存在ともいうべき男性が苦々しく言い返す。


どういう状況かわからないが、とにかくあのふたりが戦っているらしいのはわかる。その戦いの余波で教会がまるまる吹き飛んだのだ。そして勇者は巻き込まれ、倒れたと思われた。


見ているだけで強さの次元が自分たちとはまるで違うというのが実感できる。こんな相手と戦うどころか、戦いに巻き込まれるだけでも大変なことになってしまう。


急いで逃げてしまいたいが、肝心の馬車は鉄塊グローブ女のそばにある。


今は戦いに夢中なせいか、隠れているこちらに気づいていないようだが、こっちに関心をもたれると非常になやっかいなことになるだろう。


願わくば、両者ノックダウンが理想的なのだが……。


ふと空になにかが見えた。


点のようだったものが、たちまち大きくなり、人間大となって今、対峙している超人たちの間に割って入るように地面へと降り立った。


「なんだぁ?」


「む?」


さすがの両者も驚いたらしい。割って入ったのは年頃は二十代も半ばあたり、白装束に朱塗りの鞘の日本刀を大小揃いで佩いていた。きりりと真っ白な鉢巻をした額からは三本の角が生えていた。


「私は<鬼>だ。魔王よ、大人しく捕縛されよ」

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魔王×勇者なんて世界が認めませんから ぐうたらのケンジ @lazykenz

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