僕と先輩の自堕落な日々

@kirun

第1話

「お腹が空いたわね」


下校中、先輩は急にそんなことを言った。


「開口一番それですか。さすが『食い意地の知子』と呼ばれるだけありますね」

「そんな異名初めて聞いたわ。というか、私の名前知子じゃないわ。呼ぶなら『食い意地プリンセス』と呼びなさい」


そう言うと、先輩は長い髪の毛をサラァッとなびかせた。よくシャンプーのCMでやってるアレだ。


「食い意地は否定しないんですね」

「しないわ。私は自分を偽らない女。等身大レディ」

「何を言っているのかわかりません」

「ま、そんなことはどうでもよくてね」

「はい」


先輩はそう言うと足を止めた。

『犯人はお前だ!』と言わんばかりに人差し指を僕に向ける。

たっぷり五秒、ためにためて先輩は言った。


「……いももちが食べたいという話をしていたのよ」

「初耳です。先輩」


いももち が あらわれた !


「あら、言ってなかったかしら。私が言う『お腹空いた』は『いももち食べたい』と同義よ。次からちゃんとフリガナふっておくことね」

「わかりました。作者に言っておきます。ところで、なんでそんな話になったんですか」

「いももちが食べたいからよ。ということで、いももちを食べに行きましょう」

「えっ、食べに?どこにですか。あんま金持ってないですよ」


僕がそう言うと、先輩はニコリと笑った。


「大丈夫よ。100円くらいあるでしょ?」

「え?ほんとにどこ行くんですか?」

「ファミリーなマートよ」

「あなたとコンビニ?」

「ファミリーマー……ッと、危なかったわ。明言してしまうところだった」


ほぼアウトです。


「ところで先輩」

「なに?」

「いももちってなんですか」


先輩が白目を剥く。

『マヤ、恐ろしい子!』みたいな顔だ。

ちなみに全巻読んだ。

50巻はいつ発売ですか先生。


「ダダダダーンッ!ダダダダーンッ‼」

「なんでしたっけ、それ」

「ベートーヴェンの『運命』よ。ちなみにこの冒頭の部分は、運命が扉を叩く音を表現しているんですって」

「へぇ~」

「そんなことはどうでもいいのよ」

「どうでもいいんですか」


なんだったんだ。


「いももちを知らないなんて、人生の0.005%くらい損してるわ」

「なんで微妙にリアリティ出して来たんですか。っていうか、けっこうマイナーな料理でしょ、それ」

「中学校の時の家庭科の教科書にレシピが載ってたわ」

「中学校の時の家庭科の教科書を読み込んでる男子はそういないと思います」


先輩はふぅ、とため息を吐いて、やれやれとばかり首を振った。美人はこんな姿まで絵になる。ウザさ倍増だ。


「しょうがない。無知な後輩くんのために、いももちとは何か教えてあげよう」

「いや、別に知らなくてもいいんですけど」

「いももちとは!」


聞けよ。


「いものもちよ」

「まんまじゃないですか」

「いもをすり潰して水いれたり片栗粉いれたりしてこねて醤油つけて焼いたら完成よ。詳しくはググれ」

「はぁ、なるほど。じゃあ今からそれを食いに行くんですね、100円で」

「うーん、微妙に違うわ」

「違うんですか」

「何故なら……今日食べるいももちは、揚げてあるから。さらに言えば、中に明太チーズが入っているからッ‼」

「明太……チーズ、だと……?絶対旨いやつじゃないですか、それ」

「そうよ。旨いのよ。めちゃくちゃ旨いのよ。あれで100円は贅沢だわ……」


恍惚とした表情を浮かべる先輩。既に食ったらしい。

……いや、待て。


「先輩!でも、これ……」

「……気づいてしまったのね。そう、これはーー」


ゴクリと息を呑む。

先輩は青ざめ、唇を震わせながら言った。


「……カロリーの化け物よ」


いも(炭水化物)+小麦粉(炭水化物)+油+明太子+チーズ


「ですよね~」

「で、でも!同じ100円の菓子パンよりマシよ」

「そりゃ量が違うでしょ、量が」

「はっ……たしかに」

「今気づいたんですか」

「後輩……恐ろしい子ッ!」


月影先生再び。


「まぁ、食べるけどね」

「知っててなお食べるんですか……」

「こうと決めたら曲げない女。鋼の女、アイアンレディとは私のことよ」

「なんでも英語にしたらかっこいいと思ってません?」

「思ってるわ‼」


言い切った‼


「カロリーの話は置いといて、美味しそうだと思わない?」

「うっ……正直、思います」

「よろしい。素直なのは良いことだ。ということで着いたわよ。緑の窓口」

「たしかにトレードカラーに緑入ってますけど!」

「私ここがおでんのセールやってる時のアナウンス好きなのよね」

「聞いて下さい……」

「『おでん全品70円、おでん全品70円!』ってやつ」

「はぁ……ありますね」

「これのアナウンスさんすごい可愛い声よね」

「うぅん、ちょっと作ってる感ありますけど」

「そこがいいのよ。誰がやってるんだろう」

「それこそググったらどうですか?」

「そこまで興味ない」


ソウデスカ。


「ほらこれよ!いももち‼」

「先輩、声抑えて下さい。声」

「ほらぁ狙ったように二つだけ……」

「人気なんですね」

「そうなのよ!しょっちゅう売り切れで。ラッキーだったわ」

「へぇ……あ、100円ってほんとにワンコインなんですね。108円でなく」

「そう!そこが気に入ってるのよ。百円(税抜き)許すまじッ!」

「消費税8%にどんな恨みが」

「具体的に言えば、小銭忘れて三往復したわ」

「最後の一往復は一体」

「小銭取りに帰って取ってくるのを忘れたの」

「わけがわかりません」


チャリーン


「いざ、実食」

「立って食べるんですか?ここで?」

「鉄は熱い内に打て。もちは熱い内に食え、よ」

「はぁ……じゃあ、いただきます」

「いただきます!」


バクリと一口。


「ん……うまい」


サクッとした衣の中には、モチモチとした食感。中からトロリと濃厚な明太チーズが出てくる。これまた絶妙な辛さだ。


「あぁ~やっぱり美味しいわ~」


先輩がウットリと顔を綻ばせる。

唇が油でテカり、瞳が子供のようにキラキラと輝いている。とても年上とは思えない。衣をちょいちょい落としてるし。

先輩はもくもくと、かつ幸せそうに食べ、指先についた衣を舐め取った。どことなく扇情的でエロい。


「あぁ……幸せ……至福……」

「もう食べ終わったんですか。速いですね。さすが『食い意地の真理子』」

「真理子でも無いし……私が速いんじゃなくて、君が遅いのよ……」


視線ががっつりいももちに向いている。

獲物を狙う獣の目だ。


「そんな顔してもあげませんよ。欲しいんなら買って来たらどうです」

「二個食べると胃が……」

「ならなおさら我慢して下さい」

「で……でも……」

「でも、なんですか」


僕がジロリと睨むと、先輩は少し竦んで言った。


「一口……ちょうだい?」


……この顔に逆らえない我が身が憎い。

僕はまだ綺麗な部分をちぎって、先輩に与えた。


「ありがとう!美味しいわ~タダの一口!」

「そんなこというともう二度とあげませんよ」

「前言撤回。感謝いたします」

「現金だな……」

「うそうそ、ありがとうね。あとセブンでイレブンなコンビニでも地域限定で売ってるらしいのよ……食べてみたいわ」

「今度行ってみますか?」

「え?」

「……二人で」


ジッと先輩を見つめる。

先輩は少しキョトンとして、


「いや、別にそこまで興味無いわー」

「……ソウデスカ」

「お言葉だけ受け取るわ。ありがとね。代わりと言っちゃあなんだけど、今度カラオケにでも行きましょう」


二人でカラオケ……密室……⁉


「……歌える曲が無いので遠慮します」

「練習して来なさい。宿題ね。あ、見えて来たわ。じゃあ、また」

「え、あの……また」


先輩は笑って手を振った。

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