第60話「よく思いついたもんだな」

 カンナは北海道に来てから、ある結論に辿り着いていた。地獄蝶とは何か、ということについてである。単純に考えて妖。大まかな括りではそれも一つの答えだろう。しかし、妖怪よりも、鬼に近いのではないだろうかとカンナは考えていた。鬼は日本では角を生やした怪物だが、元々中国では人の霊魂全般を鬼としている。人の魂が鬼となるのなら、人の魂が他の何かになってもおかしくはないのではないのだろうか。例えば、地獄にいる蝶だとか。そしてカンナはついに、蝶を人間の魂と同一視する思想にたどり着いた。カンナは地獄蝶は元々人間の魂だと考えたのである。もしこの考えが正しければ、血華は地獄にある魂と契約によってこの世に転生することが出来る、ということだ。ならばあの世に落ちた人間の魂もこの世に戻ってこられるのではないだろうか。咲が死んだ時、カンナは咄嗟にこれしかない、と思った。何せ、この世での蝶との契約さえ元通りに履行すれば咲は助かり、その後地獄蝶を地獄に置いてくればいいと思っていたのである。しかし予測を超える事態が起き、カンナは文字通り命を賭けた。つまりは咲の魂をこの世に連れて来られそうにない場合はそのまま自分も本当にあの世にいくつもりで、カンナはあの世に咲を迎えに行ったのである。


「よく考え付いたもんだな」


カンナは高校を中退していると聞いたが、普通の高校生にこんな発想があの状況で咄嗟に浮かぶだろうか。葬式にしたって、地獄蝶をあの世に誘き出すために擬似的に死ぬなど良広がどう頭をひねっても考え付かない。カンナの機転にはただ舌を巻くばかりである。


「光介のひいばあさんに知恵を借りたんだよ」


それに、長崎では葬送が特別な位置を占めてきたらしい、とカンナは語った。


 禁教の時代において隠れキリシタンが多かった長崎では、人が死んで仏教式の葬送儀礼を行った後で「経消し」が行われた。形式的な仏教葬の後、キリシタン的な行為によって前に行われた仏葬を無効にするのだ。この「経消し」は仏教のあの世と、キリスト教のあの世を区別するために行われていた。つまり、葬送の仕方によって死者が生前に逝きたいと望んだあの世に逝けるという考えがあったのだ。カンナは光介の曾祖母の話を聞いた後でこのことを思い出したという。


 年寄りの知恵は大事にするものだよ、と生意気を言って鼻を鳴らすカンナだったが、いつもの迫力に欠けていた。


「あの世にいた咲を連れて来てくれたということは、まだお前は血華と同じなのか?」

「お兄ちゃん、私を地獄蝶と一緒にしないでよ」


咲は唇をとげて思わず布団から体を起こした。


「咲があの世で何かしていたら、そうだっただろうね」


あの世で「何かする」ということは、それなりの意味がある。古事記によればイザナミは黄泉の国の食べ物を食べたからあの世の住人となった。これはあの世の物を体に取り込んでしまうという事だけではなく、食べるという行為自体にあの世の者なる儀式の意味があるからだ。咲があのまま、あの世で、あの世の者の行為をしていたら、咲も地獄蝶と同じようにあの世の者となっていただろう。そして、あの世の者と契約してこの世にあの世を持ち込めば、カンナは血華と同じ不死身の体となる。しかし咲はあの世の住人になる寸前でこちらに戻って来た。咲は地獄蝶のようにならなくて済んだのだ。

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